やはり、どうにもこうにも
終わりがくるはずである。
不安定さは綱渡りようで楽しく
見る者の心を躍らす。
しかし、疲労は確実に蓄積する。
不安定な状態でこの瞬間に存在する物質も少ない。また、あっても、存在時間が極めて短い。
安定状態を求めて、反応する。
この化学反応が普遍の原理だとしたら
その原子から形作られる私達のカラダもココロもその原理から、逃れられないのではなかろうか。
結局は、どちらかだというのである。
私の中の発信をする理由が、キモチの度合いに関係があるとしたら
おそらく功を奏しなければ、すべて無くなる。
これも選択責任。
選択できるだけ、ヒトは幸せだという。
主従の関係にあって、踏み越えてみてどうなるか。
最も決めたい段階のエネルギーが弾かれたら、その余のエネルギーごと消滅するはず。
不思議なことに、そのときの覚悟だけは、何より早く出来上がってるのである。
不完全であっても、思想を纏って生きているニンゲンは、これほどまでに強い。
そして、覚悟があるからこそ、より情熱的に燃え上がるのである。
オーバーヒートがいけないことではない。
揺らめいて去りましょうね。
飲み込まれそうだった。
ダシに使われそうだった。