昨日の日大アメリカンフットボールの
二十歳の選手の謝罪会見を見ました。
ご両親、ご本人 ご立派でした
強い人間だからこそ、出来た行動です
その強い彼、
二十歳の彼を
無垢な魂が
スポーツを愛する純粋な心が
どのように
大人の顕示欲の、名誉欲の
道具として 扱われ
ダークサイドに墜ちていったか、
映画のような、漫画のような、 けれども
それは現実で
二十歳の未来ある青年の生涯を潰してしまった
「大人」の物語を観たように思いました。
そもそも 「大人」の定義ってなに?
それは 、、、
このような弱い立場の子どもたちが傷つける世の中を看過して
成熟した指導者のような面をして生活しているわたしも「大人」
申し訳ない!
いろいろ思うことはあります!
コーチがわるいんだな
大学が悪いんだな
とか
でも 結局 大人である わたしがコーチであり大学でもあるのだ、
悲しい
映画「ロケットボーイズ」を なぜか思い出しました
何年も前にみた映画なので ストーリーは曖昧ですが
主人公はNASAのエンジニアになった実在の人物の話で
炭鉱のまちに住む 普通の高校生で
(アメリカンフットボールの選手なのよ、)
仲間で
ロケットを作って打ち上げよう!と計画する訳、
勿論、 周りに バカにされるよ、ホリエモン ?
その時ね、 その時ね、
その子供たちに協力してくれる、
大人がいてくれたの !
その大人たちは決して、世間的には 権力者ではなしお金持ちでもない
普通の大人たちが
子供たちに未来を築いていける
助けをしたの。
わたしは このえいがを観たとき 既に
お母さんだったから、
こういう 子供たちを理解し 助言出来る 大人になりたい!と
強く思ったことを思い出した、
現実はなってないけど。
どうか、
謝罪選手の
これからの人生を
大人が道を照らしていかなければ