すっかりご無沙汰しちゃってすみません💦
受験生だったグレープですが、無事に第1志望の大学へ合格することできました㊗️
🌸\(^-^)/🌸
今日の正午頃、発表されたのです
一足早くバナナは志していたアメリカの大学への進学が決まり、学生ビザの申請やら荷造りやらとバタバタしてる様子
今はふたりして合格を祝しあってます㊗️💕
ふり返れば…
ちょうど昨年の今頃は、今回決まった大学へ合格できる確率は70%ほどでした(大手予備校模試の結果)
グレープにとって、とても興味深い教授がいるからといった理由で志し始めたこちらの大学
背伸びをして手を伸ばしても合格を掴めるほどの実力は、当時の彼にはありませんでした
また、ライムも私も、グレープはてっきりバナナとともにアメリカへ帰ると思っていたから
🍇『ボクはアメリカの大学も受験してみるけれど、日本の大学を志してる』
と告げてきたときは衝撃的でもありました
もちろん本人が自ら考えて決めたことなので、ライムも私もOkayしました
けれど戸惑いが隠せませんでした
なぜなら、ライムも私も日本の大学受験の経験がないからです。アメリカの大学受験とはまったく異なるシステムに不安だらけでした
4年前に、キウイが受験しましたが、当時はセンター試験から共通テストに切り替わり時でした
世間では何がどのように変わるのか?といった関心が高まってるムードがありました
そんななかキウイの場合は、アメリカの大学を本命としてたため、SATのスコアの向上に夢中に取り組んでいて、日本のテストにおいてはどんなものか胸を借りチャレンジしてみようっていった感覚の意気込みで受験していました
だから今回のグレープの時ほど不安や緊張が張りつめてなく力んでもいなかったのです
面談でこのような話をして不安を漏らすと、高校の担任の先生はこう仰有いました
👨🦱『すごい!アメリカの大学だなんて、素晴らしいじゃありませんか!日本の大学はひと昔、私たちの親世代の頃と比べたらレベル衰退してるのです。昔の高卒と今の大卒が釣り合うレベル。私は、ベピーブーム世代ですが、誰もが大学へ…といった時代でした。今では少子化も進んで…さらにその傾向。到底、欧米の大学と比べたら、たかが知れてます…』
なにを根拠にそう仰有ったのかわからなかったけれど、日本の大学に夢抱き志してるグレープにとって、先生のこの言葉はあまりいい感触ではなかったのでしょう
ただしばらく話を交わしながら、先生は、世界大学ランキングの公開資料から
そのように口にされてることがわかりました
でもこのランキングって、大学の教育環境におけるものであって、どれだけ研究や国際性などに予算を費やして富んでいるかといったことが大きな判断ポイントです
学生の質や能力レベルにおけるランキングではないのです
だから上位ランキングの大学の学生が凄いとか、ランク外だったら劣ってるとかではない
なぜなら、いくらアメリカの大学だとはいえ学生は世界の国々から集まり在籍しているわけでアメリカ人ばかりではないですし、いくら大学のカラーがあるとはいえ、グローバルに富んでるだけあっていろいろな学生がいますから。
簡単に置き換えて説明するなら、夏の甲子園・高校野球での優勝校はその都道府県の高校生に限らず、いろいろな地方からスカウトされて集まってたりするでしょう
私が高校生だったころ、アメリカのハイスクールにいた当時、横浜高校の松坂大輔選手大活躍でした
でも彼は神奈川県ではなくて青森県のお方なのですよね…
そういうことです
このランキングが示す結果が、学生のレベルランキングではないということは、ライムも私も認識してます
私たちだけではありません
私の日本の従兄姉のうち2人は日本の大学を卒業後に、欧米の大学へも進学し卒業しています。双方の大学で学び体験してきた彼らも私たち同様にそう言います
けれど学校で進路指導にあたる先生は、つい目先の数字に拘り執着してしまって、こういったランキングであったり、いわゆる偏差値だけでもって機械的に判断しがちなのかもしれません
先生との会話のなかで、なんとなく大きな価値観の違いを感じた瞬間でもありました
もちろん、そういった偏見?を抱く人たちはどこにでもいて、私のアメリカの親戚にもいました
(今はそうじゃないです。かつてそうだっただけ)
『一流有名大学がイチバン!高いお金を納めてでも子どもは教育水準の高い地区で、一貫して育てたほうがいいにキマッてる!』といった…
もちろん、否定はしませんし、彼らの思想が悪いわけでも間違ってるわけでもありません
ライムも私も、子どもには質のいい環境を与えて教育したいといった気持ちは当然ありますし、そのためにお金を費やすことに惜しみもしません
私のMomは日本人ですから、兄や私に日本の学校も体験させたかったのです。それについて親戚の一部から批判や反対もされたそうですが
『口出しすることじゃない!やらせてみなさい!』とGrandpaとGrandma
当時11歳だった私は、ちょうどその場に居合わせてしまい、たまたまその光景を目にしたのです
DadとMomの結婚に猛反対したというふたりですが、兄と生まれたことで次第に和らいでいき、私が生まれたときにはMomを受け入れていたと。
そして、このときは周りの反対の声を揉み消しながら
『大丈夫。きっとこのふたりなら大丈夫』と、兄と私にエールを送りながら、両親の理解者となってくれていたのです
現に日本の中学校への編入は、私にとってはカルチャーショックだらけでした
けれど、日本での学校生活が私を大きく変えて成長させてくれたものであったことは言うまでもありません
もしアメリカでの一貫教育で過ごしていたなら、きっと今の私はなかったのでは?とも思えてしまう
なにより日本での3年4か月間の生活は、大学進学後のグローバルな生活にも大いに役立ち、私の糧となってくれました
日本の学校へ編入し梯子したら、アメリカで一流といわれる有名大学へ入り卒業することはできないの?そんなことはないと絶対に証明してみせるわ!当時の私はかなり意気がっていました
だから、私は日本の中学生だった当時からアメリカのハイスクールへ編入し大学卒業するまでの10年間、かなり勉強したのです
人生は常に勉強だというけれど、あれほどまでストイックに気が狂うほどに勉強したのは、私の人生のなか後にも先にもきっとないでしょう
日本語も1番美しく上手だったときだと思えます
ふとそんな自身のことをふり返ってみながら
私は自分のためというよりも、両親(特にMom)の面目を潰さぬためにがんばった…またアメリカの祖父母の期待に応えるためにがんばった…
私の大学受験はそんな大学受験だったような気がしてやみません
『ほらみなさい、日本の学校と梯子し編入したから…』とアメリカで失敗作のようにみられたくはないといった意地がありました
そのためにがんばったといいましょうか…なんとしてでもアメリカで一流といわれる大学へ進学するのだと意気がっていたのです
その点、我が子たちには私のようにあってほしくはないと願ってしまうぶん、各々が選んだ望む路を歩んでほしくなるものです
キウイとはまた違う路を選んだグレープに、私はよかったと思ってます
共通テスト
能登をはじめとする北陸地方で大きな震災があり、とても不公平なような気がしてます
心痛く苦しくなります
対策は施されてはいたとしても、家族を失ったり、家を失ったりしてるなか、受験なんて…
被災した受験生にとっては、到底そんな気分にはなれないと思うから。
そんな最中でも、その日はやってきて
グレープはこの共通テストでもって、幾つかの私立大学の合格をいただくことができました
ひとまずホッとひと安心、ありがたく思いながらも、当時の彼の表情から、なんとも言えぬ理不尽さを彼自身も感じていたのがうかがえて、垣間見れました
また、そののち、アメリカやヨーロッパの大学からも合格をいただくことができたため、本番の入試では落ちついて挑めるはず…そう思っていましたが、当日の朝は食欲がないと言って、ほとんど口にせず出掛けていきました
私は心配したけれど、グレープは緊張してたのでしょう
少なくとも私は、これまで彼がひたすら頑張ってきた姿をずっと見てきたので、お疲れ様でしたと労ってあげたいです
本当によくがんばったと思います
日本の大学受験
今、終わってみて、グレープはもちろん、我が家にとって日本の思い出のひとつとして、かけがえのない忘れられないものとなりました
グレープは高校受験のときは都立推薦合格だったため、本格的な受験というのは、彼にとって今回が初めてといっても過言ではありません
この大学における指定校推薦受験枠があるというのがわかったとき、本人がどうしても望むというのなら…と、進路面談のときに高校の先生にお話してみたのです
けれど、このときの
出席日数が絡んで、また成績(評定)が基準に足りなかったこともあって、推薦枠の選考から漏れてしまったのです
ガッカリしたものの、今、思えば、この経験が彼をさらに強くしたと思えてなりません
当時、通っていた塾の塾長から賜ったお言葉
『なにがなんでも絶対にその大学へ行きたいと思うのなら、死にもの狂いでやってごらん。ボクらはグレープをこれまで支えてきたけれど、これからキミにとっては難関大学合格を目的にした大きな予備校でやっていくことをオススメしたいが、どうだろう?きっと今のグレープならやってのけると思う』
このときの塾長の言葉に、私は戸惑いました
グレープはこの塾をとても気に入っていたのです
しかもこの時期(高3の1学期)に塾を変えるってどうなのか?って…見捨てられたわけ?って…
けれど、グレープは塾長のオススメする大手の予備校にうつる決心をして、彼なりにしっかりと大地に足をつけて再び歩み出し始めたかのような…
温厚でマイペースなグレープに張りつめた緊張感が漂い…そばにいる私もしんどくなりそうなくらいに孤軍奮闘しながらもがいてる姿というのでしょうか…
私なりに、なるべく穏やかなムードをつくろうとしながらも、かわってあげたくてもかわってあげれず、ただ身のまわりのことしかしてやれないもどかしさがこみあげては、私も不安や緊張を抱いたまま、時折、募る苛立ちを隠せずに、ずっとそわそわと落ち着かずにいました
けれど、今ようやく解放された気がして
私もホッと安堵してます🌸