どぅも にゃぱんです。

有言不実行の久々な更新。

忘れないうちに震災当日の記録を残しておこうと思います。


3月11日は普通の日でした。

ついでに言うと、母の誕生日でした。
(ママンおめでとう!)

スーパーやアカチャンホンポに買い出しに行こうと思っていた日でした。

午前中に洗濯して、掃除して、お昼食べさせて、それから出発するぞ!の予定をたてました。

午前中に家事を終わらせ、お昼ご飯を食べさせて、さぁ行くぞ!

ってタイミングで、むすこさまがお昼寝を始めたんですねー。

しょうがない、買い出しは夕方に出発だなー。まぁいいや、一緒に寝ちゃお~

で、うとうとしてました。

仰向けに寝ころがって、お腹の上にむすこさまがうつ伏せに乗ってました。

そしたら、揺れ始めたんですねー。


長いなー…そろそろおさまるかな?


って思ってたんですが、予想に反してどんどん強くなる揺れ。

うちには隠れられるようなテーブルがないから、これは外に逃げるべきか

と、とっさに判断し、むすこさまとむすこさまの上着を抱えて玄関に到着したとき。

後ろで食器棚が倒れ、ガラスが割れる音…


兎に角玄関の外に出なくちゃ!と外に出ますが、とても立っていられない。

電線は縄跳びの縄みたいに揺れてるし、まるで荒れた海をゆく船内にいるようでした。


行きつけのコンビニで顔見知りになった奥さんが、孫のいるアパートに向かって走っているのを発見して声をかけると、

「道路に出てた方がいいよ!」

と言われて、道路へ。

一応収まった揺れですが、余震ががんがんやってきて、家のなかではガラスが割れてるし、むすこさまを抱えてるしで怖くてアパートに戻れず…

そこにまたコンビニの奥さんが来てくれたので、むすこさまを奥さんに預けて家の中へ。

とにかく寒い日で、むすこさまと自分の上着をもう一枚ずつだけでも取りにいかなきゃ!

と玄関を開けると、もう土足でなきゃ歩けない状態でした。

通れるような場所を探すのも一苦労…

どうにかこうにか上着とむすこさまの靴とオムツを持って、近所の公園へ行きました。

むすこさまを抱えた私を見て、見ず知らずの方が毛布を貸してくれました。
(まだ返しに行けてない…)

コンビニの奥さんが、外よりは良いだろうと車に乗せてくれました。

外を見ると雪。もう最悪の状態です。

長丁場になるだろうからと、奥さんは自分のアパートを掃除してくると、強い余震が来てるなか、家に戻っていきました。

車内には母子が3組。

一人じゃないことに安心して、急に泣けてきました。

泣いてる場合じゃないのに!自分が泣いてたら息子抱えて急いで逃げられない!

とは思ってても、泣けてきます。

奥さんの義娘さんに慰められ落ち着きましたが、情けないです(-o-;)

3組の母子のパパ達は、みんな仕事中でした。連絡もつかない。

旦那は無事だってメールがきてから電話も繋がらなくなった。

余震もまだまだ落ち着かない。


連絡がとれないだけでこんなにも不安になるものなんですね。

どんどん時間は過ぎていきます。

奥さんは、一通り片付けたからうちにおいで~と呼んでくれました。

外はもう真っ暗でした。

停電になっちゃったのでテレビもつかず。ストーブもつけられず。

アロマポット用のろうそくを灰皿に一杯並べて、テーブルにおいてくれました。

ろうそくって暖かいんだなって初めて知りました。

奥さんの旦那様は、とっても気を使ってくれて、面白い話をたくさんしてくれました。

おかげで暗くならずにすみました。

そうして過ごしているうちに、旦那からの着信が!

「会社の人たちと同じ方面の人で乗り合いしてそっちにむかってるから~。大渋滞だからいつつくかわかんないけど。あと、仙台空港が津波に飲まれたってラジオで言ってて、にゃぱんと連絡つかなかったから心配してたよー。」

とりあえず旦那は帰ってこれそうで安心したけど…

空港が津波に飲まれた?!いったい何が起きてるわけ??


確認をするすべもなく、時間は過ぎていきます。


長くなったので今回はここまで。