実は十数年前に合気道の館長さんから、
「自分は何を信じる」と、言われてから、
私は武道の秘伝ガイドの本で、
一人稽古で、体から順番に修行して
しばらくしてから感覚が異常に鋭敏になって
今の物理社会が
合わなくなったのは本当です。
時々、守護霊さんが自動発言で
助言も言いました。
昔の武士の日本刀の打ち刀は、
7キロから8キロも
重い武器よっては10キロから20キロも
鎧も10~20キロの鎧で戦っていたと
教えてくれました。
忍者も昔は、九州から東方地方まで
気配を感じて、裏切り者や罪人を
追跡するほどのバイクのように走り
鳥のように跳び、崖を虫ように軽く登って
活動していたのも、教えてくれました。
そんな時、合気道の開祖者の
植芝盛平先生が見えたのでした。
稽古するたび、
最初は分かりませんでしたけど、
形稽古の時
八方運動の合気之術の
八方転身と八方瞬身と
そんな時に
体が勝手に八方跳身も無意識に
伝授してもらいました。
信じれないかもしれませんが、
本当です。
明治に開講した武田惣角先生から
口伝をもらいました。
「長く続いている得意な事を真剣に修行しろ」
と、おっしゃっていました。
「短く習ったのは、きっかけでしかたないが、大事しろ」
と、おしゃったのです。
この内容を話したのは、
守破離ではないですが、
自然に離れる縁(えにし)の枝別れで
武道が自然に離れたのです。
それから縁(ゆかり)の枝結びで
芸道として自然に、絵師のシャーマンと
して今も働いています。
それから恩師の先生と再会して
稽古も型も出来ている。
絵もいいと褒めてくれました。
たぶん、なんとなくですけど、
縁(えにし)の枝別れと
縁(ゆかり)の枝結びを
私は魂伝(こんでん)と呼んでいます。
いろんな人のメッセージが
伝わりました。
もしかした守護霊さんといろんな言葉の
弟君メッセージは魂伝(こんでん)かも
しれません。