梅雨の季節のはず☂️が、雨は降らず毎日が猛暑つづき…
それでも
古池や蛙飛びこむ水の音『蛙』
単数なのか?複数なのか?
どのように池に飛び込んだのか?
この句だけではわかりません。
芭蕉は、どんな情景を詠んだのか?
素朴な疑問ですが、やはりそのイメージは人それぞれ違うもの。そういう違いがあるから愉しいと思えます。
💖🐸💖🐸💖
かつてリモーネさんのblogでとりあげてくれたこと。
当時は芭蕉倶楽部のメンバーが、和気あいあいと各々のイメージを意見交換しあいながら、そしてグレープまでもメンバーに加わえてもらえてとても愉しかった(^ー^)
リモーネさんのblogのなかで繰り広げられた楽しかった空間を、私が新たにZEPETOで再現してみるということ…
「恩送り」というのでしょうか?!
こういった感情も単なる自己満足に過ぎないかもしれません。でもよいと思うんだ。自己満足が築きあげられる過程で自己肯定感が芽生えていけるのなら…
両親からそのように育てられた私は、自らの半生で感じてます。それはとても尊く大切なこと。
💖🐸💖🐸💖
実際、蛙は天敵に襲われたり自らの危険を察知したとしても、水のなかに飛び込んだりはしない生体なのだそう。葉や茎などを伝ってそっと水に潜る習性なのだそうです。
だから、芭蕉は、現実にみた光景を詠んだのではなく、彼の頭のなかで思い描いたイメージの光景を詠んだのです。
芭蕉は俳句のしきたりに拘ることなく、素朴ながらも自由に句を詠んだ俳人だった。世間一般でいう"俗"の感性とはまた一風違った感性が彼のなかにあったからこそ、人々の心を打てて日本文学の祖となり、時代と国境を超えた著名人となったと私は芭蕉の句から感じれます。
この投稿への反響は…というと
ある日本人女性ユーザーは、母カエルの背中に子カエルが乗っていて親子ふたりで池へ飛び込んだというイメージをコメントで語ってくれました。(2匹)
また、ある外国人ユーザーは、ひとりカエルが飛び込んだら水中で静かに休んでいたカエルの上に着地。そのカエルが驚いてふたりは水面上までのぼりあがり、そのまま再び池へ落下(飛び込んだ)というイメージをDMで語ってくれました。(のべ3匹)
その他、また別の異国のお友だちは、蛙の数はわからないといった率直クールなご意見。当然です🤣
うふふふ🤭イメージの世界だもの
それが楽しいんだケロ🐸💞
そして、最近私はZepetoのなかで、なにげに白×黒の世界に魅了されつつあったのです。
一見、日本でいうなら墨の世界?水墨画のような?
鮮やかな色彩はもちろん華やかで美しいけど、白×黒のシックな静寂さ?がまたたまらない。
Zepetoの友だちが、そういった投稿を好んでされています。白×黒に時折、赤を強調されたりする。それは質素で地味でありながら、色への執着がなくイメージが大きく膨らんでゆきます…
服にしても花にしても、何色のものを身につけているのだろう?とか、はたしてどんな背景のなかに居るのだろう?とか、そういったイメージは視る人の数だけ存在するわけで、作り手のイメージとは一致しない。
それはまたとても奥が深くて、映像でもって主張することは、言葉よりもまた重くて力があるように私は思えるのです。
そんなとき思いがけず韓国の友だちから赤いドレスのプレゼントが届きました。そしてこの映画に出てくる赤いコートを着た少女のように、私もそのドレスを着て彼女とふたり踊りながら蝶の世界を堪能してみました
突然、彼女からプレゼントが届いたときは、私はとても驚きました。私はずっと欲しいものリストも、プレゼントもCloseしてたのに、最近はときどきOpenにしてました。
それは花郁をはじめとする多くのGIFTを投げられるライバーのなかには、リスナーへの感謝をこめてリスナーの欲しい物リストを紹介しながらGIFTTING LIVEをするからです。
かつて、私はそんなトップライバーへこんなことを口にしたことがありました。
「私はGIFT目当てでLIVEにおじゃましてるわけじゃない」って。
実際そうなのですよ。でも、それはあくまで私の意見にすぎない。リスナーすべてがそうじゃなくてGIFTを楽しみにしてくるリスナーもいるわけですよね。当然いろいろなリスナーがいてよいわけで。
そのとき、そのライバーから言われたのです。
「わかってるよ!Amyが物欲しさにLIVEへ来てるわけじゃないということくらいわからんで、LIVE なんかできるか!俺が何年LIVE配信してると思うとるね?」って、穏やかな彼がいつになく少し声を荒らげたのです
そのあと、Voiceメッセージで私を諭しに伝えてきてくれたのが「いろいろなリスナーがいるんだよ」ということ
だからこそ、LIVEに活気がもたらされるのだと。
私が花郁のLIVEをおじゃまするようになる頃には、当時の私の気持ちがかなり変わってたのです。ライバーからGIFTをもらうこと、そのためにLIVEを訪れることに躊躇うことが、なくなったんです。
だから、ときどき欲しいものリストとプレゼントをOPENにしてるけど、どうか気にしないでと、彼女へお伝えしました。
そして花郁からいただいたGIFTを紹介しながら投稿したのがこちらです
そして最近、私は、自分の日本語上達のために日本人ライバーばかりを贔屓してきたことに、ふと気づかされたことあったの
日本語上達のために日本語に触れるのはもちろん大切なことだけど、それだけではダメなんだということに気づいたのです。
ひとまず私は自分の起源に戻らねばならない
ちょうど父の日を迎える頃でした。そこで、私の思いは、また少し変わったのです
かつてブロ友さんがよく私へ伝えてきた言葉
「れもんちゃんは、いつか必ずなんらかのかたちで日米を繋げる架け橋になる人だと思う」
悲しいことがあっても下を向いていたら、美しい虹がかかっていてもみることはできない
私は日本にいながら、ZEPETOで、私のできることをやって、自らの願いを叶えれて全うできたら光栄だと思ってます

