戦争中は、白人の捕虜を働かせていたという過去もあり
日本は70年前の負の遺産から逃れられない
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岡本 行夫
1週間前、ロサンゼルスで、ある日本企業が米国の元戦争捕虜たちに謝罪
し、和解した。
戦争中に900人の捕虜を劣悪な環境で強制労働させたことへの謝罪だった。
私もその企業の社外役員としてその場にいた。
感動的であった。
95歳になる捕虜団体の代表者が頭を下げた。
「私が日本人に頭を下げるのは2度目だ。最初は70年前。頭を下げなければひどく殴られたからだ。きょう頭を下げるのは、謝罪にきてくれた日本人の勇気に敬意を表するためだ」と。
米国人捕虜の多くは安倍晋三首相が4月に米議会での演説で言及し、それも含めて戦争に「深い悔悟」を表明したバターン・コレヒドールで捕らえられた。
ほとんどの捕虜は既に死去しているので、遺族たちが来た。
「父がこの場にいたらどんなに喜んだでしょうか」と老婦人が涙ぐんだ。
日本の企業が謝罪すると聞いてイギリスから飛んできた捕虜の息子もいた。
「謝罪してくれることに感謝したかった」と。
生存者は僅かであり、今回は最後の機会であった。
日本は欧米人の捕虜を差別的に取り扱った。
白人は「碧眼(へきがん)俘虜(ふりょ)」と呼ばれ、日本に連行されてきた。
昭和17年の陸軍の「俘虜処理要領」には、白人以外の捕虜は速やかに解放するが「白人俘虜はこ
れをわが生産拡充ならびに軍事上の労務に利用する」とある。
日本人の白人コンプレックスを払拭させようと、見せしめのようにして、重労働を課したのである。
その数3万4千人。そのうち1万2千人の米国人捕虜を筆頭に、英、蘭、豪の4カ国の「白人捕虜」が全体の95%を占めた。(数字は茶園義男氏の調査による)
17年の新聞に見出しが躍る。
「米英俘虜、わが生産陣へ一役 碧眼部隊一行来る」「打破せよ心中の“米国” 米俘虜に『お可哀想(かわいそう)』とは何事ぞ」。
陸相、東条英機は捕虜収容所長たちにこう訓示した。
「抑々我(わが)国は俘虜に対する観念上其(そ)の取扱に於(お)いても欧米各国と自ずか
ら相異なるものあり。諸官は…人道に反せざる限り厳重に之(これ)を取締り一日と雖(いえど)も無為徒食せしむることなく…」。
苛酷な扱いを受けた日本の収容所の捕虜たちの致死率は25%に達した。
この数字はロシアのシベリア抑留とともに世界で群を抜いて高い。
ちなみに欧米が抑留した捕虜の致死率は数%であった。
日本は「強制労働」について中国と韓国から裁判を起こされている。
韓国が主張する「徴用工」問題は戦争捕虜問題とはだいぶ性質が異なるが、日本に連れてこられた中国人労働者のケースは、法的整理は異なるが、戦争捕虜と類似している。
謝罪だけを求めた米国戦争捕虜と異なり、中国人労働者の遺族たちからは金銭的要求が出されているので、そのぶん解決は容易ではないが、既に裁判となっており、不誠実な対応はできない。
「価値の外交」を標榜(ひょうぼう)してきた日本である。
安倍首相の米議会演説は見事であった。
戦争捕虜問題を含めて、日本は70年前の負の遺産から逃れられない。
国家は、モラルを失えば漂流する。
(おかもとゆきお・MITシニアフェロー)
産経ニュース【人界観望楼】2015.7.27
~~~~~~
なるほど、重労働を白人の捕虜に課してコキ使ったのですね。捕虜が、コキ使われるのは、戦争という異常事態では当たり前のことだったのだと思います。
日本兵も日本に帰国させるとロシア人に騙されて列車に乗せられ、シベリアでコキ使われました。戦争が終わっても、日本兵はずっとロシアにコキ使われていました。
戦争でも無いのに捕虜を返さないロシアは、酷い国だと思います。
あるフランス人がビルマ人を奴隷にしてコキ使っていたところ、日本軍がやってきて、逆に白人が黄色人種の捕虜になって、立場が逆転したという経験をした。そのフランス人がのちに、猿の惑星という本を書いたのだそうです。その原作をもとにできた映画が「猿の惑星」。
オリジナルの映画を元にできた映画が「ジェネシス」。
だから、あの猿は、日本人のことなのです。
他のアジア人は、賢い猿である日本人の仲間のゴリラやオランウータンというわけです。
白人からすれば。自分たちの支配領域を日本人が奪って、白人が逆の立場になってコキ使われたので、恐ろしい経験だったようです。実際には、アジアを侵略していたのは、白人です。
でも、そこはスルー。日本だけアジアを侵略した悪い国であると言われている。
戦後、捕虜であった時に殴られたからという理由で日本兵をリンチで処刑した白人たちもいました。フィリピンでは、戦後、大多数の日本兵がB級戦犯C級戦犯の理由で裁判も無く処刑されました。戦争に負けたら、勝ったものに負けたものが殺されるのは、昔からあったことなのでしょう。
日本軍の中では、上官が部下を殴るのは日常茶飯事で、若い男の子らも、雑用係りで戦争に参加していましたが、ワケもなく兵隊に殴られたそうです。同じような調子で白人の捕虜を殴った人もいたのかもしれない。
白人の捕虜の中には、戦後、自分たちに草の根を食べさせたという理由で、日本兵を裁いた人たちもいたそうです。ごぼうを食べさせられたのが気に入らなかったようです。ごぼうは、草の根っこかもしれないけど、ちゃんとした食べ物ですが、文化の違いでうらみが残ったようです。
戦争中は、日本人でも食料が無かったのに、捕虜に食べさせる食料もあまり無かったに違いない。
日本人なら、飢餓でもなんとか耐えられるが、白人はカロリーが足らなくて死んでいった人もいたそうです。民族的な理由もあるのかもしれない。
日本兵が東南アジアで飢えと戦いながらも、なんとか生きて帰国できた人もいました。
白人なら全員、餓死していたのではないかと思います。
日本人は、飢えに強い民族なのです。その代り、日本人は、食べすぎると直ぐ糖尿病になる。
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岡本 行夫
1週間前、ロサンゼルスで、ある日本企業が米国の元戦争捕虜たちに謝罪
し、和解した。
戦争中に900人の捕虜を劣悪な環境で強制労働させたことへの謝罪だった。
私もその企業の社外役員としてその場にいた。
感動的であった。
95歳になる捕虜団体の代表者が頭を下げた。
「私が日本人に頭を下げるのは2度目だ。最初は70年前。頭を下げなければひどく殴られたからだ。きょう頭を下げるのは、謝罪にきてくれた日本人の勇気に敬意を表するためだ」と。
米国人捕虜の多くは安倍晋三首相が4月に米議会での演説で言及し、それも含めて戦争に「深い悔悟」を表明したバターン・コレヒドールで捕らえられた。
ほとんどの捕虜は既に死去しているので、遺族たちが来た。
「父がこの場にいたらどんなに喜んだでしょうか」と老婦人が涙ぐんだ。
日本の企業が謝罪すると聞いてイギリスから飛んできた捕虜の息子もいた。
「謝罪してくれることに感謝したかった」と。
生存者は僅かであり、今回は最後の機会であった。
日本は欧米人の捕虜を差別的に取り扱った。
白人は「碧眼(へきがん)俘虜(ふりょ)」と呼ばれ、日本に連行されてきた。
昭和17年の陸軍の「俘虜処理要領」には、白人以外の捕虜は速やかに解放するが「白人俘虜はこ
れをわが生産拡充ならびに軍事上の労務に利用する」とある。
日本人の白人コンプレックスを払拭させようと、見せしめのようにして、重労働を課したのである。
その数3万4千人。そのうち1万2千人の米国人捕虜を筆頭に、英、蘭、豪の4カ国の「白人捕虜」が全体の95%を占めた。(数字は茶園義男氏の調査による)
17年の新聞に見出しが躍る。
「米英俘虜、わが生産陣へ一役 碧眼部隊一行来る」「打破せよ心中の“米国” 米俘虜に『お可哀想(かわいそう)』とは何事ぞ」。
陸相、東条英機は捕虜収容所長たちにこう訓示した。
「抑々我(わが)国は俘虜に対する観念上其(そ)の取扱に於(お)いても欧米各国と自ずか
ら相異なるものあり。諸官は…人道に反せざる限り厳重に之(これ)を取締り一日と雖(いえど)も無為徒食せしむることなく…」。
苛酷な扱いを受けた日本の収容所の捕虜たちの致死率は25%に達した。
この数字はロシアのシベリア抑留とともに世界で群を抜いて高い。
ちなみに欧米が抑留した捕虜の致死率は数%であった。
日本は「強制労働」について中国と韓国から裁判を起こされている。
韓国が主張する「徴用工」問題は戦争捕虜問題とはだいぶ性質が異なるが、日本に連れてこられた中国人労働者のケースは、法的整理は異なるが、戦争捕虜と類似している。
謝罪だけを求めた米国戦争捕虜と異なり、中国人労働者の遺族たちからは金銭的要求が出されているので、そのぶん解決は容易ではないが、既に裁判となっており、不誠実な対応はできない。
「価値の外交」を標榜(ひょうぼう)してきた日本である。
安倍首相の米議会演説は見事であった。
戦争捕虜問題を含めて、日本は70年前の負の遺産から逃れられない。
国家は、モラルを失えば漂流する。
(おかもとゆきお・MITシニアフェロー)
産経ニュース【人界観望楼】2015.7.27
~~~~~~
なるほど、重労働を白人の捕虜に課してコキ使ったのですね。捕虜が、コキ使われるのは、戦争という異常事態では当たり前のことだったのだと思います。
日本兵も日本に帰国させるとロシア人に騙されて列車に乗せられ、シベリアでコキ使われました。戦争が終わっても、日本兵はずっとロシアにコキ使われていました。
戦争でも無いのに捕虜を返さないロシアは、酷い国だと思います。
あるフランス人がビルマ人を奴隷にしてコキ使っていたところ、日本軍がやってきて、逆に白人が黄色人種の捕虜になって、立場が逆転したという経験をした。そのフランス人がのちに、猿の惑星という本を書いたのだそうです。その原作をもとにできた映画が「猿の惑星」。
オリジナルの映画を元にできた映画が「ジェネシス」。
だから、あの猿は、日本人のことなのです。
他のアジア人は、賢い猿である日本人の仲間のゴリラやオランウータンというわけです。
白人からすれば。自分たちの支配領域を日本人が奪って、白人が逆の立場になってコキ使われたので、恐ろしい経験だったようです。実際には、アジアを侵略していたのは、白人です。
でも、そこはスルー。日本だけアジアを侵略した悪い国であると言われている。
戦後、捕虜であった時に殴られたからという理由で日本兵をリンチで処刑した白人たちもいました。フィリピンでは、戦後、大多数の日本兵がB級戦犯C級戦犯の理由で裁判も無く処刑されました。戦争に負けたら、勝ったものに負けたものが殺されるのは、昔からあったことなのでしょう。
日本軍の中では、上官が部下を殴るのは日常茶飯事で、若い男の子らも、雑用係りで戦争に参加していましたが、ワケもなく兵隊に殴られたそうです。同じような調子で白人の捕虜を殴った人もいたのかもしれない。
白人の捕虜の中には、戦後、自分たちに草の根を食べさせたという理由で、日本兵を裁いた人たちもいたそうです。ごぼうを食べさせられたのが気に入らなかったようです。ごぼうは、草の根っこかもしれないけど、ちゃんとした食べ物ですが、文化の違いでうらみが残ったようです。
戦争中は、日本人でも食料が無かったのに、捕虜に食べさせる食料もあまり無かったに違いない。
日本人なら、飢餓でもなんとか耐えられるが、白人はカロリーが足らなくて死んでいった人もいたそうです。民族的な理由もあるのかもしれない。
日本兵が東南アジアで飢えと戦いながらも、なんとか生きて帰国できた人もいました。
白人なら全員、餓死していたのではないかと思います。
日本人は、飢えに強い民族なのです。その代り、日本人は、食べすぎると直ぐ糖尿病になる。