さて、このシリーズ。

土曜日の夕暮れ時は、コメダもかきいれどきなのであろうか。

この会談における議論の中身よりも他愛ない話をするであろう人々がコメダに集結している。

コメダの無駄遣いであるから、やめてほしい。

私共に議論する場所を譲りなさい。

 

第5回コメダ会談においては、私のいけない部分が出てしまったのであるから、ここに一言謝罪を。

気づいていないのなら、よいのだけれど、この時期ではない君なら、たちまち見抜いてしまうであろうから、こわい。

ブラックコーヒーとフカフカの椅子を与えられ、そして聞き上手な相手方がいるとたちまち考えが展開していってしまう。

久々に心地よさを見つけていると言っておこう。

大学時代は、心地よさにかならず集中と緊張と繕いがセットでくっついていたから、リラックスしつつも結局はスイッチオンモードの日々だったのである。

それがないとは。

浪人をしたり、慶應を飛び出す意味があったのかと考えることもあって、でも自分が選んだ道だからと言い聞かせてきたが、その成果は、本質から外れたところにあった。

まぁ、往々にして狙い撃ちなどできないのがニンゲン(できるのが、カミサマということになるのであろう)。

 

さて、第5回コメダ会談においては、君が何者(NANIMONO)なのかが分かった。

これは、かなりの成果である。

『あかぷよ』なのである。

さっそく、某検索エンジンで画像検索。

申しわけないと露ほども思わず、君のLINEの背景画に採用させて頂いた。

トーク画面をひらくたびに、精悍な顔つき、透き通る目を確認できる。

薄い茶色の透明度については、やはりいい具合である。

たまに、『あかぷよ』と呼ぶかもしれないが、許してくれると助かる。

私は、完全に君を『あかぷよ』として感応し始めている。

 

 

 

私は、自分の大切なヒトが困っていたら

即座に解決を試みるのであるが

それが真正面からであるのと何より迅速さを求めてしまうのであるから

段階的にやら、継続相談という選択肢を忘れてしまう。

目の前で困っているヒトがいたら、120%でいま、その苦しさを和らげたいと考えるのである。

しかし、たいていのモノゴトはその場で片付かないし

悩んでいるだけど、いま解決は求めていないという矛盾を抱えた相談も存在する。

どうやら素直に反応しすぎるのも考えもので

とくに女性に多い、あの複雑で曖昧でつかみどころのない相談というものに

むしろ自分が迷い込んでしまう。

そして気づけば、自分も見失い、我を忘れて

剣だけを太刀筋の型もなくひたすら振り回しているのである。

でも、それでも、困った素振りがある限りは、これからも反応していくのだろうと思う。

そういう生き方しかできないんだと思う。

目の前のものにとびつくということは野性的であるけども

野生のリアルな世界では、用心深さも兼ね備えなければやっていけないのである。

そのような嗅覚は、どこで得られるのであろう。

しかし、素直や正直が、ここまで不器用と親和的であるとは。

 

 

次回の会談はいつになるのやら。