▼十分な能力があれば徹底交戦▼能力があれぱ、中国は攻撃を決断する | 日本のお姉さん

▼十分な能力があれば徹底交戦▼能力があれぱ、中国は攻撃を決断する

兵法三十六計(22)

第二十二計 「関門捉賊」(かんもんそくぞく)」
─A2AD(接近阻止・領域拒否)能力の強化─

元防衛省情報分析官・上田篤盛(あつもり)
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▼十分な能力があれば徹底交戦

「関門捉賊」は「門を関(と)ざして賊を捉(とら)う」と読む。
これは軍事的には敵の退路を遮断し、敵を包囲して完全撃滅する戦術である。

この戦術は、我が敵よりも十分に優勢であり、弱小な敵を確実に
包囲撃滅できる好機にあることが必要条件となる。

敵を殲滅する十分な戦力があるのにもかかわらず、機を失して敵を
みすみす逃がしてしまえば、敵が息を吹き返しては将来禍根を残すことになる。

『孫子』では、「敵の十倍の兵力があれば、包囲して殲滅せよ」と説く。
十分な兵力を保有していれば、機を逸せずに徹底的に包囲殲滅すること
が有利なのである。

敵を完全に服従させるために、捕えても敢えて逃がす第十六計
「欲擒姑縦(よくきんこしょう)」とは対局にあるのが本計略である。

▼秦の猛将が「関門捉賊」を発動

西暦260年に遡る。秦の猛将である白起将軍は秦軍50万人を率いて、
趙軍45万人と戦っていた。白起将軍は逃げるとみせかけて、趙軍を誘致導入し、
敵の退路を遮断し、趙軍を完全に分断・包囲することに成功した。趙軍には一切
の兵糧が届かなくなり、40万人という膨大な兵士は秦の捕虜となった。

しかし、秦には捕虜に食わせる食料がなかったので、捕虜が反乱を起こすのを
警戒した。だからといって、秦が趙との取り引きに応じて、捕虜を趙に返せば、
趙は再び力を蓄えて復活する恐れがある。そこで白起は捕虜を自国の奴隷とは
せずに、数百人の少年兵を除く全員を連れ出し、ことごとく生き埋めにして
殺してしまった。

趙は多くの兵士を失うことになり、急速に弱体化していった。

▼能力があれぱ、中国は攻撃を決断する

中国の軍事戦略は基本的には防勢的であるが、一方で攻勢的でもある。
毛沢東の「十六字決戦戦術原則」では「敵進我退、敵駐我擾、敵疲我打、
敵退我追」(敵が進めば我退く、敵が駐屯すれば我擾乱する、敵が疲れれば
我打つ、敵が退けば我追撃する)と説く。つまり、有利に転じた場合には攻勢に
転じることを主張している。

実際、中国は「積極防御」の軍事戦略の名の下で格下と認める相手に
対しては、しばしば軍事力を行使してきた。1962年の中印国境紛争、74年の
西沙諸島の争奪、79年の中越戦争、88年の南沙諸島奪取などは、中国が主導的
に軍事力による現状変更を行なったものである。

中国の軍事戦略は、平時においては「戦わずして勝つ」という『孫子』の不戦主義
に基づき諜報・謀略戦を重視しつつ、自らが態勢を有利に持ち込む。
そして、自らが有利と判断した場合には一気呵成に攻勢に転換する。この点は十分
に考慮する必要がある。

つまり、米国のような強大な敵に対しては、中国は基本的には防勢戦略を採用
するが、現在の南シナ海への進出状況に象徴されるように、劣位にあるASEAN
諸国の戦いでは一気呵成に攻め、領有権を拡大するということである。

このことは、中国が将来的に十分な軍事能力を保有した場合、一気呵成に台湾
に軍事侵攻作戦をとる、わが国の南西諸島などを侵攻する可能性を排除しない
ということなのである。

▼最大の課題はA2AD能力の強化

中国が台湾を軍事的に統一するための最大の課題は米軍の作戦領域に
おける来援を阻止することである。米国シンクタンクなどは、
これをA2AD(エーツーエーディー:接近阻止・領域拒否)と呼称している。

つまり中国は作戦領域となる第一列島線から第二列島線における
米空母機動部隊の遊弋を拒否し、第一列島線内の海上・航空優勢を確保する
ことを狙っている。

そのため、潜水艦の作戦能力の強化、弾道ミサイルおよび巡航ミサイルの
配備協化、戦闘機の行動半径の拡大と空中給油能力の構築などを戦力強化
の重点としている。

すなわち、台湾を“袋の鼠”状態にして「関門捉賊」による軍事侵攻を可能と
する戦力の構築を目指しているのである。

▼中国の軍事力整備に注意せよ!

現段階では、中国が十分な着上陸侵攻能力を保有することも、米空母など
の領域侵入を拒否することも当面は困難であろう。したがって、中国は政治宣伝
や経済力を駆使して、台湾当局が独立宣言をしないように威嚇し、外交交渉と
米中経済関係を盾に米国による台湾支援を遮断し、その間に「関門捉賊」に
うって出るための軍事力の構築を図ろうとするだろう。

つ まり、サイバー、特殊作戦、戦略・戦術ミサイルの開発、対衛星兵器の
開発など、各種の非対称作戦能力の強化を図りつつ、逐次に総合戦力の
底上げを長期的に目指しているとみられる。

総合戦力の構築にはやや長期間を要するとみられるが、決して中国を
侮ってはならない。

現在、エドワード・ルトワック『中国4.0 暴発する中華帝国』が好評を博している。
そのなかで、ルトワック氏はこの著書の翻訳者である奥山真司氏に対し、
中国人民解放軍が『張子の虎か』という議論に対し、「潜在的な敵国が存在し、
その敵国に対する軍備や戦略を考える戦略家としてとるべきなのは、保守的な
態度だ」と答えたという。

中国の軍事力は着実に強化されている。その能力向上を注視し、気休めや
楽観主義に陥ることなく、保守的な態度をもって対中防衛態勢・体制を確立する
必要がある。


(次週、第23計「遠交近攻」に続く)

(うえだあつもり)



【著者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防衛大学校(国際関係論)卒業後、
1984年に陸上自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学課程に
入校以降、情報関係職に従事。92年から95年にかけて在バングラデシュ
日本国大使館において警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策などを担当。
帰国後、調査学校教官をへて戦略情報課程および総合情報課程を履修。
その後、防衛省情報分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。
2015年定年退官。現在、軍事アナリストとしてメルマガ「軍事情報」に連載中。
著書に『中国軍事用語事典(共著)』(蒼蒼社、2006年11月)、『中国の軍事力
2020年の将来予測(共著)』(蒼蒼社、2008年9月)、
『戦略的インテリジェンス入門─分析手法の手引き』(並木書房、2016年1月)、
『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争─国家戦略に基づく分析』(並木書房、
2016年4月)など。


『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』
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『戦略的インテリジェンス入門』
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