ウクライナの人たちだけでなく、ロシアに住んでいる人たちのことも気に掛かるのだから、今の私は随分平和に暮らしているのだな、と思う。

 

  両方の立場を我が身に置き換えてみる。

  どちらになっても、嫌な気持ち。

 

  人を嫌うって、私にとってはプライドを刺激する感情。

  自分は心の広い人だ、と思いたいから、

  (あるいは、小さい人間と思われたくないから、)

 人を嫌う自分を認めたくない、みたいなところがある。

 

  実際のところ、自分への期待も空しく、

  嫌いなものは嫌い。

  気に入らないものは気に入らない。

  理由は、挙げようと思えばいくらでも出てくるし、物語も作り出せるだろうと思う。嫌いになって当然でしょ!と言うための。

 

  でも、実際にその理由を口で語ったとすると、心の内に留めておいたときの大きさより、小さくなると思う。

  干からびた言葉になりそう。

  嘲笑で飛ばされるほどの軽さに。

 

  いやだいやだ、という感情をただ受け止めてくれる人は、その人のことをただ愛してくれる人だけだろうな、と思う。