内田裕也さんと

尾藤イサオさんが、

それぞれ専属シンガーを

つとめていた

寺内タケシとブルー・ジーンズ、

ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

をバックに、

洋楽ロックのナンバーを

歌い上げている、

本邦初の本格的な

ロック・カヴァーアルバム

(64年10月発売)。

 

曲目は

SIDE A
1.ホワッド・アイ・セイ/内田裕也+尾藤イサオ
2.トラブル/内田裕也+尾藤イサオ
3.ツイスト・アンド・シャウト/内田裕也+尾藤イサオ
4.ブルージン・バップ/内田裕也
5.ブルー・スエード・シューズ/尾藤イサオ
6.ワン・ナイト/尾藤イサオ
SIDE B
1.シェイキング・ロック/内田裕也
2.ルシール/内田裕也+尾藤イサオ
3.ダイナマイト/尾藤イサオ
4.キープ・ア・ノッキン/内田裕也
5.アイ・ウォント・ユー・ウィズ・ミー/尾藤イサオ
6.天使のハンマー/内田裕也

 

このアルバムですが、

個人的には、

日本のポピュラー/ロック音楽史上、

重要な1枚だと思っています。

 

64年当時、

尾藤イサオさんは21歳、

内田裕也さんは24歳でしたが、

それぞれ

専属シンガーという立場で、

ブルーコメッツ、

ブルージーンズと

行動を共にしていました。

 

日劇ウエスタン・カーニバル

などへの出演歴もあり、

シングル盤も

数枚出されていましたが、

これが、おふたりにとって

初めてのアルバムになります。

 

そして、

全曲バンド編成による演奏でもあり、

日本のロックの新たな展開への

第一歩を踏み出した、

記念碑的アルバムと言っても

いいと思います。

 

ちなみにブルージーンズは、

エレキバンドに編成を変えて

間もないころで、

25歳の寺内タケシさんを筆頭に、

セカンドギターは

23歳の加瀬邦彦さん、

ベースは石橋志郎さん

のころでした。

 

また、ブルーコメッツは、

バックバンドとしての

演奏がメインで、

まだ単独のレコードは

出しておらず、

このころのベーシストは

江藤勲さんでした。

 

翌年、

同じメンバー・同じ方針で

「レッツ・ゴー・モンキー」

というアルバムが

発売されます。

 

さらに翌年、

同じメンバーで

ビートルズの来日公演の

前座をつとめているという流れも、

興味深く重要な

事実だと思っています。

 

ただ、

66年のブルージーンズは、

寺内さんや加瀬さんが

脱退していますし、

ブルコメも江藤さんが抜け、

高橋健二さんが復帰されていました。

 

しばらくのあいだ入手困難だった

このアルバムですが、

何度かのCD化ののち、

現在では、上述の

レッツ・ゴー・モンキー」との

2in1盤で、

容易に入手が可能になっています。