今日は、「流れがつながる瞬間」について感じたことを書いてみようと思います。

何かを続けていると、
ちゃんと取り組んでいるはずなのに、手応えがない時期があります。

例えば、同じことを何度も試しているのに結果が見えないとき。
理解しているつもりなのに、うまく活かせていないと感じるとき。

進んでいるはずなのに、どこか空回りしているような感覚です。



わたしは最近、ある画面を眺めながら、ふと立ち止まりました。

これまで一つずつ積み重ねてきたものが、目の前に並んでいる。
でもそれぞれが独立して見えて、全体の意味がつかめない。

そんな状態でした。

ところがある瞬間、
特別な出来事があったわけでもないのに、
急に「つながり」が見えたのです。

なぜここを整える必要があったのか。
なぜ順番が大切だったのか。
なぜ細かい調整を繰り返してきたのか。

それまで別々だったものが、
一本の流れとして見えました。

「あぁ、こういうことだったのか」

その理解は大きな達成感というより、
静かに落ち着くような納得でした。



人は何かを身につけるとき、
最初から全体像を理解できるわけではありません。

部分だけを繰り返し整える時間があります。
同じことを違う角度から何度も試す時間があります。
意味が分からないまま続ける時間もあります。

けれど、その時間があるからこそ、
ある日突然、線が引かれる。

点がつながる。

進んでいたことに、あとから意味が宿る。

そんな瞬間がやってくるのだと思います。



一方で、流れが止まるときの感覚も分かってきました。

頭の中に情報が増えすぎて、
どれを選べばいいのか分からなくなる。

何かを決めようとしているのに、
思考ばかりが増えて、体が動かない。

そんなときは、足りないのではなく、
抱えすぎているのかもしれません。

流れを整えるとは、
何かを増やすことではなく、
余分な力をゆるめること。

そう思えるようになりました。



続けるということは、
ただ前に進み続けることではないのだと感じています。

集中する日があり、
少し離れる日があり、
整える時間があり、
また動き出す。

その繰り返しの中で、
自分なりのリズムが生まれていく。

流れとは、速さではなく、巡り。
止まらないことではなく、戻ってこられること。

そんなふうに思います。



今のわたしは、
「もっと頑張る方法」ではなく、
「続いていく形」を探しています。

無理なく、自然に、途切れずに。
動いたり、ゆるんだりしながら続いていく形を。

流れは作るものではなく、
整えるものなのかもしれません。



あなたの中で、
点が線につながったと感じた瞬間はありますか。

そしてその流れは、
どんなときに静かに動き出しますか。



『本音で生きる練習』

わたしの著書です。


「本当はどうしたいのか分からない」

「気持ちを飲み込むのが当たり前になっている」

そんな日々の中で、少しずつ自分の本音に戻っていくための一冊です。


大きく変わるためではなく、

静かに、自分を感じ直すために。


無理をやめて、やさしく生きたい人へ。

よかったら、手に取ってみてください。