人の思慮の深さ、性格の快活さ、前向きさ、積んできた人生など、その人の個性は話し言葉のボキャブラリーに表われると私は思います。
たとえば、私の友達で、とてもユニークで魅力的なボキャブラリーを駆使される方がいます。
社員旅行で温泉に行くんですけど、会社のお金で結構いい温泉に行けるので、わたしは「しめしめ」と思っています。
チェコに支店を作る計画が会社であったとき、チェコが好きなので、「来い来い」と思っていました。
他にも、「人の価値は外見では決まらない」というお話しをしていたとき、「外見では決まらないんです」と言いながら、両手でストップをかけて、そのうえで、「それでも人間の中身は外見にあらわれると思うんです」と言っていました。
あまりにも魅力的なので、「それで?それで?」と私は思わず聞き入ってしまいます。
このようなボキャブラリーの選択やジェスチャーというのは、その方の個性と人生そのものの蓄積の結果です。
そして、どのようなボキャブラリーもまた、その人の大切な個性です。
留学していた。
そしてそれがとても楽しかった。
留学先でこんな研究をしていた。
将来こういことを副業でできたらいいなと思っている。
過去自分が好きだった場所を再訪すると、今の自分を否定するような気がして、あえて避けてきた。
一生勉強という人や、仕事を楽しんでいる人は輝いて見えると思う。
これらは、その人の考え方です。
この考え方を否定する権利が誰にあるか?
きっと、誰にもないと思います。
なぜなら、誰かを傷つけたり、誰かをネガティブにするような考え方ではなく、自分なりに精一杯生き、その結果生まれた考え方だからです。
以前、"The World Is Flat"という本が流行しました。
しかし、世界は決して平坦ではない。
世界はデコボコ。
みんな違う。
みんな違って、みんないい。
だから、どんな人の個性も、一つだにゆるがせにできない。
個性的であること、人と違う道や、人と違う考え方を持つ。
それは、人間の多様性の証明です。
人間の個性も、多様性も、違った人生を歩むのも、他の人にはわからなくとも、その人にとっては、宝石のように大切なものです。
こうした人間の可能性を大切にして、私はセラピストとして、どこまでも尊重したいと思います。
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(写真はロンドンのコベントガーデンのストリートパフォーマーです。他にも、様々なストリートパフォーマーがいるので、誰もそれぞれの個性を笑わない。人間はみんな違う。そして、その違いが個性であり、みんな違うからこそ、チームワークや多様性や、同じバスに乗る仲間のシナジーが生まれるのです)