mixiと渡せなかった絵葉書。
書こうかどうかしばらく迷っていたのですが書くことにしました。
若くして亡くなった大切な友人Mさんのこと。
私がMさんに初めてメールをもらったのは今から5年以上前、私の本を読んで感想をくれたのがきっかけでした。
Mさんはニューヨークを誰よりも愛するヒトで、個人サイトと思えないほど充実したNYの情報サイトを趣味で運営している女性でした。
お洒落で知的、いかにも東京のキャリアウーマンなMさん。サバサバして面倒見の良い姉御肌のMさんと妹キャラ(?)な私。ブログやメールで交流すうちに、どんどん仲良くなり互いがニューヨークや東京を訪れるときは決まって会って食事をしたりショッピングして親交を深めるように。ネットでの人間関係がバーチャルなものばかりじゃないと彼女を通じて知りました。そういえば下↓で書いた『パープルタウン』も東京で行ったカラオケでMさんが歌ってくれたんだっけ。
2年前の今頃、私が東京への出張へ行ったときも時間を縫ってMさんに会いお茶をしました。
ホテルの部屋に置き忘れて来てしまったお土産を 「次回 渡すね。」って約束して別れたのです。
そうしてニューヨークに戻った翌朝、Mさんの親友からの電話により彼女の訃報を知ったのでした。
私にとって初めて経験する友人の死でした。
渡せなかったお土産。彼女が大好きだった“ココ・シャネル”の回顧展がmetで開催されたときの絵葉書集。
いつでも渡せると思っていたのに今となっては叶いません。遠い距離からお通夜や告別式にも参列できず、数ヶ月後の帰国時、納骨前にお宅を訪ねお線香をあげて遺影にお別れできたのがせめてもの慰めでした。
先日、私にmixiからのお知らせのメールが届きました。
数年前に友人に招待されて会員登録してからほとんど使うこともなく毎日届くメールも開ける事がなかったmixiだったのですがそのときは何故かメールを開けました。
私のブランドのコミュニティーサイトを作ってくださった方からの「マイミク申請」メッセージでした。
許可をするため、数年ぶりにログインしたらいくつか他にも「マイミク申請」メッセージが届いていました。
その中に懐かしいMさんの名前をみつけました。
彼女のメッセージはいつもやりとりしていた頃のまんま。Mさんがまだそこにいるような気にすらなります。
彼女の頁へ飛び、最後の日記を読むとそこには私に東京で会ったことについて書かれてありました。
日付を見ると彼女が眠るように亡くなった、その日の夜に書かれたものでした。
彼女だって”今度”がたくさんあると思っていたのです。
私だってもしもう次がないってわかっていれば、もっともっとお礼を言いたかったし、絵葉書だって渡したかったし、もっともっとちゃんとメールの返事も書いておきたかった。
でも ”今度”が来ないときもある。
そのことを忘れることのないよう、手渡せなかった絵葉書は今も私の部屋に飾られています。
来月の13日は、Mさんの2回目の命日です。
若くして亡くなった大切な友人Mさんのこと。
私がMさんに初めてメールをもらったのは今から5年以上前、私の本を読んで感想をくれたのがきっかけでした。
Mさんはニューヨークを誰よりも愛するヒトで、個人サイトと思えないほど充実したNYの情報サイトを趣味で運営している女性でした。
お洒落で知的、いかにも東京のキャリアウーマンなMさん。サバサバして面倒見の良い姉御肌のMさんと妹キャラ(?)な私。ブログやメールで交流すうちに、どんどん仲良くなり互いがニューヨークや東京を訪れるときは決まって会って食事をしたりショッピングして親交を深めるように。ネットでの人間関係がバーチャルなものばかりじゃないと彼女を通じて知りました。そういえば下↓で書いた『パープルタウン』も東京で行ったカラオケでMさんが歌ってくれたんだっけ。
2年前の今頃、私が東京への出張へ行ったときも時間を縫ってMさんに会いお茶をしました。
ホテルの部屋に置き忘れて来てしまったお土産を 「次回 渡すね。」って約束して別れたのです。
そうしてニューヨークに戻った翌朝、Mさんの親友からの電話により彼女の訃報を知ったのでした。
私にとって初めて経験する友人の死でした。
渡せなかったお土産。彼女が大好きだった“ココ・シャネル”の回顧展がmetで開催されたときの絵葉書集。
いつでも渡せると思っていたのに今となっては叶いません。遠い距離からお通夜や告別式にも参列できず、数ヶ月後の帰国時、納骨前にお宅を訪ねお線香をあげて遺影にお別れできたのがせめてもの慰めでした。
先日、私にmixiからのお知らせのメールが届きました。
数年前に友人に招待されて会員登録してからほとんど使うこともなく毎日届くメールも開ける事がなかったmixiだったのですがそのときは何故かメールを開けました。
私のブランドのコミュニティーサイトを作ってくださった方からの「マイミク申請」メッセージでした。
許可をするため、数年ぶりにログインしたらいくつか他にも「マイミク申請」メッセージが届いていました。
その中に懐かしいMさんの名前をみつけました。
彼女のメッセージはいつもやりとりしていた頃のまんま。Mさんがまだそこにいるような気にすらなります。
彼女の頁へ飛び、最後の日記を読むとそこには私に東京で会ったことについて書かれてありました。
日付を見ると彼女が眠るように亡くなった、その日の夜に書かれたものでした。
彼女だって”今度”がたくさんあると思っていたのです。
私だってもしもう次がないってわかっていれば、もっともっとお礼を言いたかったし、絵葉書だって渡したかったし、もっともっとちゃんとメールの返事も書いておきたかった。
でも ”今度”が来ないときもある。
そのことを忘れることのないよう、手渡せなかった絵葉書は今も私の部屋に飾られています。
来月の13日は、Mさんの2回目の命日です。
