誠実に正し く振る舞ってなお戦争になった過去の真相を、今のアジア情勢が彷彿(ほ うふつ)させる。
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人民元国際化の「脅威」と戦え!
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西尾 幹二
中国と欧州の関係は「腐肉に群がるハイエナ」だ
今年入手した外国情報の中で一番驚いたのは、ドイツに30年以上在住の方 から中国の新幹線事故、車両を土中に埋めたあの驚くべきシーンが、ドイ ツではほとんど知られていないという話だった。
中国の否定面の情報統制は欧州では十分に理由がある。良いことだけ伝え ておく方が政財界にとって都合がいいし、一般大衆はアジアの現実に関心 がない。アメリカでも中国の反日デモは十分には報道されていないと聞く。
ドルを揺さぶる国家戦略に弾み
負債総額約3千兆円、利払いだけで仮に年150兆円としても返済不能とみ られている中国経済。主要企業は共産党の所有物で、人民元を増刷して公 的資金を企業に注入しては延命をはかってきた砂上の楼閣に中国国民も気 づいている。早晩、人民元は紙くずになると焦っているからこそ、海外に 巨額を流出させ、日本の不動産の爆買いまでするのではないか。
天津の大爆発、鬼城(ゴーストタウン)露呈、上海株暴落、北京大気汚染 の深刻さ。中国からはいい話はひとつも聞こえてこない。
日本人はこの隣国の現実をよく見ている。にもかかわらず、まことに不思 議でならないのだが、欧米各国はにわかに人民元の国際化を後押しし始め た。中国経済の崩壊が秒読み段階にあるとさえ言われる時機にあえて合わ せるかのごとく、国際通貨基金(IMF)が人民元を同基金の準備資産 「特別引き出し権(SDR)」に加えることを正式に決めた。
これで中国経済がすぐに好転するわけではないが、長期的にはその影響力 は確実に強まり、ドル基軸通貨体制を揺さぶろうとする国家戦略に弾みが つくことは間違いない。
IMFは準備期間を置いて、中国政府に資本の移動の自由化、経済指標の 透明化、変動相場制への移行を約束させると言っているが、果たしてどう だろう。昨日まで恣意的に市場操作をしていた人民銀行が約束を守るだろ うか。言を左右にして時間を稼ぎ、国際通貨の特権を存分に利用するので はないだろうか。
資本主義が変質する恐れも
欧州諸国は中国が守らないことを承知で中国を救う。それが自分たちを守 る利益となると考えていないか。ドイツはフォルクスワーゲンの失敗を中 国で取り戻し、イギリスはシティの活路をここに見ている。
私は中国と欧州の関係を「腐肉に群がるハイエナ」(『正論』6月号) と書いた。米国の投資家は撤退しかけているが一枚岩ではない。
中国の破産は儲けになるし、対中債務は巨額で、米国は簡単に手が抜けな い。中国経済は猛威をふるっても困るが、一気に崩壊しても困るのだ。 ちょうど北朝鮮の崩壊を恐れて周辺国が「保存」している有り様にも似て いる。
しかし、日本は違った立場を堂々と胸を張って言わなくてはいけない。共 産党の都合で上がったり下がったりする基軸通貨など御免だ。為替の変動 相場制だけはSDR参加の絶対条件であることを頑強に言い張ってもらい たい。
「パニックや危機が起きた瞬間に中国当局が資本の移動を取り締まるので はという恐れがある限り、人民元をSDRの準備通貨とすることはできな い」というサンフランシスコ連銀総裁のコメントを私は支持する。さもな いと、資本主義そのものが変質する恐れがある。
目先の利益に目が眩む欧州首脳は「資本家は金儲けになれば自分を絞首刑 にするための縄をなう」の故事を裏書きしている。
民主化のみが唯一の希望
忘れてはいけないのは中国は全体主義国家であって近代法治国家ではない ことである。ヒトラーやスターリンにあれほど苦しんだ欧米が口先で自由 や人権を唱えても、独裁体制の習近平国家主席を前のめりに容認する今の 対応は矛盾そのもので、政治危機でさえある。この不用意を日本政府は機 会あるごとに警告する責任がある。
思えば戦前の中国大陸も今と似た構図だった。日本商品ボイコットと日本 人居留民襲撃が相次ぐ不合理な嵐の中で、欧米は漁夫の利を得、稼ぐだけ 稼いでさっさと逃げていった。
政治的な残務整理だけがわが国に押しつけられた。今度も似たような一方 損が起こらないようにしたい。
歴史と今をつないでしみじみ感じるのは“日本の孤独”である。誠実に正し く振る舞ってなお戦争になった過去の真相を、今のアジア情勢が彷彿(ほ うふつ)させる。
欧州はアジアがすべて中国の植民地になっても、自国の経済が潤えばそれ で良いのだ。東南アジア諸国連合(ASEAN)のうち一国でも中国の支 配下に入れば、中国海軍は西太平洋をわがもの顔に遊弋(ゆうよく)し、 日本列島は包囲される。食料や原油の輸入も中国の許可が必要になってくる。
米国も南シナ海の人工島を空爆することまではすまい。長い目でみれば中 国の勝ちである。中国共産党の解消と民主化のみが唯一の希望である。わ が国の経済政策はたとえ損をしてでもそこを目指すべきで、IMFの方針 と戦う覚悟が差し当たり必要であろう。
(にしお かんじ評論家・評論家)産経ニュース【正論】2015.12.9
人民元国際化の「脅威」と戦え!
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西尾 幹二
中国と欧州の関係は「腐肉に群がるハイエナ」だ
今年入手した外国情報の中で一番驚いたのは、ドイツに30年以上在住の方 から中国の新幹線事故、車両を土中に埋めたあの驚くべきシーンが、ドイ ツではほとんど知られていないという話だった。
中国の否定面の情報統制は欧州では十分に理由がある。良いことだけ伝え ておく方が政財界にとって都合がいいし、一般大衆はアジアの現実に関心 がない。アメリカでも中国の反日デモは十分には報道されていないと聞く。
ドルを揺さぶる国家戦略に弾み
負債総額約3千兆円、利払いだけで仮に年150兆円としても返済不能とみ られている中国経済。主要企業は共産党の所有物で、人民元を増刷して公 的資金を企業に注入しては延命をはかってきた砂上の楼閣に中国国民も気 づいている。早晩、人民元は紙くずになると焦っているからこそ、海外に 巨額を流出させ、日本の不動産の爆買いまでするのではないか。
天津の大爆発、鬼城(ゴーストタウン)露呈、上海株暴落、北京大気汚染 の深刻さ。中国からはいい話はひとつも聞こえてこない。
日本人はこの隣国の現実をよく見ている。にもかかわらず、まことに不思 議でならないのだが、欧米各国はにわかに人民元の国際化を後押しし始め た。中国経済の崩壊が秒読み段階にあるとさえ言われる時機にあえて合わ せるかのごとく、国際通貨基金(IMF)が人民元を同基金の準備資産 「特別引き出し権(SDR)」に加えることを正式に決めた。
これで中国経済がすぐに好転するわけではないが、長期的にはその影響力 は確実に強まり、ドル基軸通貨体制を揺さぶろうとする国家戦略に弾みが つくことは間違いない。
IMFは準備期間を置いて、中国政府に資本の移動の自由化、経済指標の 透明化、変動相場制への移行を約束させると言っているが、果たしてどう だろう。昨日まで恣意的に市場操作をしていた人民銀行が約束を守るだろ うか。言を左右にして時間を稼ぎ、国際通貨の特権を存分に利用するので はないだろうか。
資本主義が変質する恐れも
欧州諸国は中国が守らないことを承知で中国を救う。それが自分たちを守 る利益となると考えていないか。ドイツはフォルクスワーゲンの失敗を中 国で取り戻し、イギリスはシティの活路をここに見ている。
私は中国と欧州の関係を「腐肉に群がるハイエナ」(『正論』6月号) と書いた。米国の投資家は撤退しかけているが一枚岩ではない。
中国の破産は儲けになるし、対中債務は巨額で、米国は簡単に手が抜けな い。中国経済は猛威をふるっても困るが、一気に崩壊しても困るのだ。 ちょうど北朝鮮の崩壊を恐れて周辺国が「保存」している有り様にも似て いる。
しかし、日本は違った立場を堂々と胸を張って言わなくてはいけない。共 産党の都合で上がったり下がったりする基軸通貨など御免だ。為替の変動 相場制だけはSDR参加の絶対条件であることを頑強に言い張ってもらい たい。
「パニックや危機が起きた瞬間に中国当局が資本の移動を取り締まるので はという恐れがある限り、人民元をSDRの準備通貨とすることはできな い」というサンフランシスコ連銀総裁のコメントを私は支持する。さもな いと、資本主義そのものが変質する恐れがある。
目先の利益に目が眩む欧州首脳は「資本家は金儲けになれば自分を絞首刑 にするための縄をなう」の故事を裏書きしている。
民主化のみが唯一の希望
忘れてはいけないのは中国は全体主義国家であって近代法治国家ではない ことである。ヒトラーやスターリンにあれほど苦しんだ欧米が口先で自由 や人権を唱えても、独裁体制の習近平国家主席を前のめりに容認する今の 対応は矛盾そのもので、政治危機でさえある。この不用意を日本政府は機 会あるごとに警告する責任がある。
思えば戦前の中国大陸も今と似た構図だった。日本商品ボイコットと日本 人居留民襲撃が相次ぐ不合理な嵐の中で、欧米は漁夫の利を得、稼ぐだけ 稼いでさっさと逃げていった。
政治的な残務整理だけがわが国に押しつけられた。今度も似たような一方 損が起こらないようにしたい。
歴史と今をつないでしみじみ感じるのは“日本の孤独”である。誠実に正し く振る舞ってなお戦争になった過去の真相を、今のアジア情勢が彷彿(ほ うふつ)させる。
欧州はアジアがすべて中国の植民地になっても、自国の経済が潤えばそれ で良いのだ。東南アジア諸国連合(ASEAN)のうち一国でも中国の支 配下に入れば、中国海軍は西太平洋をわがもの顔に遊弋(ゆうよく)し、 日本列島は包囲される。食料や原油の輸入も中国の許可が必要になってくる。
米国も南シナ海の人工島を空爆することまではすまい。長い目でみれば中 国の勝ちである。中国共産党の解消と民主化のみが唯一の希望である。わ が国の経済政策はたとえ損をしてでもそこを目指すべきで、IMFの方針 と戦う覚悟が差し当たり必要であろう。
(にしお かんじ評論家・評論家)産経ニュース【正論】2015.12.9