いつまでもアメリカに頼ってばかりいては日米関係も機能しなくなるとい うことだ。 | 日本のお姉さん

いつまでもアメリカに頼ってばかりいては日米関係も機能しなくなるとい うことだ。

日本も直視すべき過激派テロの脅威
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櫻井よしこ

3月22日、ベルギーの首都ブリュッセルの国際空港と地下鉄駅で同時テロ 事件が発生するや否や、ベルギー原子力監督機構は国内の原発7基の現場 で働く職員の大半に帰宅命令を出した。

次に出社命令が出るまで自宅で待 機せよという指示である。

原発稼働に必要な最小限の幹部だけを残しての突然の帰宅命令について ベルギー当局は、職員の氏素性は十分に調査済みだが、「後悔するより安 全第一だ」と述べている(「タイム」誌、4月4日号)。

原発サイトで働く人々の中に1人でもテロリストがまじっていれば大惨劇 が生じかねないと危惧しての判断だった。

この判断は闇雲になされたので はなく、イスラム国(IS)が放射性物質を含む大量破壊兵器の入手を目 指していることを示す証拠が断片的ながらも集積されていたという事実に 基づいたものだった。

たとえば昨年11月13日に発生したISによるパリ襲撃事件の捜査の過程で 犯人のアジトから1本のビデオが見つかった。

そこには生垣に仕込んだ隠 しカメラで遂一撮影されたベルギー連邦原子力エネルギー研究センター幹 部の自宅の映像が記録されていた。

幹部の勤務先には核兵器の材料となり 得る高濃縮ウランが保管されている。

医療用放射性物質も貯蔵されてお り、これらは放射性物質を撒き散らす「汚い爆弾」(ダーティー・ボム) の原材料となる。

核兵器でなくともダーティー・ボムが都市攻撃に使用されれば、都市は壊 滅的被害を受ける。

犠牲者の数も測りしれないだろう。

ISは究極の攻撃 兵器の製造を念頭に、放射性物質の入手につながるこの幹部の誘拐目的で 自宅を監視していたと分析された。

ISをはじめとするテロリストの実力の程はどうなのか。

彼らは昨年8 月時点でイラクのクルド人部隊に化学兵器のマスタードガスを使用した可 能性があると、当時、「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙が報じ た。

いま、そのISが粉末状のマスタードガス製造に成功したと、今度 は、「タイム」誌が報じている。

ゆるい管理体制

同誌はこれをオウム真理教がサリンガスを製造したのに続く、テロリス トによる化学兵器の製造例と位置づけている。

欧米諸国は日本人よりはる かに厳しい認識でサリン事件を記憶しているのである。

核によるISのテロについては未だ深刻な脅威ではないと考える専門家 もいるが、ISが近未来に核、もしくはダーティー・ボムなどの大量破壊 兵器を手にする確率は高いと見ておくべきだろう。

そう考えなければなら ない理由のひとつが放射性物質のゆるい管理体制である。

世界には130か国に分散する形で180万トンもの放射性物質が存在する。

しかし、保管に関して安全策を講じているのはわずか23か国だと言われて いる。

放射性物質は軍事施設だけでなく、病院や研究室など多くの民間施 設に分散されており、その全てで万全の保管体制を作ることは至難の業だ と言ってよい。

この危うい現実がベルギーのテロ犯たちに放射性物質を狙わせたとも言え るだろう。

彼らは今回は入手に至らなかった。

しかし、同じような試みが 繰り返され、彼らが大量破壊兵器を手に入れる日はいつか来ると見るべき だ。テ

ロはこれまでよりもはるかに危険で厄介な局面に入っているのである。

また、各国政府がテロリストをコントロールすることも困難になりつつあ る。

各地でテロに走る若者たちの多くは、移住先の国に溶け込むことが出 来ず、ISの偏狭かつ暴力的な教えに感化されている。

一方、ベルギー在 住のエッセイスト、大野ゆり子氏が3月27日の「読売新聞」で、今回のテ ロ事件の容疑者の多くがベルギー生まれの若者であること、過激思想の拠 点となったモレンベーク地区は市の中心部に近い所にあることを指摘して いた。

彼女はその地区内の地下鉄駅をよく使うそうだ。

日常の風景の一地域か ら過激思想の若者たちが生まれてくる。

彼らに疎外感を抱かせれば、向う 側に押しやってしまう。

しかし有効な解決策は見当たらない。

こうして 次々に地元で生まれるテロリストたちに各国は対処しきれずにいる。

新た なテロが発生し続け、その波はいまやアジアにも押し寄せている。

今年に入ってインドネシアやパキスタンでもテロが続く。

1月14日にはジャカルタの中心部で20人以上が死傷した。

同月20日にはパ キスタン北西部のペシャワル近郊で21人が殺害された。

3月27日にはまた もやパキスタン東部の都市ラホールの自爆テロで72人が死亡した。

直近のこのテロ事件の犠牲者数はベルギーでのそれよりもはるかに多 い。

日本での報じ方はベルギーのテロと較べると驚くほど地味であるが、 アジアにもテロが広がっていること、それらのテロはやがて日本への脅威 となることについて、もっと危機感を抱かなければならないはずだ。

日米安保に不満

テロをどこか他国の事象としてとらえ、日本に関係することととらえにく いのは戦後70年、一度も戦争をせずにきた日本だからこそであろうか。

私 たちが向き合わなければならないのはテロ攻撃の可能性だけではない。

国際社会の動きは1日毎に変化すると言ってよい程、大きく変わりつつあ る。

その変化に正対しなければ日本は本当に大変なことになる。

日本を厳 しいが当たり前の現実に引き戻そうとしているのがアメリカの変化であろう。

オバマ大統領が世界の警察をやめた結果、世界にもたらした変化は中国の 膨張であり、テロリスト勢力の拡大だった。

オバマ政権が米国内にもたら したのが、根拠不十分な極論を吐き続けるドナルド・トランプ氏である。

トランプ氏の発言の殆どは論外だが、その中には日本が真剣に向き合わな ければならない点がある。

日本は日米安保条約でアメリカに助けてもらう 一方で、アメリカを助けないのは許し難いという非難である。

氏の日本非難の発言が繰り返し報道されることで、より多くの米国人 が、日米安保の性質に気づきつつある。

安倍政権だけでなく、民主党の野 田政権でさえ、日米安保政策に関しては努力を重ねてきた。

しかし、その ような細かい事情は関係なく、アメリカ国民は片務性の強い日米安保に不 満を抱くだろう。

これは日米安保に大きな影響を与えずにはおかない。

いつまでもアメリカに頼ってばかりいては日米関係も機能しなくなるとい うことだ。

テロの脅威についても、中国の脅威の前で自国の安全をどう守 るかについても、より現実的に考えなければならないいま、安保関連法の 施行を、せめて評価したいと思う。
『週刊新潮』 2016年4月7日号
日本ルネッサンス 第699回