一月ほど前の稽古後、お酒の席でちょっとしたやり取りがありました。
多くの新体道関係者と私の考えの違いを表しているやり取りかと思いましたので記しておきます。

宴の終盤にある会員から「新体道関係者の伝える話しによると、江上先生は威力のある突きは出来なかったと言う。けれど松濤會の人が伝える話しではそれが出来たと言う。本当はどうなんでしょうか?」との質問が出たのですが、それに対しT先生が「江上先生は号令も掛けられず手本も示すことが出来なかった。なので青木先生がすべておこなっていた」と答えました。

T先生は続けて「江上先生から「こうやってはどうだ?ああやってはどうだ?」と言われたことを青木先生が実現した」と、江上先生が出来なかったことを青木先生が代わって成し遂げたと言うニュアンスで話されていました。

T先生は昭和40年代半ばに中央大学に入学、空手部へ所属されていたと聞いています。
先輩部員であった宮本知治先生などから主に指導を受けたそうですが、昭和40年代半ばと言うと江上先生は何度目かの手術の後遺症で自ら手本を示されることが出来なくなっていたと考えられます。

T先生の記憶の中の江上先生は「ボロボロの身体で、ヨボヨボの老人の様だった」と言いますから”江上先生は強い突きは出来なかった”と思い込んでいても仕方ないことなのかも知れません。

私はT先生のそんな経歴を承知していましたが、あえて「江上先生は青木先生と出会う前、つまり大病を患らう以前に腰迄崩す下段払いも貫通力のある突きを実現されていたと聞いていますが?」と問い返しました。
それに対しT先生は「その突きは松涛館時代の突きで、今の様な突きではないだろう?」と反論されました。

私はその答えを聞いて「それは違うと思います。早稲田大学空手部後輩の方々が江上先生はそれまでの空手とは異なる凄まじい突きを体現されたと語る資料がありますから」と更に反論しました。

一応、説明しておきますと、早稲田大学空手部後輩の方々とは江上先生より一回り下の世代ではありますが江上先生同様、達人・名人と呼ばれた人達です。
それ程の方達が”それまでの空手”と表現した空手は、T先生の仰るところの”松涛館時代の突き”と解釈しても良いのかも知れません。
が、私はそんなちょっとしたやり取りや表現の中にも新体道関係者の強烈な思い込みを感じざるを得ないのですが、そのことに関してはここでは触れないでおきます。

話を元に戻しますと、T先生は私の反論に対して納得行かないと言った表情でした。

私は折角の宴席の雰囲気を壊してもと思い「つまり、ある時期以降は青木先生の影響が大きかったと言うことですね」と続け、加えて「新体道の行っている稽古は結局は青木先生が考えた稽古法です。そう言う意味では今やっていることは江上空手ではなく青木流空手ですね」と結びました。

するとT先生はやや強い調子で「いや、それは違う。青木流ではなく江上空手だ」と言い返されたのです。
その時、たまたま店員さんがラストオーダーですと声を掛けて来たので話しはそこで途切れてしまい宴もお開きとなってしまいました。


話はここで終わりなのですが、それではあまりに尻切れトンボですので、以下にその時に感じたことを私論として記しておきます。

私はT先生の仰ることが正しいとするならば”現在伝わる空手は青木流ではなく江上空手”と言う意見には尚更同意しかねます。
何故ならば、実技がまるで出来ない江上先生の代わりに青木先生が実技を構築したと言うのであるなら、それは実質的に青木作品であり、百歩譲っても二人の合作だと思うからです。

しかし、私がここ何年か調べた限りではどうしてもそうとは考えられません。
それは様々な先生方から話しが聞ける機会があれば時に失礼を承知で聴ける限りの話しを聞き、諸々の記録なども調べられる範囲で目を通した上での私の出した結論です。

ただ、ここで一つ断っておきたいのは、だからと言ってそれが青木先生の業績を否定するとかしないなどと言う話ではないと言うことです。
そう言うどうでも良いことではなく『青木先生の影響が大きくなる前の江上空手』が存在するならば、それはどのような風格を持ちどのような稽古方法で伝えられていたのかを知りたいと言う話です。
しかし、T先生がそうであるように新体道関係者の一部の人達はその辺りの経緯に興味を持つことに対し拒否反応を示します。

そのような人達たちに取って私の興味など本当にどうでも良い話の様です。
けれど、私にはどうしても気になるところであり、きちんと調べもせずに納得することなど出来ません。

ちょっと長くなってしまいました。

新体道や江上空手に興味のない人には内容の掴みづらい記事であったと思いますが、個人的な備忘禄とでも思って読み飛ばして頂ければ幸いです。

【2021.6.11 参考記事「其々の江上空手」の補足


【2015.1.8 加筆訂正】
【2015.3.3 再度推敲】
【2015.6.4 全員に公開】