重度の知的障害をともなう自閉症の息子(20)が幼少の頃から習い続けているピアノの記録のために始めたブログです。

ある日、片づけをしていたら、ずいぶん昔に買ったまちがい探しの本が出てきました。
そろそろりょうへいも楽しめるかな、とすすめてみたところ、夢中で左右の絵を見比べて、間違いを探し始めました

間違いを見つけると、うれしそうに丸をつけるりょうへい。
こんなに細かい間違いを見つけられるようになっていたんだなぁ、と感慨にふけりながら見ていたら、、、
新しく見つけた間違いの箇所を指差しながら、
見つけた

と、教えてくれました

それが何だ、と思われるかもしれませんが、これがすごいことなのです。
自閉症の子に、見つけた、という言葉の意味を教えることの難しさ

それを、特に教えた記憶もないのに、不意にりょうへいの口から出てきたのです。
そんな言葉を知っていたのか

それを使えるようになっていたのか



もう、ただただ、うれしい





間違いを見つけたうれしさを、私に伝えようとしてくれたことも。
そんな小さな幸せを噛みしめながら、穏やかに過ごせる今が、いちばん幸せ







絶対音感があるとか、音楽を聴いて泣き止んだとか、才能のカケラを感じたことなどまるでありませんでした。
ドレミ、の片手の短音から少しずつ進んでここまで来ました。
いかにも、「障害を受容していない親」に思われそうで、小さい頃はピアノを習っていることをあまり人に言えませんでした。
自閉症の子どもがピアノを習う、ということが、もっと普通になっていってもらいたいなぁ、と思います。
こんな動画を見れば、これは特別な人だ、と線を引かれそうですが。
ここまで弾けるようになるとは、誰も思っていなかったのです。
前回も載せましたが、、、
↓池袋から一駅のところにある、要町駅に最近設置された、アイボリー色のグランドピアノ
