日経による英FT買収の波紋
西洋人には、大変な事件だったらしい。↓
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日経による英FT買収の波紋
経済・ビジネス
[2015.08.11]
日本経済新聞が英国の有力経済紙、『フィナンシャル・タイムズ』(FT)買収を発表した。日本企業が海外メディアを傘下に収めるのは初めてのことだ。デジタル時代に生き残りをめざす欧米メディアの買収・再編の動きに、日本の大手メディアも参戦した格好だ。
日本メディアによる過去最大の買収額
ロンドンの金融街シティに127年間君臨してきた、サーモンピンク色の紙面が特徴のFT紙。この老舗経済紙を日経が買収するとのニュースは、国内外に大きな波紋を投げかけた。日本のメディア企業が海外の主要メディアを買収するのは初めてのこと。しかも買収額は1600億円と近年の世界のメディア買収劇の中でも高額である。ただ、この中にはFTグループのロンドン本社ビルやグループが50%の株式を保有する週刊誌『エコノミスト』は含まれていないという。
FTの買収合意発表は7月24日、日経の喜多恒雄会長、岡田直敏社長らが東京で行われた。日経は両社の記者、編集者をはじめとする人的資源や、報道機関として連携し合うことで、世界に向けて日経のデジタル戦略を強化できる。経済・ビジネス情報はデジタル時代に高い成長が見込める分野である。FTと日経の顧客基盤を活用すれば、さまざまなデジタル事業を展開することが可能というわけだ。
米WSJと並ぶ有力な経済紙
FTの2014年の売上高は5億1900万ドル(642億円)。紙面と電子版を合わせた発行部数は73万7000部で、うち7割の約50万人が電子版の購読者。新聞の発行部自体は日本の地方紙ほどだが、世界有数の経済メディアとしての影響力は大きい。そのブランド力は、米『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)と並ぶ高い評価を得ている。FTはデジタル化の流れにもいち早く対応し、新聞事業のデジタル転換に成功した経済紙としても評価されている。
こうした評価とは別に、FTの親会社である英ピアソンの経営戦略の主眼は別のところにあった。複合メディア企業であるピアソンは、英語の能力試験や参考書の出版などを手がけるが、最近の業績は低迷し、2年間のリストラ計画を完了したばかり。その一環としてFTを売却し、収益の4分の3を占める教育事業に集中する選択をした。
ピアソンのジョン・ファロン最高経営責任者(CEO)は、売却理由について「メディアは変革期にあり、事業の焦点をジャーナリズムに置く組織に入ることがFTにとって必要」と説明したという。一連の買収手続きが年内に完了すれ、FTはピアソンとの58年間の歴史に幕を下ろすことになる。
国際化とデジタル対応が狙い
一方の日経はFTを傘下に迎え入れることで、世界的な経済メディアに飛躍する可能性がある。喜多会長は買収発表の席上、「FTという世界で最も栄えある報道機関をパートナーに迎えることを誇りに思う。われわれは報道の使命を共有しており、世界経済の発展に貢献していきたい」と語った。
日経の電子版読者43万人にFTのデジタル版読者50万人を加えると、オンライン有料読者合計は93万人となり、米『ニューヨークタイムズ』(NYT)の91万人を抜いて世界トップに躍り出る。新聞発行部数でもWSJ(146万部)の2倍強になる。また日経の海外事業面では、英文媒体『Nikkei Asian Review』(NAR)を軸に、アジアを中心とするグローバル情報の発信
力を高められる。
岡田社長はFT買収の狙いを「紙とWebが一体化した競争の流れが世界的に進んでいく中で、FTと日経双方のデジタル対応能力を引き上げ、相乗効果を高めるのに役立つ」と説明した。さらに 「システムや顧客管理はFTが一
歩先を行っている」と認めおり、新サービスの開発や広告にFTのノウハウを取り込む考えだ。
FTの編集権は独立維持、人員削減なし
FTの編集権や人員についは、喜多会長が「報道機関にとって最も重要な編集権の独立は維持する。欧米とアジアをカバーする真のグローバルメディアとして互いに成長していく」と明言。さらに「グローバル化を進めるために最も良いパートナーであり、FTの経営陣や編集のトップは続投し、人員も削減しない」(喜多氏)としている。
FTは欧米で高いブランド力を誇るのに対し、日経はアジアを中心とするグローバル報道に力を入れている。日経はアジアの主要取材対象企業を100社から300社に広げる方針で、そこから得た企業情報は読者ニーズの変化にきめ細かく対応でき、紙および有料Webなどのコンテンツ強化につながる。
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独メディアに競り勝った理由は?
では、なぜFT売却先が急転直下、日本のメディアになったのか。国内外の報道によれば、買収に名乗りを上げ有力視されていたのはドイツの新聞大手、アクセル・シュプリンガー社だった。同社は約1年前からピアソンと話し合いを重ね、これまでにも欧州のデジタル企業を買収してきた実績がある。さらに、米ブルームバーグ通信や米トムソン・ロイターも買収競争に加わる中で、最後に手を挙げたのが日経だった。
岡田社長によると、日経とピアソンの交渉が始まったのは、わずか5週間前だった。争奪戦を制した決め手はやはりキャッシュだったのか。7月23日に両社の3トップが電話会談し、交渉の土壇場で日経がライバルを上回る買収額の現金払いを申し出たことで劣勢を覆したという。WSJ紙によると、財務に慎重なアクセル・シュプリンガー社は、日経の買収提示額では高すぎると判断したという。買収交渉は「日経による買収発表の直前まで続いた」とされるだけに、落胆したようだ。
FT経営陣の自由裁量を尊重?
日経とFTには経済紙としての類似性はあるが、日経は最終局面で買収価格を上乗せしたうえ、FTへの投資にも意欲を示したと伝えられる。また、ドイツ企業より日経のほうがFT経営陣の自由裁量に任せる部分が多い、と受け止められたこともライバルに差をつける結果となったとの見方もある。
英メディアは、日経とFTの相違点について、次のように指摘する。「2014年のFTの有料デジタル購読者は50万人を超え、全体の70%に達しているが、FTに比べるとデジタルの有料購読者40万人の日経は、紙への依存度がまだ高い」(英『デイリーテレグラフ』紙)。また、『ガーディアン』紙は社説で、「購読者が高齢化する日本では、紙の新聞の衰退は必至とされ、世界有数の質を誇り、収益も上げるFTという国際的なデジタルブランドを日経が狙ったことは理解できる」と分析している。
世界の主要メディアで続く買収劇
近年の世界のメディア業界では、紙媒体で衰退トレンドが続き、新聞社買収例も多い。その中にはWSJ紙を発行する米ダウ・ジョーンズ社やロイター通信社、フランスの高級紙『ルモンド』、さらにはアマゾンの創業者に身売りした米『ワシントン・ポスト』などの例があり、今後も業界再編の動きが続くとみられる。
近年の世界の主要メディア買収例
時期 メディア名 買収した企業など 買収額
2007年 ダウ・ジョーンズ社(米国)=ウォールストリート・ジャーナル紙を発行
メディア複合企業の米ニューズ社 約6600億円
2007年 トリビューン社(米国)=ロサンゼルス・タイムズを発行 個人投資家
約9800億円
2008年 ロイター通信社(英国) カナダの金融情報大手トムソン 約2兆1000億円
2010年 ルモンド(フランス) 投資家グループ 約120億円
2011年 ハフィントン・ポスト(米国)=ニュースサイト ネットサービス大手のAOL 約250億円
2013年 ボストン・グローブ(米国)=ニューヨーク・タイムズ社傘下の地方紙
ボストン・レッドソックスのオーナー 約69億円
2013年 ワシントン・ポスト(米国) アマゾンの創業者 約246億円
2015年 フィナンシャル・タイムズ(英国) 日本経済新聞社 約1600億円
*買収額は当時の為替レートによる換算額
そこに共通しているのは、デジタル時代を迎えインターネット媒体の興隆で伝統メディアで発行部数の低迷、広告収入の減少など業績が悪化していることだ。その一方で、ネットを通じたニュースは一般読者向けだけでなく、企業向けの有料経済情報の重要性も増している。新興メディアが台頭する中で、有力メディアは紙とWebによるメディアミックスの事業戦略を強めている。
日経の経営に重荷となるのか
では、今回の日経によるFT買収額はやはり破格なのか。FTの2014年の売上高は3億3400万ポンド(約645億円)で、営業利益は2400万ポンド(約46億円)。昨年の売上高の2.5倍でFTの企業価値を評価したという。これに対し、日経は1600億円の買収費用を手元資金と金融機関からの借り入れで賄うという。日経の2014年12月期連結決算によると、純資産は約3147億円。一部は借り入れに頼るというが、やはり高額な投資である。
日経とFTは以前から記事の相互利用などで関係が深いが、買収により人材の交流やノウハウの交換が可能になり、「FTの持つ資産価値と、両社でつくる新しい価値を考えると見合う金額」(岡田社長)としている。日経は国際化・デジタル化への大勝負に出たことになるが、日経OBの1人は新たな経営の重荷になる可能性を次のように語る。
「日経の連結売上高が約3000億円なのに、買収費用は1600億円と巨額。日経の昨年12月決算では現金・預金は1000億円ほどだが、銀行からの借り入れについては今後、元金・利子の返済が経営の重荷になってくる可能性もある」
日英メディアで企業風土の違い
喜多会長は「両社には共通点が多く、報道姿勢も同じ」と語るが、企業風土の違いを心配する声も聞かれる。国内の経済ニュースで他社を圧倒してきた日経だが、海外メディアからは「日経には特権的アクセスが与えられるような深いつながりが企業や政府との間にある」(『テレグラフ』紙)との指摘もある。NYTも「粉飾会計など企業の不正は、通常、外国メディアなどが先に書いて後追いする場合が多い」と評した。
2011年には日本のオリンパス粉飾決算問題を最初に報じたのがFTで日経など国内各紙が後塵を拝したことで、こうした指摘を受ける背景となっている。FTの元編集者は『フォーブス』誌への寄稿の中で「重要な問題はFTがどの国のために報じるのかということで、否応なしにFTは日本の権力のもう一つの機関となる運命にあるようだ」と辛口の論評をしている。「日本株式会社の広報紙」と揶揄する声が国内にもあっただけに、日本と欧米メディアの文化の違いを認識する必要もありそうだ。
グローバル展開で自信見せる
今回の日経・FTの連合軍は、実際のところどこまでメディア業界の地殻変動につながるのだろうか。日経がFTの支援を得ながらデジタル中心にグローバル展開を強化すれば、さらに先進的メディアに変貌していく可能性がある。岡田社長は「日経・FTはコンテンツ面でも規模的にも、世界最大のメディアになる」と、グローバル競争に勝ち抜く自信を示した。
FTは中東やアフリカにも強く、英字紙ならではの強みでオバマ米大統領やプーチン・ロシア大統領ら世界の首脳も目を通しているといわれる。それゆえに、日経のFT買収は「高い買い物ではない」との見方もある。それはともかく、世界の経済メディア・ビジネスが日経・FT連合と、米WSJを傘下に持つダウ・ジョーンズ、米ブルームバーグ、トムソン・ロイターなどに集約されていくのかどうか注視したい。
両社のプロフィール
〈フィナンシャル・タイムズ〉
1888年創刊。本社・ロンドン。経済・ビジネス専門メディアとして世界的に影響力を持つ。紙面と電子版を合わせた発行部数は73万7000部で、うち7割の約50万人が電子版の購読者。紙面は欧州だけでなく米国やアジア、日本でも発行している。2014年のグループ売上高は約644億円。
〈日本経済新聞〉
1876年、三井物産系の「中外物価新報」として創刊。本社・東京。複数の経済紙の買収を経て、1946に「日本経済新聞」に改称。販売部数は朝刊が273万部、夕刊138万部(2014年12月)。2010年に電子版を創刊し、有料会員は約43万人。2014年12月期の売上高は3006億円。
カバー写真=買収を報じるフィナンシャル・タイムズ、日本経済新聞など各紙(提供・田中庸介/アフロ)
http://www.nippon.com/ja/genre/economy/l00201/?pnum=1
東芝「不正会計」の衝撃
経済・ビジネス
[2015.07.22]他の言語で読む : ENGLISH | ESPAÑOL |
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東芝の不正会計を調べてきた第三者委員会(委員長=上田広一・元東京高検検事長)は7月20日、「経営判断として不適正な会計処理が行われた」と断定する調査報告書をまとめた。これを受けて歴代トップ3人が引責辞任、創業以来の危機に発展した。日本を代表する大手企業で発覚した利益水増しの不祥事が、国内外に与えた衝撃は大きい。
歴代3社長が辞任し陳謝
東芝は調査報告書の公表を受けて翌21日、不適正会計処理をめぐって、この10年同社を率いてきた歴代トップ3人(田中久雄社長、佐々木則夫副会長、西田厚聡相談役)が同日付で辞任したと発表した。不正に関与したとされる取締役を含め、辞任した取締役は社長を含め8人におよび、全16人の取締役の半数に達する異例の事態となった。
室町正志会長が暫定的に社長職を兼務し、東芝の経営体制刷新をめざす。新経営陣は8月中旬までには決め、9月の臨時株主総会に諮るが、今後の展開は予断を許さない。佐々木副会長は21日付で、経団連副会長や政府の産業競争力会議の民間議員などの公職も辞任した。
田中社長は記者会見で「今回の報告書を厳粛に受けとめ、株主をはじめすべてのステークホルダーにおわび申し上げる」と謝罪し、質問に答えた。そのうえで「事業の集中と選択を加速させるなど事業構造改革を進め、保有する有価証券や不動産の売却などを行い、資金計画に万全を期す」と語った。
1562億円利益水増し、業績回復装う
6兆5000億円の連結売上高を誇る、国内2位の総合電機メーカー。これまで経団連会長も輩出してきた名門企業に一体、何が起きていたのか。
東芝の不適正な会計処理問題の発覚は、2015年に入ってからのことだ。インフラ事業関連の会計処理などについて証券取引等監視委員会が調査に乗り出し、4月初めには不適切会計を初めて公表した。それ以降も不適正会計の範囲はテレビや半導体、パソコンなどに拡大、こうした事態に東芝の株価は急落した。5月中旬には田中社長が会見で陳謝するとともに、第三者委員会が発足した。
公表された第三者委の報告書によると、東芝の不適正な会計処理は2008年度から2014年度4~12月期まで約7年間にわたり、利益の水増し額は1562億円に上る。この間、経営トップらの要請を含む組織的な関与が明らかとなり、その対象はインフラ部門からテレビ、パソコンまで主要部門のほぼすべてで行われてきた。監査法人への事実の隠ぺいなども行われるなど、巧妙な手口だったという。
「当期利益至上主義」を指弾
こうした不適正な会計処理は、2008年のリーマンショックで落ち込んだ業績の立て直しを迫られた佐々木則夫氏の社長時代を中心に行われた。目標通りの利益を出せない部門に対し、「チャレンジ」と称して必達目標値の実現を強く求めたとされる。その結果、目標達成が難しい現場では、翌期以降の利益の先取りや損失の先送りを行うなど不適切な会計処理が行われた。
米原子力子会社ウエスチングハウスの受注案件でも費用計上を先送りしていた。2013年6月に佐々木氏の後任社長となった田中氏も利益水増し問題を認識し、2015年3月までに解消した事業もあったが、多くの部門で続けてきた。一度行った不適正な会計処理のつじつまを合わせるため、翌期以降もせざるを得なくなる過程が繰り返された。
企業統治も形骸化し機能せず
報告書は、こうした不正を続けてきた原因として、東芝社内が「当期利益至上主義」に拘泥し、目標を必達させるため上司から各現場にプレッシャーがかけられていたが、上司に逆らえない企業風土があったことも背景としている。
また、社内の監査委員会内に財務・経営に詳しい社外取締役がおらず、ブレーキをかけることができなかったことも要因としてある。社外の取締役で経営をチェックする監査委員の中には、利益の先取りなどの不正を認識していた人もいたが、委員会でこれを問題視するなどの形跡はなく、社外取締役による「企業統治(コーポレートガバナンス)」が形骸化し、機能していなかった。
東京証券取引所は今年、取締役会の責務など上場企業のあるべき姿を定める「コーポレートガバナンス・コード」(企業統治原則)を策定。コードに基づき経営の透明性が高まれば、企業価値の向上にも寄与し、内外投資家の信頼を高めることを目指したものだ。「企業統治元年」ともいわれている時期に発覚した東芝の不祥事は、第三者の目で経営陣を監視する社外取締役が本来の機能を果たすことが容易ではないことを浮き彫りにした。
株主集団訴訟の可能性も
東芝の不正会計処理問題の代償は計り知れない。証券取引等監視委員会は今回の報告書を受けて、今後本格的な調査に入るが、東芝への行政処分として課徴金が課せられる可能性もある。東証も東芝を「特設注意市場銘柄」に指定する検討に入った。
波紋は株主や株式市場だけでなく社会的・国際的にも影響し、日本企業や日本市場への信頼を低下させることにもなりかねない。米国では不正発覚で東芝への市場の信認が低下し、株価急落で損失を受けたとする個人投資家が21日までに、損害賠償を求めて提訴した。投資家は東芝が連邦証券法に違反したとして、株価下落に伴う損失の賠償を求めている。今後、海外のみならず国内でも投資家らによる集団訴訟が提起される可能性もある。
日本企業にとって共通の戒めか
歴代トップ3人が刑事罰を受ける可能性も取りざたされる。過去にはライブドアの社長が53億円の会計不正で有罪判決を受けた。東芝は不正規模がその30倍に達する。ただライブドアなどに比べると、東芝の利益水増し金額は巨額ではあるが「悪質の度合いは小さい」とされ、刑事責任に問われる可能性は少ないとみる専門家もいる。
東芝にとり、市場や消費者から失った信頼回復や企業再生に費やすコストと時間は甚大だ。不祥事の再発防止策や、業績への悪化を受けた再建策、財務体質の強化に向けた保有資産の売却など、取り組まなければならない多くの課題が待ち受けている。今回の東芝の過ちはグローバルな事業展開を行っている日本企業にとって、共通の「戒め」として受け止める必要がある。
(ニッポンドットコム編集部)
バナー写真:東芝の不正会計問題で謝罪する(左手前から)室町正志会長、田中久雄社長ら=2015年7月21日、東京都港区の同社本社(時事)
http://www.nippon.com/ja/behind/l00117/
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日経による英FT買収の波紋
経済・ビジネス
[2015.08.11]
日本経済新聞が英国の有力経済紙、『フィナンシャル・タイムズ』(FT)買収を発表した。日本企業が海外メディアを傘下に収めるのは初めてのことだ。デジタル時代に生き残りをめざす欧米メディアの買収・再編の動きに、日本の大手メディアも参戦した格好だ。
日本メディアによる過去最大の買収額
ロンドンの金融街シティに127年間君臨してきた、サーモンピンク色の紙面が特徴のFT紙。この老舗経済紙を日経が買収するとのニュースは、国内外に大きな波紋を投げかけた。日本のメディア企業が海外の主要メディアを買収するのは初めてのこと。しかも買収額は1600億円と近年の世界のメディア買収劇の中でも高額である。ただ、この中にはFTグループのロンドン本社ビルやグループが50%の株式を保有する週刊誌『エコノミスト』は含まれていないという。
FTの買収合意発表は7月24日、日経の喜多恒雄会長、岡田直敏社長らが東京で行われた。日経は両社の記者、編集者をはじめとする人的資源や、報道機関として連携し合うことで、世界に向けて日経のデジタル戦略を強化できる。経済・ビジネス情報はデジタル時代に高い成長が見込める分野である。FTと日経の顧客基盤を活用すれば、さまざまなデジタル事業を展開することが可能というわけだ。
米WSJと並ぶ有力な経済紙
FTの2014年の売上高は5億1900万ドル(642億円)。紙面と電子版を合わせた発行部数は73万7000部で、うち7割の約50万人が電子版の購読者。新聞の発行部自体は日本の地方紙ほどだが、世界有数の経済メディアとしての影響力は大きい。そのブランド力は、米『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)と並ぶ高い評価を得ている。FTはデジタル化の流れにもいち早く対応し、新聞事業のデジタル転換に成功した経済紙としても評価されている。
こうした評価とは別に、FTの親会社である英ピアソンの経営戦略の主眼は別のところにあった。複合メディア企業であるピアソンは、英語の能力試験や参考書の出版などを手がけるが、最近の業績は低迷し、2年間のリストラ計画を完了したばかり。その一環としてFTを売却し、収益の4分の3を占める教育事業に集中する選択をした。
ピアソンのジョン・ファロン最高経営責任者(CEO)は、売却理由について「メディアは変革期にあり、事業の焦点をジャーナリズムに置く組織に入ることがFTにとって必要」と説明したという。一連の買収手続きが年内に完了すれ、FTはピアソンとの58年間の歴史に幕を下ろすことになる。
国際化とデジタル対応が狙い
一方の日経はFTを傘下に迎え入れることで、世界的な経済メディアに飛躍する可能性がある。喜多会長は買収発表の席上、「FTという世界で最も栄えある報道機関をパートナーに迎えることを誇りに思う。われわれは報道の使命を共有しており、世界経済の発展に貢献していきたい」と語った。
日経の電子版読者43万人にFTのデジタル版読者50万人を加えると、オンライン有料読者合計は93万人となり、米『ニューヨークタイムズ』(NYT)の91万人を抜いて世界トップに躍り出る。新聞発行部数でもWSJ(146万部)の2倍強になる。また日経の海外事業面では、英文媒体『Nikkei Asian Review』(NAR)を軸に、アジアを中心とするグローバル情報の発信
力を高められる。
岡田社長はFT買収の狙いを「紙とWebが一体化した競争の流れが世界的に進んでいく中で、FTと日経双方のデジタル対応能力を引き上げ、相乗効果を高めるのに役立つ」と説明した。さらに 「システムや顧客管理はFTが一
歩先を行っている」と認めおり、新サービスの開発や広告にFTのノウハウを取り込む考えだ。
FTの編集権は独立維持、人員削減なし
FTの編集権や人員についは、喜多会長が「報道機関にとって最も重要な編集権の独立は維持する。欧米とアジアをカバーする真のグローバルメディアとして互いに成長していく」と明言。さらに「グローバル化を進めるために最も良いパートナーであり、FTの経営陣や編集のトップは続投し、人員も削減しない」(喜多氏)としている。
FTは欧米で高いブランド力を誇るのに対し、日経はアジアを中心とするグローバル報道に力を入れている。日経はアジアの主要取材対象企業を100社から300社に広げる方針で、そこから得た企業情報は読者ニーズの変化にきめ細かく対応でき、紙および有料Webなどのコンテンツ強化につながる。
次ページ 独メディアに競り勝った理由は?
独メディアに競り勝った理由は?
では、なぜFT売却先が急転直下、日本のメディアになったのか。国内外の報道によれば、買収に名乗りを上げ有力視されていたのはドイツの新聞大手、アクセル・シュプリンガー社だった。同社は約1年前からピアソンと話し合いを重ね、これまでにも欧州のデジタル企業を買収してきた実績がある。さらに、米ブルームバーグ通信や米トムソン・ロイターも買収競争に加わる中で、最後に手を挙げたのが日経だった。
岡田社長によると、日経とピアソンの交渉が始まったのは、わずか5週間前だった。争奪戦を制した決め手はやはりキャッシュだったのか。7月23日に両社の3トップが電話会談し、交渉の土壇場で日経がライバルを上回る買収額の現金払いを申し出たことで劣勢を覆したという。WSJ紙によると、財務に慎重なアクセル・シュプリンガー社は、日経の買収提示額では高すぎると判断したという。買収交渉は「日経による買収発表の直前まで続いた」とされるだけに、落胆したようだ。
FT経営陣の自由裁量を尊重?
日経とFTには経済紙としての類似性はあるが、日経は最終局面で買収価格を上乗せしたうえ、FTへの投資にも意欲を示したと伝えられる。また、ドイツ企業より日経のほうがFT経営陣の自由裁量に任せる部分が多い、と受け止められたこともライバルに差をつける結果となったとの見方もある。
英メディアは、日経とFTの相違点について、次のように指摘する。「2014年のFTの有料デジタル購読者は50万人を超え、全体の70%に達しているが、FTに比べるとデジタルの有料購読者40万人の日経は、紙への依存度がまだ高い」(英『デイリーテレグラフ』紙)。また、『ガーディアン』紙は社説で、「購読者が高齢化する日本では、紙の新聞の衰退は必至とされ、世界有数の質を誇り、収益も上げるFTという国際的なデジタルブランドを日経が狙ったことは理解できる」と分析している。
世界の主要メディアで続く買収劇
近年の世界のメディア業界では、紙媒体で衰退トレンドが続き、新聞社買収例も多い。その中にはWSJ紙を発行する米ダウ・ジョーンズ社やロイター通信社、フランスの高級紙『ルモンド』、さらにはアマゾンの創業者に身売りした米『ワシントン・ポスト』などの例があり、今後も業界再編の動きが続くとみられる。
近年の世界の主要メディア買収例
時期 メディア名 買収した企業など 買収額
2007年 ダウ・ジョーンズ社(米国)=ウォールストリート・ジャーナル紙を発行
メディア複合企業の米ニューズ社 約6600億円
2007年 トリビューン社(米国)=ロサンゼルス・タイムズを発行 個人投資家
約9800億円
2008年 ロイター通信社(英国) カナダの金融情報大手トムソン 約2兆1000億円
2010年 ルモンド(フランス) 投資家グループ 約120億円
2011年 ハフィントン・ポスト(米国)=ニュースサイト ネットサービス大手のAOL 約250億円
2013年 ボストン・グローブ(米国)=ニューヨーク・タイムズ社傘下の地方紙
ボストン・レッドソックスのオーナー 約69億円
2013年 ワシントン・ポスト(米国) アマゾンの創業者 約246億円
2015年 フィナンシャル・タイムズ(英国) 日本経済新聞社 約1600億円
*買収額は当時の為替レートによる換算額
そこに共通しているのは、デジタル時代を迎えインターネット媒体の興隆で伝統メディアで発行部数の低迷、広告収入の減少など業績が悪化していることだ。その一方で、ネットを通じたニュースは一般読者向けだけでなく、企業向けの有料経済情報の重要性も増している。新興メディアが台頭する中で、有力メディアは紙とWebによるメディアミックスの事業戦略を強めている。
日経の経営に重荷となるのか
では、今回の日経によるFT買収額はやはり破格なのか。FTの2014年の売上高は3億3400万ポンド(約645億円)で、営業利益は2400万ポンド(約46億円)。昨年の売上高の2.5倍でFTの企業価値を評価したという。これに対し、日経は1600億円の買収費用を手元資金と金融機関からの借り入れで賄うという。日経の2014年12月期連結決算によると、純資産は約3147億円。一部は借り入れに頼るというが、やはり高額な投資である。
日経とFTは以前から記事の相互利用などで関係が深いが、買収により人材の交流やノウハウの交換が可能になり、「FTの持つ資産価値と、両社でつくる新しい価値を考えると見合う金額」(岡田社長)としている。日経は国際化・デジタル化への大勝負に出たことになるが、日経OBの1人は新たな経営の重荷になる可能性を次のように語る。
「日経の連結売上高が約3000億円なのに、買収費用は1600億円と巨額。日経の昨年12月決算では現金・預金は1000億円ほどだが、銀行からの借り入れについては今後、元金・利子の返済が経営の重荷になってくる可能性もある」
日英メディアで企業風土の違い
喜多会長は「両社には共通点が多く、報道姿勢も同じ」と語るが、企業風土の違いを心配する声も聞かれる。国内の経済ニュースで他社を圧倒してきた日経だが、海外メディアからは「日経には特権的アクセスが与えられるような深いつながりが企業や政府との間にある」(『テレグラフ』紙)との指摘もある。NYTも「粉飾会計など企業の不正は、通常、外国メディアなどが先に書いて後追いする場合が多い」と評した。
2011年には日本のオリンパス粉飾決算問題を最初に報じたのがFTで日経など国内各紙が後塵を拝したことで、こうした指摘を受ける背景となっている。FTの元編集者は『フォーブス』誌への寄稿の中で「重要な問題はFTがどの国のために報じるのかということで、否応なしにFTは日本の権力のもう一つの機関となる運命にあるようだ」と辛口の論評をしている。「日本株式会社の広報紙」と揶揄する声が国内にもあっただけに、日本と欧米メディアの文化の違いを認識する必要もありそうだ。
グローバル展開で自信見せる
今回の日経・FTの連合軍は、実際のところどこまでメディア業界の地殻変動につながるのだろうか。日経がFTの支援を得ながらデジタル中心にグローバル展開を強化すれば、さらに先進的メディアに変貌していく可能性がある。岡田社長は「日経・FTはコンテンツ面でも規模的にも、世界最大のメディアになる」と、グローバル競争に勝ち抜く自信を示した。
FTは中東やアフリカにも強く、英字紙ならではの強みでオバマ米大統領やプーチン・ロシア大統領ら世界の首脳も目を通しているといわれる。それゆえに、日経のFT買収は「高い買い物ではない」との見方もある。それはともかく、世界の経済メディア・ビジネスが日経・FT連合と、米WSJを傘下に持つダウ・ジョーンズ、米ブルームバーグ、トムソン・ロイターなどに集約されていくのかどうか注視したい。
両社のプロフィール
〈フィナンシャル・タイムズ〉
1888年創刊。本社・ロンドン。経済・ビジネス専門メディアとして世界的に影響力を持つ。紙面と電子版を合わせた発行部数は73万7000部で、うち7割の約50万人が電子版の購読者。紙面は欧州だけでなく米国やアジア、日本でも発行している。2014年のグループ売上高は約644億円。
〈日本経済新聞〉
1876年、三井物産系の「中外物価新報」として創刊。本社・東京。複数の経済紙の買収を経て、1946に「日本経済新聞」に改称。販売部数は朝刊が273万部、夕刊138万部(2014年12月)。2010年に電子版を創刊し、有料会員は約43万人。2014年12月期の売上高は3006億円。
カバー写真=買収を報じるフィナンシャル・タイムズ、日本経済新聞など各紙(提供・田中庸介/アフロ)
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東芝「不正会計」の衝撃
経済・ビジネス
[2015.07.22]他の言語で読む : ENGLISH | ESPAÑOL |
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東芝の不正会計を調べてきた第三者委員会(委員長=上田広一・元東京高検検事長)は7月20日、「経営判断として不適正な会計処理が行われた」と断定する調査報告書をまとめた。これを受けて歴代トップ3人が引責辞任、創業以来の危機に発展した。日本を代表する大手企業で発覚した利益水増しの不祥事が、国内外に与えた衝撃は大きい。
歴代3社長が辞任し陳謝
東芝は調査報告書の公表を受けて翌21日、不適正会計処理をめぐって、この10年同社を率いてきた歴代トップ3人(田中久雄社長、佐々木則夫副会長、西田厚聡相談役)が同日付で辞任したと発表した。不正に関与したとされる取締役を含め、辞任した取締役は社長を含め8人におよび、全16人の取締役の半数に達する異例の事態となった。
室町正志会長が暫定的に社長職を兼務し、東芝の経営体制刷新をめざす。新経営陣は8月中旬までには決め、9月の臨時株主総会に諮るが、今後の展開は予断を許さない。佐々木副会長は21日付で、経団連副会長や政府の産業競争力会議の民間議員などの公職も辞任した。
田中社長は記者会見で「今回の報告書を厳粛に受けとめ、株主をはじめすべてのステークホルダーにおわび申し上げる」と謝罪し、質問に答えた。そのうえで「事業の集中と選択を加速させるなど事業構造改革を進め、保有する有価証券や不動産の売却などを行い、資金計画に万全を期す」と語った。
1562億円利益水増し、業績回復装う
6兆5000億円の連結売上高を誇る、国内2位の総合電機メーカー。これまで経団連会長も輩出してきた名門企業に一体、何が起きていたのか。
東芝の不適正な会計処理問題の発覚は、2015年に入ってからのことだ。インフラ事業関連の会計処理などについて証券取引等監視委員会が調査に乗り出し、4月初めには不適切会計を初めて公表した。それ以降も不適正会計の範囲はテレビや半導体、パソコンなどに拡大、こうした事態に東芝の株価は急落した。5月中旬には田中社長が会見で陳謝するとともに、第三者委員会が発足した。
公表された第三者委の報告書によると、東芝の不適正な会計処理は2008年度から2014年度4~12月期まで約7年間にわたり、利益の水増し額は1562億円に上る。この間、経営トップらの要請を含む組織的な関与が明らかとなり、その対象はインフラ部門からテレビ、パソコンまで主要部門のほぼすべてで行われてきた。監査法人への事実の隠ぺいなども行われるなど、巧妙な手口だったという。
「当期利益至上主義」を指弾
こうした不適正な会計処理は、2008年のリーマンショックで落ち込んだ業績の立て直しを迫られた佐々木則夫氏の社長時代を中心に行われた。目標通りの利益を出せない部門に対し、「チャレンジ」と称して必達目標値の実現を強く求めたとされる。その結果、目標達成が難しい現場では、翌期以降の利益の先取りや損失の先送りを行うなど不適切な会計処理が行われた。
米原子力子会社ウエスチングハウスの受注案件でも費用計上を先送りしていた。2013年6月に佐々木氏の後任社長となった田中氏も利益水増し問題を認識し、2015年3月までに解消した事業もあったが、多くの部門で続けてきた。一度行った不適正な会計処理のつじつまを合わせるため、翌期以降もせざるを得なくなる過程が繰り返された。
企業統治も形骸化し機能せず
報告書は、こうした不正を続けてきた原因として、東芝社内が「当期利益至上主義」に拘泥し、目標を必達させるため上司から各現場にプレッシャーがかけられていたが、上司に逆らえない企業風土があったことも背景としている。
また、社内の監査委員会内に財務・経営に詳しい社外取締役がおらず、ブレーキをかけることができなかったことも要因としてある。社外の取締役で経営をチェックする監査委員の中には、利益の先取りなどの不正を認識していた人もいたが、委員会でこれを問題視するなどの形跡はなく、社外取締役による「企業統治(コーポレートガバナンス)」が形骸化し、機能していなかった。
東京証券取引所は今年、取締役会の責務など上場企業のあるべき姿を定める「コーポレートガバナンス・コード」(企業統治原則)を策定。コードに基づき経営の透明性が高まれば、企業価値の向上にも寄与し、内外投資家の信頼を高めることを目指したものだ。「企業統治元年」ともいわれている時期に発覚した東芝の不祥事は、第三者の目で経営陣を監視する社外取締役が本来の機能を果たすことが容易ではないことを浮き彫りにした。
株主集団訴訟の可能性も
東芝の不正会計処理問題の代償は計り知れない。証券取引等監視委員会は今回の報告書を受けて、今後本格的な調査に入るが、東芝への行政処分として課徴金が課せられる可能性もある。東証も東芝を「特設注意市場銘柄」に指定する検討に入った。
波紋は株主や株式市場だけでなく社会的・国際的にも影響し、日本企業や日本市場への信頼を低下させることにもなりかねない。米国では不正発覚で東芝への市場の信認が低下し、株価急落で損失を受けたとする個人投資家が21日までに、損害賠償を求めて提訴した。投資家は東芝が連邦証券法に違反したとして、株価下落に伴う損失の賠償を求めている。今後、海外のみならず国内でも投資家らによる集団訴訟が提起される可能性もある。
日本企業にとって共通の戒めか
歴代トップ3人が刑事罰を受ける可能性も取りざたされる。過去にはライブドアの社長が53億円の会計不正で有罪判決を受けた。東芝は不正規模がその30倍に達する。ただライブドアなどに比べると、東芝の利益水増し金額は巨額ではあるが「悪質の度合いは小さい」とされ、刑事責任に問われる可能性は少ないとみる専門家もいる。
東芝にとり、市場や消費者から失った信頼回復や企業再生に費やすコストと時間は甚大だ。不祥事の再発防止策や、業績への悪化を受けた再建策、財務体質の強化に向けた保有資産の売却など、取り組まなければならない多くの課題が待ち受けている。今回の東芝の過ちはグローバルな事業展開を行っている日本企業にとって、共通の「戒め」として受け止める必要がある。
(ニッポンドットコム編集部)
バナー写真:東芝の不正会計問題で謝罪する(左手前から)室町正志会長、田中久雄社長ら=2015年7月21日、東京都港区の同社本社(時事)
http://www.nippon.com/ja/behind/l00117/