平成以降最悪とも言われる、本日未明に起こった障碍者施設における大量殺人事件。
被疑者は、20歳代の男性。
どんな人間であれ、人を殺すこと、とくに枢要部たる首を中心に狙うような殺害には躊躇すると言われているところ、それを20人以上に対して行っている。
残酷さを評価できる点は、これだけにとどまらない。
未明の犯行ということで、被害者は就寝中であって、無抵抗である。
就寝中の被害者を殺害するのであれば、第一次的には布団の上から、仮に布団をめくっても、胴体部分への攻撃にとどまることが予想される。
しかし、被疑者は、首を狙ったようである。頸動脈に傷をつけるなら、首だとしても、かなり深く切り込まなければならないから、殺意は強固、それなりに力もいる。
さらに、相手が障碍者であった点。
大量殺人者は自己主張というか、強固な主義を持っている者が行うことが多い。
だから、自分の考え、それに基づく行動は、とにかく正しいと考える。
正しいと考えてるから、殺人という過ちを犯したとしても、それを正当化する理由づけを自らにする。
本件においても、事前には、衆議院議長の公邸まで自ら出かけ、自らの考えを記載した手紙を渡している。それも、自己の名前や住所も。まったく、理解できない。
彼の考え方は報道が既になされている通り、『障碍者を持つ家庭は、障碍者を安楽死という形で死なせたほうが幸せだ。楽になる。だから、自分が障碍者を数百人抹殺する。手始めに自分が過去に働いていた施設から。』。
加えて、事後には、『Beautiful Japan!』などという書き込みもしている。
自ら警察署に出頭している。
以前、私は、自己の思想を維持するためには、狂気でなければならないと書いた。
本件の被疑者の行動を狂気と考えるなら、私の考えというものは直ちに見直すべきである。
しかし、彼のは思想という高尚なものではないと思う。
認知がゆがんでいるというべき。
犯罪心理学の権威である桐生教授(東洋大学)から、そのような説明があった。
確かに、思想ではあるけれど、私の思い描くものとは異なる。
これは、私が尊敬する人物のコトバであるけれども、その方は国家のために自己の思想を展開していたわけだから。
本件は国家のためではない。正に自分のためではなかったか。
自らの主張正しいと考えて、議論をするのだけれども
彼の発信は一方通行であったと思う。
あとは、そもそも、何が幸せなのかって、他人が決めつけるべきものではない。
他人事ではないから、かなり関心が高い。
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