落人の夜話

落人の夜話

城跡紀行家(自称)落人の
お城めぐりとご当地めぐり

今月もはや半ばを過ぎ、蒸し蒸しと鬱陶しい梅雨の季節になったと思えば、それもまた終わろうとしております。 

 

ご無沙汰しております。

先月はついに一記事も投稿できませんでしたが、こんなことはアメブロを始めて間もない平成26年(2014)6月以来、10年ぶりでした。

今回はそんな私の生存報告です。

 

 

<フリー素材>

 

先月、急な都合で埼玉県へ出張させられることになり、しかも前乗りが必要とのことで、慌ててホテルや新幹線を予約するのも面倒に感じた私は、いっそ車で行ってやれと思い、その日、仕事が終わると愛車に荷物を放り込み、シャワーだけ浴びて夜の高速道路に出ました。


このところ私は、己のキャパと仕事量のバランスを見誤っていたようで、天下の大軍に囲まれてニッチもサッチもいかなくなった小田原城内みたいな閉塞感ばかり感じていました。

でも、ラジオから流れるBGMを聴いているとまるで旅立ちの時みたいな快い錯覚がやってきて、「人生は旅」という誰かの言葉とともに、私の座右の銘が「客愁」であったことを思い出します。

 

ー【客愁(かく-しゅう)】

旅先の物思い。


そう、旅において最も重要なことは物思うことです。

そして出張とはいえ、今回もひとつの旅には違いありません。

 

 

とまあ、そんなことを思ったり思わなかったりしつつドライブすること約7時間。

日付が変わった深夜2時ごろ、埼玉県所沢市は三芳PAに到着しました。

 

 

夜のパーキングエリアやサービスエリアって、なんだか独特の雰囲気があっていいですよね。

 

土産コーナーは閉まってるんですが、フードコートの一部は24時間営業で開いているようで、向こうから軽い音楽も流れてきます。 

とはいえ、今は人けのない館内。世の中から自分以外の人がぽっかり居なくなったような妄想に浸りつつ、用もなくパトロールして行きます。

 

 

 

お?

なんだこりゃ。これは「もしもボックス」…

いや、電話ボックスでもあるまいに。

 

と思って近づいてみたら、1分10円で借りれるパーソナルスペースでした。

「チャットボックス」ですって。

 

チャットボックス | CHATBOX (waim-group.co.jp)

 

へー。

神戸じゃ見かけませんが、こうした需要が多いと見込まれるからあるんでしょう。

さすが首都近郊ですなあ。

 

ふぁ~あ(´Д`)…と。

さて、まだ少し時間に余裕がありますから、歯を磨いて車内へ戻り、わがパーソナルスペースで2時間ほど仮眠をとるとしましょう。

……

 

**********

 

はい、おはようございます。

ここはさいたま市内にありますスーパー銭湯、「おふろcafe utatane」です。

 

おふろcafe utatane (ofurocafe-utatane.com)

 

早朝5時から営業してるとのことで、仕事前にひと風呂あびようと下調べしてやってきました。

平日の早朝、ガラガラかと思いきゃ、同じようなリーマンたちが続々と車を停めて入って行きます。

さ、さすが首都近郊…

 

しかし…渋い立地ですなあ。

高架下で鉄道線路のすぐ隣、これはリノベーション物件っぽいですな。

 

 

入ってみたら、ちょっとびっくり。

おしゃれな空間に仕立ててるじゃあないですか。

朝風呂、日帰り入浴、それに宿泊もできるみたいです。

 

上のHPをご覧頂くと見れますが、レトロな浴室の中にサウナ小屋が建つ風情がまた趣深いところでしてね。

湯も神川町に所在する「白寿の湯」から運び湯ながら、濃度の濃いナトリウム塩化物泉でした。

 

ちなみに埼玉県って全国有数のスーパー銭湯激戦地らしく、全体的にレベルが高い。 

ターゲットはやはり首都圏で疲れたリーマンやOLたちなんでしょうか。

ここで2時間ほどゆっくりしたところで、さあお仕事へ参りましょう。


**********

 

はい、この日のお仕事が終わって宿泊先のホテルへ帰るところです。

もう18時を過ぎてるんですが、この時期は陽が長いのがいいですね。


ホテルは「新狭山」って駅のまん前にあって、周辺は工業団地みたいで「HONDA」のデカい工場が目に入ります。

こんなとこ初めて来たんですが、初めて来る場所でまずやることといえば、Googleマップで「城跡」や「古戦場」と入力して検索することですよね?

私もそうしてみましたら、どうも歩いて4〜5分のところにあるみたいです。

ちょっと行ってみましょう。

 

 

ほほう、ここですな。

みたところただの公園ですが、街なかの史跡ってのは得てしてこんな感じです。

 

公園内に入ってみたら、子供が一人でボールを蹴って遊んでるのと、家に帰りたくなさそうなリーマンが一人、ベンチに座って缶ビールを開けていました。

そこへ一眼カメラを抱えた怪しげなおっさんがキョロキョロしながら入ってきても、先客2人は見向きもしません。

清々しいばかりに都会的な情景です。

 

しかし、広い公園内の人口はようやく3人。

都会の中だけどちょっと寂しげな公園です。

 

 

ありました。この石碑ですね。

暗くなってきてちょっと見えにくいですけども、「三ツ木原古戦場」と刻まれてます。


このあたりはかつて三ツ木村と称していたそうで、中世において幾度も合戦の舞台となった場所とか。

古くは元弘3年(1333)、斜陽の鎌倉幕府軍と新田義貞がここで衝突し、永享12年(1440)に勃発した結城合戦の折にも戦場となったと云います。

 

さらに天文6年(1537)。

この年、扇谷上杉家では上杉朝興の死去により当時13歳の嫡男・朝定が家督を継承しました。

これを好機とみた小田原の北条氏綱は、扇谷上杉の本拠地・河越城(川越市)攻略に駒を進め、7月11日、三ツ木に着陣。

朝定は逸る家中を抑えきれなかったのか、扇谷上杉方は打って出たためこの辺りで合戦となりました。

 

結果、扇谷上杉方は多数の討死を出して敗北。

河越城も陥落して北条方に帰し、これが9年後、天文15年(1546)の河越の夜戦へとつながる伏線のひとつになるわけです。


と、そんなことを偲びつつ石碑まわりの写真を撮ったりしているうちに、さっきの子供はいなくなり、残ったリーマンはようやく顔を上げてこちらをガン見していました。


 

ご当地の戦国史跡を後にして、日が暮れると腹も減る訳で、またまたGoogle先生にグルメ情報など教えて頂いたところ、ちょっとクセがあるけどうまい麻婆豆腐を出す店が近くにあるとのこと。


さっそくその場所まで歩いてみると、やわらかい灯りに映し出された雰囲気良さげなイタリア料理店…

の隣に、真っ暗な中にポツンと小さな灯りが漏れる、果たして営業しているのかも分からないような店(赤い矢印のところ)がありました。



こ、これかあ…

 

こりゃ確かに、知らなければ絶対に立ち止まることはなかったですね。初見の客には店の名前さえ分かりません。

Google先生の口コミ通りですが、「麻婆菜館」という店です。

とりあえず入ってみましょう。

 

麻婆菜館 - 新狭山/中華料理 | 食べログ (tabelog.com)


「こんちはー…」

店内はカウンターとテーブルが2つほど。

カウンターにはまたしても疲れたリーマン風の客が一人だけいて、常連なのか、完全に店の風景と化していました。

カウンターの向こうの店主がちらりとこちらを見たものの、愛想も「いらっしゃい」もありません。

これも事前情報の通り。特に気にも留めず席に座り、メニューをみて麻婆豆腐(中)を注文します。


「…中サイズはちょっと大きいかも知れないっすよ…」

横を向きながらボソッと言う店主。意外にもちゃんと客を見ています。

「それじゃあ小サイズでお願いします」

「……」

 

果たして注文は通ったんでしょうか。

でも店主が鍋を振り始めましたから、たぶんそういうことなんでしょう。

独特の雰囲気がある店です。

 

 

出てきました「麻婆豆腐(小)」です。


おお、綺麗な器に格調さえ感じる一品です。

なんだこりゃ。店の雰囲気と出される品のバランスが悪すぎる。あ、これ褒め言葉です。


花椒の香りが鼻腔と食欲を刺激します。

これは食う前にわかる旨さですが、さっそく一口運んでみると、辛さの中にも甘さと香ばしさがあってやっぱりうまい。


 

 

担々麺も注文してみました。

 

これもまた本格的な一品。

ほろほろ崩れる肉団子が格別で、胡麻の風味も効いてめっちゃ旨いんですけど。


店主にもう少しだけ愛想があれば、そして店の前がもう少しだけ明るければ、この店はもっと繁盛しているでしょうが、たぶん店主はそれを望んでいないでしょう。 

思うに、商売人は愛想よくなければならない、とは誰が決めたことでありましょう。「お客様は神様です」みたいなカビついたフィルターを外してみれば、客の選択肢はこの店のスタイルを支持するかしないかだけです。


彼はきわめて愛想のない店主ですが、独自の屁理屈を垂れる訳でもなく、誰かを怒鳴りつける訳でもなく、不明朗な会計をおこなう訳でもなく美味い料理を出してくれます。

私はこれを不愉快とは感じません。


精算の時、あえて店主の顔をみて「ごちそうさま、美味かったです」と伝えたら、店主はやっぱり横を向いて黙ったまま、ほんの一瞬、ほんの少しだけ会釈をされたように見えました。

疲れたリーマン風の常連は、いつの間にか風景から消えていました。



すっかりお腹いっぱいになり、ホテルがある新狭山の駅前に戻ってきました。


本当は明日の仕事のことも考えておかなければならなかったんですが、私の頭の中の物思いは、ご当地の戦国史跡と、あの無愛想な店主がいるバランスの悪い料理店のことで一杯で、お腹同様あまり余力がありませんでした。


「ま、いいか…」

出張という旅先で、私は久しぶりにその考え方を取り戻し、ちょっとだけ足取り軽くホテルの部屋へ帰ったのでありました。



 

クローバー訪れたところ

【おふろcafe utatane】埼玉県さいたま市北区大成町4丁目179-3

【三ツ木古戦場】埼玉県狭山市新狭山1丁目10

【麻婆菜館】埼玉県狭山市新狭山2丁目8-9ワコー第2新狭山マンション1F