私は大学時代、「対人恐怖症」に苦しんでいた時期があります。人とまっとうに話せない。一人で居る時は本来の自分で居られるが、誰かと一緒だと萎縮してしまう。そんな病気です。キャンパスに通うのに毎日電車に乗ります。そこそこ混んでいる電車なのに、自分が座っているシートの両隣だけは、なぜか空いている。「俺が気持ち悪いからだ」といつも思っていました。光の射さないトンネルに座っているような気分。愛してくれる両親が居て、恋人も居ました。だけど、自分を理解してくれるのは彼らだけで、その他大勢は敵・・・。
そんな話を、今になって周囲にすると「嘘だ」と言われます。いまの私は、口を開けばバカ話の垂れ流し。いつも「アキャキャキャ!」と猿のような笑い声を挙げているかまびすしい奴。それが現在の私だからです。大学時代といまの間に何があったか。医者にかかって薬を処方されたことはありません。キーワードは「自信」です。
「自信」は、自分の人生を幸せにするか否か、唯一の答えだと思います。人はまったく同じ体験をしても、「自信」の有る無しで受け止め方が180度変わってしまいます。自信のある人は、起こったことを屈折させずに素のままで受け取ることが可能です。ところが、自信のない人は、起こったことをすべてネガティブのレンズを通して見るので、どんなものでも暗い景色に変換して受け止めてしまうのです。しかもタチの悪いことに、自分ではそれに気づかない。
現代日本ではあらゆる情報がインターネットに乗って流通し、人は自由に行動し、誰もが正常な判断のもとに生きている気がします。ところが、不思議なことに人の視界というのはあまりにも狭窄で、先入観や思い込みによって現実は野放図なまでに歪められているのです。分かりやすい例を挙げれば、ハタからすればどう見ても痩せている若い女性が、「わたしは太っている」と信じ込んで健康を害するような過度なダイエットに向かってしまう・・・。あなたの周りにもそんな人がいることでしょう。もしかしたら、あなた自身がその屈折の中に居るかもしれない。
この屈折現象の最大の原因が、「自信のなさ」によるものなのです。「どうせわたしなんか」とか、「他人に比べて自分はどうしてこんなに劣っているんだろう」というモノの見方があなたの可能性にストップを掛け、不幸の世界へ繋ぎ止めてしまっています。
今すぐそのストッパーから解き放たれてください。自信を持てば、その日から人生が目に見えて好転します。昨日まで忌むべき存在に見えていた道端の花が、幸福のシンボルのように目に入ってきます。そのために必要なのは、「他人と比較する」ことを止めることです。人は、自分のことが一番見えていないもの。鏡の前に立てば一目瞭然のはずの外見すら、自分の目にはありのままには見えていない。必ず何らかのバイアスが掛かっているのです。どうせ自分のことは正しく認識できないのだから、そうと割り切って自分を"評価"しようとするのを止めるべきです。
相対的に他人と比較することをせず、自分の中に「絶対軸」を持ってください。他の誰かではなく、昨日の自分と今日の自分を比較するのです。そして、昨日よりも賢く、美しくなれることを固く信じてください。脳の指向性がそこにセットされると、人は自然と、昨日よりも賢く、美しくなるための行動をとるようになります。そしてバケツの中に米粒を一粒ずつ落としていくかのように、日々のレベルでは気づかない変化が、一年二年の単位では見違えるような差を生み出します。
今日からはいっさい、自分を他人と比較することを止めましょう。
