江古田川(暗渠&開渠)を下る。練馬〜江古田。令和6年6月23日(日) | お出かけ&ライブのブログ

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今日の午後は時間が出来たから西武池袋線で練馬へ。
千川通りを西方向へ。
ちょっと雨が降ったり止んだりで散策には不向きではあるが。

木の植えてある緑地部分が千川上水の跡。

今日は江古田川を下る。
いつも暗渠散歩とか、開渠の川沿いの散歩しているが、この江古田川は途中まで暗渠で途中から開渠。そしてそんなに長くないから一度で暗渠と開渠部分を完走出来そう。
 
今日辿るルート。
実業之日本社刊、東京暗渠散歩より抜粋。

江古田川は千川上水からの分水を受けている。だから江古田川のスタート地点まではその千川上水の分水跡を辿る。

千川通りと目白通りが交わる場所から少し西、先程の千川通りの写真野道向かい辺りから千川上水からの分水の暗渠道が始まる。

雰囲気的にすぐわかる、わかりやすい暗渠道。

割とわかりやすい。



途中から並木道に。真ん中が分水跡か。



そして学田公園へ。
昔派水田が広がっていたそうだ。
そしてここが江古田川の水源。

学田公園。

この辺りから江古田川か。
道の真ん中の緑地帯の部分がそれ。

道を渡った先は河川跡が公園になっている。

その先は道と並走。

学田橋(跡)から先は道の真ん中の中央分離帯のように暗渠が続く。

護岸の跡。

環七を渡る歩道橋より。
右が環七、左の道は江古田川に合流する支流の跡。

環七から先もしばらく中央分離帯として暗渠は続く。

途中には支流の合流も。

暗渠の道に沿った徳殿公園にある区画整理の碑。水田だった流域の区画整理をした記念碑。

中央分離帯の道はまだまだ続く。
道の右側は中野区、川は練馬区に属する。

そして下徳田橋の手前で公園になる。
この公園は練馬区と中野区の区境。
ここは川の真ん中が区境という事。

なお、江古田は現在は行政上の地名としては中野区にしか存在しないが本来は練馬区南部から中野区北部に渡る地名。
だから西武池袋線の江古田駅は中野区からは離れた練馬区内にある。
そして読み方は中野区では“えごた”、練馬区では“えこだ”と異なる。
※西武池袋線の江古田駅(練馬区)は“えこだ”
大江戸線の新江古田駅(ギリ中野区)は“しんえごた”。


そして暗渠道はこの下徳田橋で終わる。

下徳田橋、表記は下徳殿橋となっているが、この違いは?
調べたが今ひとつわからなかった。

ここから先は江古田川は開渠となる。
しかし両岸は病院や教会の敷地となり川に並走する道がない。
故に迂回する。
先に見える橋はたぶん敷地内の橋と思われる。

徳田教会の構内図、江古田川が敷地内を分断する感じ。

とりあえず江古田川からあまり離れないように迂回。

途中で徳田教会の敷地に自由に入れる感じの場所があったのでお邪魔します。
教会の敷地内なのか、普通の町並みなのか区別がつかない、一般人でも自由に入れそうな感じ。

こちらは修道院。

そして敷地内の橋へ。下徳田橋の次の橋、先程下徳田橋から見えた橋。
橋の先は病院で立入禁止。

橋から上流、下徳田橋を望む。
暗渠から開渠になる場所。

そしてその下流の橋。

下流を望む。
普段は溝のような部分に水が流れる。

そしてしばらくは迂回して住宅街を行く。
何だかいかにも川の跡のような道が会ったが、、、

並行する少し先の道は完全に支流跡。
地図にも川の跡表記されている。

反対側、上流方面。

その支流は豊中橋のところで江古田川に合流。
橋の向こうは里山のような江古田の森公園。

左側の道が支流、そして合流点は下水道管のよう。

右側の江古田の森公園を行く。

江古田川がU字に江古田の森公園を半周。

北江古田橋。

この橋から少し先から川は中野区内に入る。

橋には江古田獅子舞の絵が描かれている。

江古田の森公園にある多目的広場、ここは遊水地。

江古田川が増水時に右側の部分よりこの遊水地に流れ込む。

江古田川から見ると、この護岸を水量が越えると遊水地に流れ込む。

ふと川の縁を見ると、無数の穴があり水が流れ込んでいる。地下水や湧水だろう。

遊水地の少し下流、遊水地から江古田川に水を戻す水門。

江古田の森公園が終わると住宅地の中を流れていくが、川に沿う道が無い。
迂回する。が、この右側が公園(本多山公園)で、川に沿って行けた。

その先は川に沿う道がある。

しかし下の原橋から先は沿う道が無いから迂回。

しばらくは川に沿う道が無いから橋をジグザグに迂回しながら進む。

本村橋。

大橋。

不動橋。



不動橋の由来の不動尊。

そして新青梅街道にかかる江古田大橋が江古田川最後の橋。
すぐ先で妙正寺川に合流。



ちょうど江古田公園の場所。
太田道灌と豊島泰経が戦った江古田原沼袋古戦場の石碑が建つ。

江古田川の終点、妙正寺川との合流点。

そして妙正寺川の下流方面を見る。

これにて千川上水の分水から始まった江古田川下りは終わり、新青梅街道を歩いて落合南長崎駅に向かいました。