Aroma&量子場セラピストKaoruのブログ -19ページ目

Aroma&量子場セラピストKaoruのブログ

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私の首と腰の痛みは、もうちょっとという所で、一進一退です。

昨夜も、楽譜を書き直していたら、いっぺんに首の後ろがつまって気持ち悪くなってきた。根を詰める作業はもう無理なのかしら~?
それとも姿勢が悪いだけ?

頭が重力のスポットにはまって、軽くなることって確かにあると思うけど、楽譜を書く時はそんなの忘れてたわね。

一進一退というのは、正しくなくて、一歩下がって二歩歩く歩く って感じで、前よりはぜんぜんイイんですけどね。それにしても、この痛みってやっぱり感情から来ているんだろうなあ、と今は思っています。

過去の出来事で、辛いこと、悲しいこと、何か頑張ってしまったこと、心ではもう処理して来たと思っていても、その痕跡を身体に残しているんじゃないかと。


ところで、悲惨な体験や、想像を絶する心と身体の痛みがあったからこそ、この美しいメロディーや、心揺さぶる芸術が生まれたんだろうなあと、思うコトが度々あります。

NYで、ブジコヘミングの演奏を聞いたとき、フリーダ・カーロの絵を見たとき、この美しさを生み出すのに、そこまで自分を痛めつける必要があったのかと、打ちのめされる思いがしました。

NYプチ留学日記より、フジコヘミング:一つ一つの「鐘」に魂を込めて。
フリーダ・カーロ:Pain and Passion


エディット・ピアフの「愛の賛歌」や、ビリー・ホリデーの「奇妙な果実」も。


私の痛みなど、比べ物にならないし、骨格の歪みを戻したり、筋肉を柔らかくしたり、改善しているけど、まだどこか奥の奥の方~に芯が残っている感じなの。これっていったい何なのだろう?


それで、この痛みを作ってしまった時のことを思い、何をそんなに頑張っていたの?その時、本当はどうなっていたかったの?と聞いてみる。それに対する事柄や人物がいたら、じゃあその人から何て言ってほしかったのか?と考えてみる。そして、それをその人に向って心を込めて、言ってあげる。その人は、鏡に映した私でもあるのだから。

もう考え出したら、言いたい放題よ~
あんなことも、こんなことも言ってほしかったんだな~私、、、と、どんどん優しい言葉が湧いてくる。

あのね~、ふわっと愛に満ちて、涙がでてきちゃったうれし泣き


偉大な芸術家たちは、壮絶な痛みと引替えに、愛ハート美 キラキラ を表現しました。


私もポッ この痛みと経験に、ありがとう!と言って、今日は一日、フルートとお歌の練習に励みます~