怪我をしたらしい。
ラブストーリーも突然だが、怪我も突然やってくる。
しかし、思うのだが、人生とか運命とかも色んな歯車がかみ合って動いているものであるだから、何かが突然変わることはあっても、その以前から感じないところで感知し得ないレベルで、事態はきっと動き出しているはずなのである。
だから、好きとかいう感情も、どこか気になっていて忘れられないところがあるとか、
怪我からいえば、日常の起居動作から歩き方まで
何気ないところに、変化を予測するヒントが隠されていると思うのだが。
それが、うまくいかないからこそ、ヒトは運命とか奇跡とか言ってしまう?
まぁ、本当に奇跡ってのが、存在することは否定しないけれども。
だからこそ、コトバの使い方を今一度、見直したいとおもっている。
いまさっき来たLINEがオワリを物語っている。
LINEが普及して、対人的なコミュニケーション乏しいとか、相手方の真意が分からないとか、平気で心無い言葉も言ってしまうなんていう、問題が散見される。
でも、人の行為には気持ちというか感情が伴っている以上、気持ちを完全に隠すなんてのは、難しい。
同じ内容の事柄について、以前と違う言葉を使っていたり
スタンプとか改行の仕方等々
メルクマールは多々存在する。
まぁ、いいと思う。
いまの自分には、そこまでできない。
自信がないとかではない。
人も時間もお金も有限。
諦めてるのかと言われるかもしれないけれど
本当に努力して詰めてみると、壁にぶち当たることがあると思う。
だから、時間は作るものだとか、それしか言わない人は、とっても、勘違いしてるのだと思う。
話はズレたんだけど
そういうことである。
新しいことを始めれば、自分の中で、今まで自分の中に在ったものが、追い出される。
つまり、追い出されたということは、自分の中で、何か変化が起きているのだと思うから
このまま、進もうと思う。
久々に、ココロの一部を切り取ってみた。
申しわけない。
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