クイーンズはニューヨークではない? | 裸のニューヨーク

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ユー・ドント・ノウ・ニューヨーク・ザ・ウェイ・アイ・ドゥ...これは私のアンビバレントでパーソナルなニューヨーク・ストーリー。

総面積830キロメーターのニューヨーク市には5つの区(borough)があり、約820万人が暮らしている。有名なフィフス・アベニューやタイムズ・スクエアなどはそのうちの1つ、マンハッタンにある。ブロンクス区やブルックリン区、クイーンズ区、特にフェリーでしか行けないスタテン・アイランドなどをわざわざ訪れる短期の観光者は少ないだろう。

 「クイーンズはニューヨークじゃない」(映画「クイズショー」のTVプロデューサーのセリフ)と不名誉な評価を与えられる事もあるクイーンズには2003年と2006年に2度滞在した。80年代や90年代にはマンハッタン以外に滞在する気などさらさらなかった。それが、2000年がピークだったとも言われるバブルの影響で、マンハッタン市内には80ドル以下のホテルなどなくなったのである。

 2度利用した「ホテル・カーター」(参考サイト)は43丁目のNYタイムズの向かい、7番街と8番街の間にあり、80年代には1つ下の42丁目には夜になるとずらりとプッシャー(ドラッグの売人)が並び、「スモーク、スモーク(マリファナあるよ)」などと声をかけられた。現在のこぎれいなタイムズ・スクエアからは想像もつかないだろう。物騒なエリアだったにも関わらずガイドブックに出たとかで、日本人もよく利用していた。一週間利用者に適用されるウィークリー・レートが確か45ドルほどで、貧しいツーリストの強い味方だったが、数年前に前を通りかかって料金を聞いてみると1泊100ドルもすると聞き、信じられなかった。何しろここはネズミが出るホテルなのだ。それに照明のカサは壊れたまま、洗面台が詰まって流れない、ベッドサイドのランプが付かないというひどいコンディションで、数ヶ月前のクリスマス時に宿泊客が飾ったメリークリスマスという飾り幕がまだ天井に張りついていた。更にはスペイン語で罵りあう男女の声が通路まで聞こえてきたり、ドシン、ドシンと物騒な物音がしたり、映画「ビッグ」に出て来た恐ろしげなホテルそっくりだったのだ。市がホームレスなどを宿泊させる時にも使っていたという。その安宿が100ドルとは!

 2001 年の911直後にはニューヨークを訪れる日本人が激減し、日本人相手のホテルや寮は大打撃を受けて大幅割引をした。私は2002年の1月には航空運賃と宿代、食費にエンターテインメント代に交通費全部込みで1週間10万円という旅が出来たが、観光産業も徐々に回復し、1ヶ月という長丁場の取材にマンハッタンのホテルを利用する事は到底できなくなった。

 その後ルームメートを募集しているマンハッタンの日本人と住んだ時には、ニューヨーク在住の日本人が利用する掲示板上でも色々と問題が報告されているように、私も非常に悪い扱いを受け、散々な目に遭ったので、それ以降はついに「都落ち」してクイーンズの下宿に滞在する事になったのだ。

 クイーンズはNYに住んでいた時には用のない街だった。数ヶ月に1度、重い腰を上げてはるばる行く用というのはフラッシングにある日本の食料品店「大道」で納豆やインスタントラーメンや味噌などを買う時だけだった。当時すでにインド人が多く住み、白人の多いマンハッタンからするとそこはまるで第三世界のようだったのを覚えている。

 私が昨年滞在したクイーンズ区のジャクソンハイツにはインド系、ラテン系、アジア系が多く、黒人や白人のアメリカ人は非常に少なかった。道がわからなくて誰かに聞いてもメキシコ人や中南米人はほとんど英語を話せないので聞くだけ時間のムダである。中国系や韓国系の人でも似たり寄ったり。韓国人女性が路上でニラと思われる野菜を売っていた時には、2ドルと安いので買いたかったのだが言葉が通じない。ニラでなかったら困る。目の前の韓国の美容院の従業員がやって来たので餃子に使うニラか、炒めて食べられるか、などと聞き出し、やはりニラらしいというので買って帰った。食べてみるとニラでホッとしたが、言葉が通じないという事は気力、体力を非常に消耗する。英語も通じないとは、ここは本当にアメリカなのだろうか、と思ってしまう街なのだ。

 高層ビルのない、英語の通じない人々の行きかうジャクソンハイツではアメリカの豊かさは全く感じられない。そこから地下鉄に揺られて10分、53丁目で降りて階段を登り、地上に出る。右に折れて5番街に出ると高層ビルが目に入る。広い道路を華やかな色彩の洋服を着た人々が行き交う。クイーンズとは別世界が広がっている。

 (ああ、また「ニューヨーク」にやって来た)

 そんな実感と感慨、そして感動がこみ上げてくる。私の中でも、クイーンズはニューヨークではないのだった。