初恋  

まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたえしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情けに酌みしかな

林檎畠の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみとぞ
問ひたまふこそこいしけれ

そう、国語の教科書にも掲載されていた、ご存じ、島崎藤村の「初恋」。私は、この「初恋」が大好きでした。高校生の頃、書道の授業を取っていて、卒業制作に自分の好きな詩や文字を書くことになりました。私は、すかさず、この「初恋」を希望したのです。しかし、書道の先生は、一笑し、“もう、初恋っていう年齢でもないやろ”と、言ったのです。今なら、すかさず、“いいえ、この詩を書きたいのです”と、主張したものですが、当時は、自分の意見が言えず、しぶしぶ、同じく島崎藤村の別の詩『若水』に変更。

若水

くめどつきせぬ
わかみづを
きみとくままし
かのいづみ

かわきもしらぬ
わかみづを
きみとのままし
かのいづみ

かのわかみづと
みをなして
はるのこゝろに
わきいでん

かのわかみづと
みをなして
きみとながれん
花のかげ


当時は、『初恋』に執着していて、この詩が好きになれませんでした。でも、今こうしてこの詩を読むと、最後の花以外全てひらがなで標されていて、そして絶妙なリズム感が、胸にぐっと来ます。今、実家の和室に表具したものが飾っていますが、年齢と共にこの詩の良さが分かってくる、そんな気がします。