今日は、会社帰りにブリザーブドフラワーの
アレンジ講座に参加してきた。


針金を切ればパッツンパッツン遠くへ飛ばすし、
おおざっぱにどんどんやるしで、先行きは非常に不安だったけれど、
オアシスに花を挿すときになると、急にイキイキしてくる。
何時間でもだまって、絵を描けた少女時代を思い出す。
大学生くらいまでは、よく絵を描いていたっけ。

花を飾るとき、どうしても絵を描いたときのことを考えている自分に
気づく。
好きだったな、そういえば絵を描くことが。



睡蓮と書庫と時々出会う愛すべきもの





今日のブリザーブドフラワーのアレンジは、
針金はひしゃげたり、遠くへ飛んで行ったりしたし、
楽しいと思えなかった。
でも花の配置を考えるとき、
頭がしゃきっとなって、水引をどうやったら少し斜めになっていくか、
とか、松の枝をどの向きで挿すか、
この花がどの位置で挿すと一番きれいに見えるか、
ということを考えると楽しくて仕方なかった。


2時間弱、殺風景な会場で、
誰も二コリともしないおかしな雰囲気のなか、
ブリザーブドフラワーでアレンジを作った。
その時間をとおして、少し自分がどんな感じに生きてきたのか、
ということに思いがいたった。
何かを作りあげたり、身につけようとするときに
基盤をおろそかにしたり、楽しめなかったりする欠点に気づいたし、

生きているようにみえた美しいダリアの固い手触りに
少し悲しくなったりした。
花は、見るだけじゃなくて、触れることで感じる手触りにも喜びがあると気付かされた。


完成した飾りは、みんなでおんなじものを作るのに、

先生は「すごくいいです」といって、

カメラマンを呼びつけて、私の作ったものの写真を撮ってくれた。

褒められた嬉しさ、ではなくて

私がいいと思ったものを、「いい」と言ってくれた人がいた喜びを味わってしまった。



睡蓮と書庫と時々出会う愛すべきもの

水引、右側を少し切るかどうか、まよった。

まだピンとしている。完成直後の写真。


睡蓮と書庫と時々出会う愛すべきもの


水引をあえて地味な色にしたのが、ポイント。


睡蓮と書庫と時々出会う愛すべきもの

デジカメがてもとになくて、携帯で撮影したため、

画像がいまいち・・・



睡蓮と書庫と時々出会う愛すべきもの
水引の両側、重力にまけて、たらんとなってしまった・・・笑

上の方の明るい写真が完成直後。