ふぐ食の歴史 | 今日も「うまさに一生懸命です!」

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本日も、訪問ありがとうございます。

年末になり、本日もふぐを発送し終えました。
本年もありがとうございました!!


先日、西の高級魚「ふぐ」をご紹介致しましたが、
大晦日や元日は贅沢しておいしいものを食べる方も多いのではないでしょうか。


今回は、日本のふぐ食の歴史うお座をご紹介したいと思います。


日本ではいつからふぐを食べていたのでしょうか!?

縄文時代にはすでに焼くなどしてふぐが食べられていたようです。

貝塚の中からふぐの骨が発見されています。

ちなみに毒のある部分、特に内蔵などは食べないで捨てていたのではないかと思われます。


では、それからもずっと、ふぐは食べられていたのでしょうか!?

日本人は昔からふぐが好きで、それこそ縄文時代から、ずっと食べていましたが、

豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に、途中立ち寄った下関あたりで、

家来がふぐを食べた為、たくさん死んでしまいましたドンッ

秀吉は家来にふぐを食べないよう、禁止令を出しました!!

毛利藩においては、ふぐを食べるとお家断絶などというような厳しい掟がありました。


それでは、江戸時代の人はふぐを食べなかったのでしょうか!?

武家の人たちが食べるのは難しかったようですが、一般庶民の間では食べられていたようです。

特に江戸時代の元禄、文化文政の時代になると、武士階級の人たちにも広くふぐ食文化が広まっていきました。


そして、明治時代に入って、初代総理大臣の伊藤博文公が、下関の春帆楼(しゅんぱんろう)というお店に立ち寄った時に、あいにく時化のため、お出しするお魚がなくて、ときの女将がお仕置きを覚悟の上で、仕方なくふぐの料理を出しました。
ところが、伊藤博文公はこのふぐの料理にいたく感激して、それからふぐ食が解禁されました。

こんな歴史があって、今日私たちもふぐを食べることができるんですね。





天然のふぐを絞めた後すぐに食べると、養殖や寝かせたものとは比べられないくらい、

ゴリゴリで濃い味を味わうことができます。

なかなかそのタイミングはないですが、ぜひ食べてみてください!