OKAMOTO'Sのハマ・オカモトはあるインタビューで自らのグループのデビュー時のことを語っている。

何を話していたかといえば(ザックリ)

『いま、同世代でこれだけしっかりした音楽的ルーツがあるグループって他にない。一番だって。周りもそのように騒いでいたし。だから、自分たちの音楽が分からない関係者が出てきたときに、なんで伝わらないんだろうか悩んだし、伝え方を相手に合わせないといけないんじゃないかって考えた。』

おおよそ、こんなところ。

20歳前後だから言えることという部分はさしあたり置いといて

とにかく全力でそこまでたどり着いたからこそ言える言葉なんだって思う。

 

自分は、水泳に関しては自意識過剰とかではなく、このハマ・オカモトと同じようなことを考えていた気がする。

それだけに捧げたって、今でも胸を張って言えるから。

なんで、自分の水泳に対する想いが伝わらないんだろう、こんなに本気でやっているのにって思ったこともある。

変化に気づいてほしい、新しい考えを受け入れてほしいって。

何も伝統を無くそうだなんてしていない、伝統と新しいことを融合して、より良いものを作っているんだって。

もちろん、技術も知識も、他大の運動系の研究をしている社会人に比べたらまだまだ未熟だってことくらいわかってたけど、間違いなく同世代のやつよりかは、抜きんでてたと思った。

何を犠牲にしたか。

睡眠と食事(と自分の本当の夢)。

自分の全てを引き換えにしてもいいから、水泳において一歩でも前進したいと思ってやった。

一円にもならない(悪く言えば、学生のお遊びだから。)ことに明け暮れて、終わった。

今、お釣りがくるようになってるなんて、思いもよらなかった。

 

さて、全力を捧げるって、直ちに、睡眠やら食事を捧げるってこととイコールにならないってことくらいは、分かってる。

ただ、方向性は間違っていない。

今、自分は、それだけの想いでやれているのだろうか。

あのときは、自分の手持ちの能力ではとても太刀打ちできないことばかりに立ち向かっていって、ボロ負けして、でも足だけは止めない生活。

確実に平和ボケしてはいないか。

前に進むってことは、綺麗なまんまでいられない、いつも眠くてたまらなくて、毎晩死んだように眠ることだってわかっているのに。

 

挫折味わったこと、もう忘れてる。

痛みを忘れたら、人は成長しないって。

 

ウィンストン・チャーチルは、民主主義が最悪の政治形態だと言っている。ただし、これまでに試されたすべての政治形態を別にすればの話なんだけどって続きがある。

民主主義を手に入れるために、どういう痛みを感じてきたのか。

民主主義が、多数派の意見を全体の意見とすること。

お互いの個性を尊重するこの時代に完全に適合しているといえるのか。

我慢の政治なのか。

それとも、完璧なモノゴトなんて存在しないと割り切るか。

 

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