Zepp Nagoyaで、Johnnyも合流の横浜銀蝿40th 令和3年4月24 日(土) | お出かけ&ライブのブログ

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小学校6年位から中学生くらいの頃にハマっていた横浜銀蝿。
当時はまだヤンキーという言い方はされず、不良とかツッパリと呼ばれていた時代。
周りの仲間達は影響を受けていて、通学の際は横浜銀蝿のステッカーを貼った紙袋だった。
ロックンロールだった、でもコメディ的要素もあったりして。
 
でも1983年年末に解散、のちに色々なカッコいいロックバンドを知ってしまうと、なんだか泥臭いというか、
ダサく感じるようになってしまっていつしか忘れ去っていた。
 
でも改めて聴くとやっぱりカッコよくて、ガキの頃を思い出した。
 
そして2000年位から横浜銀蝿が嵐、翔、TAKUの3人で活動を再開、
昨年からはJohnnyも1年限定で合流、元メンバーがそろって、
横浜銀蝿40thとして限定活動を始めた。
 
でも昨年はコロナで中止延期となったので、今年になった。
でも東京公演が予定が被って行けず、でもこれを逃すともう機会が無さそうなので、
思い立って名古屋公演に行くことにした。
 

という事で今回の名古屋行きの主目的はこれです。
 
 
 
名古屋駅西口のホテルから歩く。
いつも高速バスを降りる辺りから線路をくぐり、笹島再開発地区のZepp Nagoyaへ。
 
 
 
入場待ちで並ぶ人はやはり50代オーバーの人が多い。
中には革ジャンサングラス、とロックンローラーのような人の率も高い。
 
 
まあ、昔はヤンチャしてた感じの人達が多いことwww
 
 
 
 
 
今の横浜銀蝿メンバー。
既に全員還暦を迎え、60代となっているが本当に渋くて格好いい。
Jhonnyは今は大手レコード会社の役員であり関連会社の社長なのです。
TAKUはプロデューサーとなっていて、本当にそんな感じだし。
嵐は脳梗塞を患ったこともあり、だいぶ老けた感じ。
翔はあまり雰囲気はかわらないかな。(前はよくTVにも出てたから、久しぶり感があまりない)
 
 
 
昔はこんな感じだった。
 
 
これは終演後、撮影OKの時に撮った時のものだけど、イメージのため先に掲載。
 
 
そして会場内の注意事項の案内が流れるが、なんだかパロってる部分もあったので、随分砕けてる感じ、
と思ったらJhonnyの語りだった。
 
フロアは椅子席。立ち上がりは不可。
 
 
そして18時過ぎに開演。
TCR横浜銀蝿RS 40th の始まり。
 
※横浜銀蝿の正式名称はTHE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIALなのです。
 略してTCR横浜銀蝿RSといいます。
 
そして最初から
ぶっちぎりRock'n Roll  会場内が一気に沸き上がる。
続けて
羯徒毘璐薫'狼琉
と一気に往年のぶち上げ曲。
 
ドラムはサポートのついたツインドラム。
病気の後遺症だろうか、嵐はあまり強くドラムをたたけないようで、
サポートがメインの感じ。
他の3人は昔のように格好いい演奏、翔のダミ声も相変わらず渋い。
 
 
40thの曲と昔の曲と新旧織り交ぜたセットリストで。
MCでは翔が面白おかしくユーモアあふれる。
外見に似合わずひょうきんなのです。
 
I Love 横浜では途中で演奏が止まり、
「ここは名古屋だったよな~!」
と、横浜という部分を名古屋に変えて。みんなで手拍子して。
 
お前さらさらサーファー・ガールおいらテカテカロックンローラーでも
お前サーファーガール♪ の部分のフリをどんどんアレンジ、
通常は手のひらで波を表現するのだが
クロールのイメージ→バタフライのイメージと、どんどん翔の指示がエスカレート(笑)
 
順番は前後するが、
Jhonnyのソロ、ジェームスディーンのように も。
多くの女性を魅了した甘い声は変わらず。年齢を感じさせない。
 
そして銀蝿の研究生的立場だった嶋大輔の男の勲章も。
最近の映画「今日から俺は!!」の主題歌として脚光を浴びたけど、
この曲は銀蝿でもうたってるし、そもそも作詞作曲はJhonny。
 
 
そして名曲、
ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)も。
 
 
 
 
最後のアンコールはこれもまた最高の名曲、横浜銀蝿のデビュー曲
横須賀baby  
 
 
そして終演、
終演後にステージを歩く嵐はやはり歩くのに障害があるようだった。
 
 
ブロック別での退場。
 
 
帰りもホテルまで歩いて帰りました。
 
 
今日は本当に38年の時空が一気に巻き戻り、中学生の頃に戻ったような感覚になった。
全く時の経過を忘れさせたし、
ガキの頃に聴きこんだ曲を今こうしてカバーやコピーではなく、本人達の生ライブで聴けるとは
思っても無かった。
現在も継続しているバンドでなく一度解散してしまって無くなったバンドだし、今回のも限定活動
だから本当に絶妙なタイミングだったと思うし。
 
本当はこの後5/3のZepp Tokyoがツアーファイナルだけど緊急事態宣言で危なそう、翔も言ってたが
この名古屋がファイナルになるかもしれない、と。
結果論だけど、東京が行けなくて代わりに名古屋に行ったのは正解だったのかもしれない。
 
 
 
 
 
こんな感じでした。
 
横浜銀蝿40th公式Twitterより引用。