「相手の立場に立って考えましょう」

この言葉は、よく耳にします。
でも実際には、とても曖昧で、人によって受け取り方が違う言葉だと感じています。

わたしにとっての「相手の立場に立つ」とは、
正解を当てにいくことでも、気持ちを先回りすることでもありません。

それは、相手が見ている世界に、一度立ってみることです。



なりきって考える、という癖

わたしは昔から、入り込めるタイプでした。
相手の言葉や表情、間の取り方から、

「なぜ、今この言葉を選んだのだろう」
「どんな背景があって、この感情が出ているのだろう」

そんなことを、自然と考えてしまいます。

気づけば、相手の立場に立って、
その人になりきるように考えていることもありました。

この力は、人との関係を深める一方で、
ときどき自分を見失わせることもありました。



スイッチを切り忘れると、迷子になる

相手の立場に立つことができるからこそ、
その世界に長く居すぎてしまう。

すると、
「これは相手の感情なのか」
「それとも、わたしの感情なのか」
分からなくなってしまう瞬間があります。

入り込めること自体は、悪いことではありません。
ただ、戻ってくる場所を用意していなかっただけだったのだと思います。



スイッチを入れて、切るという学び

だから今は、意識して切り替えるようになりました。

相手の立場に立つときは、スイッチを入れる。
そして、必要なところまで感じ取ったら、スイッチを切る。

「はい、終わり。今から自分。」

この言葉は、冷たさでも、突き放しでもありません。
自分を守りながら、人と関わるための区切りです。

入り込めることも、
戻ってこれることも、
どちらもあって初めて、健やかな関係が続くのだと思います。



子どもたちから教えてもらったこと

振り返ると、子どもたちに対しては、
ずっと自然にそれをやってきました。

同じ目線に立つ。
同じ空気感を感じる。
その子の話題に、心から興味をもつ。

それは、指導でも、操作でもなく、
「あなたの見ている世界を知りたい」という姿勢でした。

だからこそ、少しずつ距離感が掴めて、
信頼関係が育っていったのだと思います。



相手の立場に立つことは、同一化ではない

相手の立場に立つことは、
相手になることではありません。

相手の世界を理解しようとしながら、
自分の場所に戻ってくる。

この往復があって初めて、
関係は対等で、安心できるものになります。


・相手の気持ちを考えすぎて疲れてしまうとき
・「わかろう」とするほど、苦しくなるとき

そんなときは、問いを一つ置いてみてください。

「今、わたしは入り込んでいるだろうか。
それとも、戻ってくるタイミングだろうか。」

相手の立場に立てることは、才能です。
だからこそ、自分の場所に戻ることも、同じくらい大切なのだと思います。