少しずつ少しずつ身体とココロは変わっていく。
同じモノに対して、考えることは変わっていく。
その中には、老いを感じることもある。
それでも、自分が忌み嫌う過去の自分に戻りたくない一心と、ちょっと先の自分の生き方に穴をあけるような気がしてるから
どこか傀儡のように走り始める自分がいる。
たとえココロが身体に寄り添っていなかっとしても、やることをやると変化が起きる。
しかし、いずれ、この不適合さに違和感を感じ続けて、処理ができなくなった頃にすべてが停止するんだと思う。
また、環境が変えてくれることを願って。
数年後の違う次元の自分は、いったいどのように想う。
「子供より親が大事だと思いたい。」
こんな一節に共感を覚える日が来るのだろうか。
単に、老齢だからという理由ではなくて、それ以外の理由。
この一節が、自分のココロの中に重く横たわっている。
ここ数日、それらしきものを考えた。
たぶん、親からみれば子であることは変わらないけど
オトナとコドモの関係から、オトナとオトナの関係に変わりつつあるからだと思う。
自分は何かを蓄積しなければ自分でなくなってしまう。
話すことは、とっても好きだけど
自分の中の自分の最先端が流出してしまうことで
自分のことを見えない物差しで測られるのが苦手。
得体の知れないものになるのかもしれないけど
そういう生き方が一番得意なのかもしれない。
自分が垂れ流れていく中で、せき止めるのに必死で
そのときは自分の生き方が停止している。
短い人生で、この一瞬を大切にしなくちゃいけないのに。
せきとめるけど、決壊して、またせきとめて。
でも、別の自分は、こんな風に生きるようになった原因を探ろうと画策中。
っていう
3本立て。