役立ちそうな投降者は保護し、それ以外はさっさと殺してしまう米豪軍。
私の「身辺雑記」(245)
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平井 修一
■7月28日(火)、朝は室温31.5度、薄曇り、猛暑は一服か。犬はヨボヨボ してきたが、どうにかハーフ散歩。
どうにか集団的子育ても一服。皆、機嫌よく帰っていったが、2匹は怪獣ギャースカだから小生の精神的なダメージは大きい。
5歳までは耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶしかないか・・・もうすぐ終戦記念日だ。
先日、李香蘭(山口淑子)のヒット曲「夜来香」(イエライシャン)を調べていたら、彼女(支那生まれの日本人だが支那人として振る舞っていた)は1945年の終戦直前まで支那でコンサートをしていたそうだ。
日中戦争どころか平和だった!
ブログ「Cosmopolitan’s Diary」2008/3/19にはこうあった。
<中国本土での(戦後の)「李香蘭」の再登場は、政治的な背景を抜きに考えることは出来ない。
それは、日中国交回復20周年記念に上演されたミュージカル「李香蘭」と、「李香蘭 私の半生」の数種類の中国語訳の出版によるものである。
それまで、中国本土では、長きにわたって、「夜来香」のような全く政治色のない名曲ですら「売国奴の唄った歌」として公の席で唄うことは禁止されていたということに注意する必要がある。そもそも李香蘭という名前ですら、川島芳子とともにタブーであったといってよかろう。
1945年の上海で、李香蘭のコンサートに詰めかけ喝采した中国人が多数に
なればなるほど、国民党であれ、共産党であれ、李香蘭の背後に日本軍を
見ていた中国人にとっては許し難い「漢奸」ということになるだろう。
たとえその歌が恋の歌であれ、別れの歌であれ、中国人のこころを「文化漢
奸」が掴むということ自体が彼らには許し難かったように見える。
中国の作家であり、かつて文化相をつとめたこともある王蒙は、ミュージカル「李香蘭」を観劇して、李香蘭を悲劇の主人公とするテーマに 違和感を覚えたとはっきりと言っている。彼は、李香蘭を死刑にせよと主張した中国人の心理を適切に指摘している。
つまり、日本軍に協力した有名女優が銃殺されるということ自体が、一般大衆にとっては実に溜飲の下がる光景なのであったというのだ。
こういう心理は理解の出来るものである。
李香蘭が最後にコンサートを行った上海の競馬場で銃殺されることが決まったことを伝えた新聞報道の背後には、マリーアントワネットが断頭台にかけられることを望んだフランス人の群衆心理と同じようなものが働いていただろう。
王蒙は、当然、漢奸として銃殺されるべきであった「李香蘭」のイメージを描いた後で、次のように言う。
「抗日斗争は、私達の感覚では愛国者と漢奸の戦いであることに異論がない。 左、中、右、国、共、すべてみな意見は一致している。 山口淑子は無罪釈放してもいい。大鷹淑子(旧姓)も賓客として待遇しよう。 李香蘭は、絶対に埋葬しなくてはならない。侵略者、強盗、満州、“支那の夜”“白蘭の”-------これ以上言うことがあろうか?」>(以上)
漢奸は売国奴のこと。日本と仲良くウィンウィンでいこうという支那人のことで、つまり漢奸は少なくなかった。
そもそも庶民は政治にはあまり関心はなかったろう。
日本が空襲で苦しんでいる時でも上海は平穏で、コンサートを楽しんでいたというのは、治安が安定していたということだ。
誰が治安を安定させたのか。
日本軍か、蒋介石、張作霖などの軍閥か、それとも毛沢東率いる赤匪か。
王蒙はこうも書いている。
<歴史の事実は一つだけである。人によってそれぞれ見方が違う。だから少なくとも同じ歴史というものはない。そのため種類の違う歴史の本が沢山ある。一人の人間についても何種類かの歴史書がある。何種類かの版本の歴史を読むことは、一つの版本を読むより人、生活、歴史についてより詳しく知ることが出来る。
日中関係のその回想についても、それが“不幸”だとか“不愉快”だからといって、まったく無視してしまうことはできない。歴史を正視することは、現実を正視するように、勇気と見識が必要だ>(同上)
「歴史の事実は一つだけ」というのはどうかな。歴史は多彩な事実からなる多面体であり、人はそれを自ら体験し、目撃し、現認しても、すべての面を知って「この戦争はこうだった」と判定することは非常に難しいと思う。木を見ても森の全体像はなかなか分からない。
マケイン元・米大統領候補はベトナム戦争で捕虜になったが、戦争には「栄光から屈辱、喜びから悲しみ、希望から絶望までのすべてがある」と語っていた。日支事変も一面とか数面を捉えて「これが歴史の事実だ」と決めつけるのはどうか。
そもそも「事変」であり、国と国が国交断絶して戦う「戦争」ではなかった。これも事実の一つだ。
瀬戸内寂聴は所帯を持ってから戦前の北京に引っ越したが、「とても静かで、日本が侵略戦争をしていたなんて思いもよらなかった」と書いていた。このクソ尼モドキは、自分の体験よりも戦後のアカどもの嘘八百の言い草を信じたのだ。とても歴史を正視する見識があるとは言えない。
そう言えば、昨日の産経に岡本行夫氏(MITシニアフェロー)が「日本は70年前の負の遺産から逃れられない」と、こう書いていた。
<日本は欧米人の捕虜を差別的に取り扱った。白人は「碧眼俘虜」と呼ばれ、日本に連行されてきた。昭和17年の陸軍の「俘虜処理要領」には、白人以外の捕虜は速やかに解放するが「白人俘虜はこれをわが生産拡充ならびに軍事上の労務に利用する」とある。
日本人の白人コンプレックスを払拭させようと、見せしめのようにして、重労働を課したのである。その数3万4千人。そのうち1万2千人の米国人捕虜を筆頭に、英、蘭、豪の4カ国の「白人捕虜」が全体の95%を占めた。
(数字は茶園義男氏の調査による)
陸相、東条英機は捕虜収容所長たちにこう訓示した。「抑々我国は俘虜に対する観念上其の取扱に於いても欧米各国と自ずから相異なるものあり。
諸官は…人道に反せざる限り厳重に之を取締り一日と雖も無為徒食せしむることなく…」。
苛酷な扱いを受けた日本の収容所の捕虜たちの致死率は25%に達した。この数字はロシアのシベリア抑留とともに世界で群を抜いて高い。ちなみに欧米が抑留した捕虜の致死率は数%であった。
「価値の外交」を標榜してきた日本である。安倍首相の米議会演説は見事であった。戦争捕虜問題を含めて、日本は70年前の負の遺産から逃れられない。国家は、モラルを失えば漂流する>(以上)
茶園義男氏って誰だ。
<茶園義男:1925年徳島県に生まれる。広島大学広島文理科大哲学科卒。
同大学院倫理学研究科四修。元国立阿南工業高専教授。現在、P・ウエスタン大学名誉教授、文学博士。平成昭和研究所を主宰、戦争犯罪を中心テーマに据えて、埋もれた歴史の発掘と平和への提言を行っている。TBSテレビ「わたしは貝になりたい」(1994年)の考証主幹を担当>
(「BOOK」データベース)
P・ウエスタン大学はパシフィック・ウエスタン大学。公的に認知された大学ではなく、ただの民間企業だ。
この“大学”はディプロマミルで問題になったことがあると記憶している。
<ディプロマミル(diploma mill)、または、ディグリーミル(degreemill)とは、実際に就学せずとも金銭と引き換えに高等教育の「学位」を授与すると称する機関・組織・団体・非認定大学のことである。そ
れらの活動は学位商法とも呼ばれる>(同)
茶園氏は信頼できる人物なのか。詐話師の吉田清治の類ではないか。
そもそも「日本の収容所の捕虜たちの致死率は25%に達した」とあるが、欧米は投降者を捕虜として受け入れると面倒だからと機関銃で殺したのではないか。「翼よ、あれがパリの灯だ!」で知られるリンドバーグは貴重な著述を遺している。(小生は未読だが)
<リンドバーグは1944年までに民間人として太平洋で50回の実働任務をこなしており、九九式襲撃機などの日本機とも何度か交戦している。また、ロッキードP-38での長距離航法やF4Uでの離陸法の発展に貢献した。
また、連合国軍(米豪軍)による日本兵捕虜の虐殺・虐待をしばしば目撃し、その模様を日記に赤裸々に綴っていた。その著書*の中で、リンドバーグは「ドイツ人がヨーロッパでユダヤ人になしたと同じようなことを、われわれは太平洋でも日本人に行ってきたのである」と記している。
*新庄哲夫訳『リンドバーグ第二次大戦日記』(新潮社、1974年)、改題し『孤高の鷲 リンドバーグ第二次大戦参戦記』(学研M文庫、2002年)>
(ウィキ)
役立ちそうな投降者は保護し、それ以外はさっさと殺してしまう米豪軍。
「日本人は猿だ」と思っているから情け容赦しない。
米豪など連合国軍の捕虜を受け入れ、苦しい食糧事情の中で不十分ながらも保護した日本軍・・・そういうことではなかったのか。
岡本さん、どちらが「モラルを失」なっているのか。
米国をヨイショするのは結構だが、日本人の魂を忘れてはいけない。
モラルを失えば漂流すること、個人も同じだ。
一橋出も東大出も外務省は「バカ」の温床だな。千葉刑務所の独房でせっせと除染を始めた小生は、まあ「マシ」な方だ。インテリを装うバカは疑うことを知らないから吉田清治のような嘘つきにコロッと騙される。違うか。
岡本氏がこれからも小生など庶民の敬意を保ちたいのなら、「世の中にはインチキ野郎がいっぱいいる」ということを覚えなくてはいけない。行夫ちゃん、晩年を真っ当に過ごしたいのなら、ちゃんと勉強しましょうね。
本来、頭のいい奴がバカなのは、疑うことを知らないからだ。世の中は善意に満ちていると刷り込まれているから、腹黒い、悪意に満ちた現実を見 ない、聞かない、言わないの猿になっている。
困ったものだが、この手の猿=モンキーパーは動物園に収容するわけにも
いかないし、機銃掃射もできないから放牧状態で、あちこちでギャーギャー騒いでいる。いかにせん。
昼前から猛暑、室温35度。夏子とがっぷり四つで戦う。
今のところは扇風機で耐えているが、夜はクーラーなしでは凌げないだろうなあ・・・アカ対策の決め手はないのか。
戦前もマルクスボーイに手こずって、「とにかく皇室=国体を認めればお構いなし」=「転向」で処理した。
こいつらが戦後に復活したわけだ。
70年どころか100年戦争だ。
共産主義思想を完璧に絶滅する・・・長い年月がかかりそうだ。
■7月29日(水)、朝は室温31度、快晴、猛暑の予感、ハーフ散歩。
昨日の産経正論「『バブル崩壊』で中国は変わるか キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・宮家邦彦」は勉強になったが、結論はこうだ。
<今回の株バブルで踊った中国人の大半は、やはり財富のみを妄信する庶民だった。
今回の株投資も彼らにとってはひとつのばくちに過ぎないし、もともと庶民は政府など信じていない。
ある程度の抗議暴動は起きるだろうが、その程度で中国の伝統的な権力者・庶民関係が変わるとは思えない。
要するに、中国共産党の統治が揺らぐとの分析は希望的観測に過ぎない、ということだ。
独裁政権が一時的な経済的繁栄で民主化することはない。
同様に、一時的な経済的困窮によって崩壊することもない。
やはり、中国共産党の統治は当面続くと見るべきだろう>(以上)
清朝が亡びたときに人民は今日のごとく金儲けにいそしんでおり、清朝を憎む人民はほとんどいなかったのではないか。
「多くの人々は自由を謳歌していたし、清朝に不都合を感じてはいなかった」と最後の皇帝溥儀の家庭教師ジョンストンは書いていた。
清朝を潰して近代国家を創ろうというのは日本や欧米留学経験者、つまりインテリだった。
結局は武力を持った軍閥が清朝を紫禁城から追放し、潰した。
だから中共を潰すのには、どこかの管区の軍が決起するしかない。
あるいは絶望的な不況が長引いて全国的な義和団的大騒動になり、これに軍が便乗するとか。
いずれにしても軍の圧倒的支持を得るような軍人や政治家、つまりカリスマ的リーダーがいないことには中共を潰して新しい体制を創ることはできない。
それでも「非常のときには非常の人が出る」のか、高杉晋作のように。
彼の藩内クーデターが幕府壊滅の導火線に火を点けた。
北京のまだ見ぬ晋作さん、出番ですよ。
■7月30日(木)、朝は室温32度、晴、猛暑の予感、ハーフ散歩。
振り返ればずいぶんバカなことをしてきたが、今もバカなことをしている人たちがいる。
ジャーナリスト・石井孝明氏の論考「炎天下我が子をデモに徴兵す-狂気拡散メディアの恐怖」(アゴラ)は痛烈だ。
<東京では連日の酷暑が続く。その中で、反安保のデモをする人たちがいる。驚いたことがある。26日の日曜日は都心で36度になった。その日の昼、子どもをつれた母親が昼間、渋谷でデモをした。
渋谷は舗装道路に囲まれ、照り返しなどで大変暑い。デモへの参加は子どもの命にかかわる行動だ。それなのに親がそれを心配しない。そして自分の政治主張に子どもを使う。
日本共産党系の婦人団体である「新日本婦人の会」が、気味悪いデモのコールと写真をネット上にあげていた。
ネット上では批判一色になった。
筆者は、正義感からこれに不快さを感じ、からかいたくなる衝動があって、以下の川柳をツイッターに掲載した。
同意の反響が広がった。
「炎天下 我が子をデモに 徴兵す」
「ママ暑い ほしがりません 勝つまでは」
「夏休み 海山ディズニー 僕はデモ」
企業家の堀江貴文氏、医師の高須克弥氏も同趣旨の批判をしていた(略)。
これが普通の人間の感覚だろう。
*狂気の行動を賛美するメディア
ところが日本の新聞は違った。
「安保法案、ママたちもデモ 学生のSNS投稿、背中押す」朝日新聞
「安保法案反対の母親、渋谷でデモ「誰の子どもも殺させない」(共同通信・東京新聞)
この記事に、デモの異様さへの言及はない。
子どもへの心配もない。
ちなみに、ここに登場する主宰者の一人のSさんという「ママ」「京大の大学
院生」は、名前をネットで検索すれば、極左暴力集団中核派系の政治集会に頻繁に登場する政治活動家、プロ市民だ。
なぜ共産党と対立関係にある中核派が一緒に動いているか不明だが、安保では一般人をだませるので、共闘しているのかもしれない。
新聞は「普通のママ」「ネットが背中を押した」という彼女らの嘘に簡単に騙されている。
もしくは知っていて書かない。これは偏向報道だ。
安保法案の反対のために、多様な意見を無視し、メディアがバイアスのかかった情報を拡散する。これは大変危険なことだ。
21世紀の日本はこの(昭和前期の)メディアの異常さを笑えない。
かつては「軍国主義」を、今度は「平和勢力」という人々の狂気めいた行動を賛
美している。
右と左にベクトルが違うだけで、70年経過しても狂気の根本は同じだ。
言論の自由を隠れ蓑にして、変なプロパガンダにいそしむ日本のメディアに、私たちは徹底して批判をするべきだと思う。
今、既存のメディアは衰退の途中だ。
市民=顧客の声が届きやすい状況にある。
現代社会では、私たち普通の市民が情報の発信者であり、それを自由に取捨選択できる。
私たちは自分の頭で考え他人に頼らずに答えを作らなければならない。
しかし、「正義!正義!」と繰り返すのは、夏なのに暑苦しいし、かっこわるい。できれば川柳などのユーモアを使って、楽しく、したたかにおかしな情報に立ち向かおう。そして日本の民主主義を健全にしよう。
1945年とは違って、2015年には騙されない>(以上)
「中共の 走狗が叫ぶ アンポンタン」
ところで横浜市大の自動車部で一緒だったS君(大手金融会社)からメールが来たが、外部に情報が漏れないよう非常に警戒しているようだ。
<O君、H君より携帯電話にメールをいただき、ありがとうございました。
私はいまだにガラケーを使っており、ドコモへの支払い金額が月額で1,800円を超えたことがないような状況で、携帯は家人との連絡で使う程度で、両君のような長文のメールなど打ったことはありません。
また、まだこの10月までは継続で勤務(週3日)しており、情報管理規定やらで外部とのコンタクトにはややこしい制限があります。
従って、Fecebookとかラインとかはやったことがありません。ガラケーで出来るのかも知りません。
皆さんにお会いできる機会を設けていただける件には大いに同意します。
場所はお任せします。できれば涼しくなってからがうれしいです。
「ようこそ、H家へ」や「ガツンと一発」は時々拝読しています>(以上)
想像するに、社内ではインターネットに接続できるPCは限定され、業務上で通常使うのはイントラネットのPCではないか。
そうしないとサイバー攻撃で情報を盗まれるからだ。
中共は米国に盛んにサイバー攻撃を加えているが、サイバー戦士を教育する学校まであるという。
<(朝日新聞・峯村記者の報道を引用して)それは山東省済南市郊外にある山東藍翔高級技工学校で、130ヘクタールの敷地があり、3万人の生徒が学んでいる。軍の技術者を養成する全国唯一の民間訓練校で、調理や自動車整備などの教育も行うが、掲載された写真には、5千平方メートルの巨大な教室に2千台のパソコンが並んでいるから、一度に2千人のサイバー戦士を養成しているわけである>(酒井信彦氏、『月刊日本』2011年12月号)
日本でも一流のワルをスカウトし、サイバー戦士を養成してはどうか。
ワルとハサミも使いよう。
(2015/7/30)