日本の「チャイナリスク」、全人代で鮮明化、中国原発輸出、問われる「メード・イン・チャイナ」の信頼
コラム:日本の「チャイナリスク」、全人代で鮮明化=斉藤洋二氏
2015年 03月 15日 16:54 JST
斉藤洋二 ネクスト経済研究所代表
[東京 15日] - 3月5日から15日まで北京で全国人民代表大会(全人代、国会に相当)が行われた。就任3年目に入る習近平指導部は、成長加速よりも持続的成長を目指す「新常態(ニューノーマル)」への経済目標転換を明確にしたが、今後新しい経済運営と改革の深化を進める実行力が問われることになる。
中国経済は、過去30年余りにわたって輸出・投資主導により年率10%程度の高成長を続けてきた。しかし、環境問題や労働力の制約そして労働コストの上昇などにより対外競争力を失いつつあり、これまでのように外資を導入しアクセルをふかし続けることは難しくなった。これからは「中高速成長」を目指しつつ、高成長下で膨らんだぜい肉、つまり一部特権階級の過剰な富の蓄積や腐敗の撲滅に向け構造改革が図られる。
このようなギアチェンジは既得権益を侵犯することから権力闘争の激化など様々な副作用がもたらされ、経済運営に目詰まりが生じる可能性も捨てきれない。果たして景気に減速感が強まる中での「新常態」への移行は経済の底割れを招くことはないのだろうか。
<世界最大級のリスクイベント>
「新常態」は、これまでの不動産投資と大量生産を軸にした投資・輸出主導型経済から、インフラ投資と高品質生産を軸に分厚くなった中間層を背景とした消費主導型経済への移行を図るものである。また、石油、鉄道、航空、金融など主力産業を支配する国有企業の無駄にメスを入れる一方で、サービス業やベンチャー企業の育成強化に取り組み、民間の活力を使った成長モデルを目指すこととなる。
2014年の国内総生産(GDP)成長率は目標7.5%に対し実績は7.4%と天安門事件で国際社会による制裁の影響を受けた1990年の3.8%以来24年ぶりの低成長となり、2015年の目標も7.0%前後へと下方修正された。従来であれば目標を押し上げたり、目標未達を回避するために公共事業を連発するのが常道とされたが、「新常態」においては不合理なインフラ投資でいびつな高成長を追わないとしているだけに、7%前後の成長目標から大きく底割れする懸念がつきまとう。
これまで中国の成長は外国企業の招致に始まり国際分業体制により支えられた。例えば広東省東莞市の工業団地において、台湾企業が農村部から来たコストの低い出稼ぎ労働者(農民工)を活用し、アップル製品を作るといった分業モデルが構築された。
このように外資は中国を「世界の工場」に押し上げたが、沿海部では近頃、賃金上昇によりベトナムやミャンマーなどに太刀打ちできなくなっている。かかる状況下、生産拠点の東南アジア・シフトもしくはリショアリング(本国回帰)の動きが鮮明になりつつあり、今後中国経済は外需の貢献に多くを期待することは難しくなった。
また、不動産市場についても全国津々浦々で地価下落が鮮明になっており、不動産不況は逆資産効果により中間層の購買意欲を減退させ、さらに金融システムに警戒信号を灯すこととなる。
さらに金融市場を見れば、人民元は1ドル6.2元台とドル高元安で推移している。この背景には、今年6月もしくは9月ともいわれる米利上げ開始を見越した投機的な動きに加え、中国からの資金流出が恒常化していることがある。このような資金移動は、金融市場における流動性不足への懸念を増幅させるものであり、現在の金融市場も2013年6月に流動性逼迫をもたらした「影の銀行(シャドーバンキング)」問題と隣り合わせにいることを忘れるわけにはいかない。
これまで経済成長を支えた外需、不動産、そして「影の銀行」が一転して中国経済の底割れをもたらす要因に転化する可能性を秘める。実際、地方そして金融機関に存在する不良債権の大きさを推し量れば、「チャイナリスク」は世界のリスクイベントの上位にランキングされるものであり、ひとたび表面化した際の国際金融市場そして日本へのインパクトの大きさは尋常でないものと思われる。
<大中華圏に飲み込まれる日本>
チャイナリスクが懸念されるのは、それだけ他の主要国と比べても中国経済のけん引力が群を抜いているからだ。そもそも、中国はすでにGDPで日本を追い抜いて世界2位の地位を占め、2020年代半ばには米国に迫ると見られている。約13億7000万人の人口を抱え巨大化する中国経済は香港、シンガポールを巻き込んで大中華圏を形成し、さらに東シナ海や南シナ海を隔てた日本や近隣アジア諸国にも強い影響と緊張を与えている。
この地域は軍事・外交的には米国の影響下にあるが、経済・通商面では中国の経済圏にある。それはニュートンの万有引力の法則に由来する「グラビティ・モデル」の教えるところで、二国間の距離が近ければ近いほど、また各々の経済規模が大きくなるほどその貿易量は増大する傾向がある。そして、小さな経済圏の国は大きな経済圏の国の強い引力に吸引されていくことになる。
つまり、東京と北京がわずか2000キロメートルしか離れていない日中間において、領土問題や歴史問題など政治的緊張が横たわるもののヒト・モノ・カネの移動は日常化しており、日本経済は大中華圏に飲み込まれつつあると言っても差し支えないだろう。
まずヒトの移動を見ると、円安効果を反映して訪日外国人旅行者数は急増し2014年は年間1300万人を超え、2020年には2000万人に達すると予想される。そのおかげで旅行業、航空業、百貨店そして家電量販店などインバウンド関連産業の好調が伝えられるが、中でもビザ発給要件の大幅緩和により、中国からの旅行者数は2014年の240万人から2015年は激増すると見られている。
今年2月に中国で春節が始まるや訪日旅行客が押し寄せ、東京や大阪など大都市の百貨店や量販店は貴金属から高機能の炊飯器やウォッシュレットまで「爆買い」する中国人でにぎわった。その凄まじい人波は、中国で行われている愛国教育や抗日70周年の政治的プロパガンダなどまるで無関係と言った風情で、中国における中間層の拡大と消費性向の高まりを反映したものとなった。
モノ・カネの面で言えば、財務省貿易統計によれば、これまで日本の貿易額(輸出入合計)に占める対中比率は1990年代初頭には1割にも満たなかったが、それ以降うなぎのぼりに増加し、2009年以降は20%程度で推移している。このところ中国の内需落ち込みや日中関係の冷え込みにより伸び率は鈍化しているが、日本から中国への基幹部品の輸出と最終製品の輸入といったビジネスモデルが定着していることから大きく落ち込むことは予想しがたい。
一方、工場建設については2012年の反日デモの影響や中国から周辺諸国へのシフトが伝えられる中で、対中直接投資額は2013年後半以降低調な推移を続け、製造業にとり生産拠点の新たな展開は勢いを失っているが、サービス産業にとり消費市場としての中国の魅力が高まっている。
日中間におけるヒト・モノ・カネの動きが常態化した現在、日本経済と中国経済との一体化は一層進むことになるだろう。換言すれば、チャイナリスクが顕現した場合、日本経済は様々な波及経路を辿り直接的・間接的に甚大な被害を受けると考えるべきだ。
日本はすでに大中華圏に巻き込まれている現実を認識し、中国がくしゃみをすれば風邪をひくどころか肺炎になるかもしれないことを肝に銘じておく必要がある。
*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ATパブリケーション刊)。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(こちら)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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焦点:中国原発輸出、問われる「メード・イン・チャイナ」の信頼性
2015年 03月 11日 14:53 JST
3月11日、原発輸出大国を目指す中国が、「信頼性」という大きな課題に直面している。求められているのは、まず国内で独自の原子炉を建設し、安全に運転できると証明することだ。写真は、中国の建設中の原子炉、2013年撮影(2015年 ロイター/Bobby Yip)
[香港/北京 10日 ロイター] - 原発輸出大国を目指す中国が、「信頼性」という大きな課題に直面している。求められているのは、まず国内で独自の原子炉を建設し、安全に運転できると証明することだ。
30年に及ぶ経済発展の中で獲得した外国の技術に支えられ、中国では世界最多となる原子炉が建設され、独自開発した原子炉の輸出計画も進んでいる。
李克強首相は5日に開幕した全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で、主要な原発プロジェクトを含め、幅広い先進業界で世界シェアを高める目標を掲げた。製造業の発展に向けた「中国製造(メード・イン・チャイナ)」計画だ。
先月には独自モデルの原子炉「華龍一号」をアルゼンチンに輸出することで基本合意。しかし、国営メディアが同モデルの「初航海」と表現したにもかかわらず、中国国内ではまだ華龍一号は1基も建設されていない。世界市場に原子炉を出荷できるのか、中国の輸出能力に懐疑的な見方が強まっている。
中国の国家核電技術公司(SNPTC)でシニアエキスパートを務めるシュー・リェンイー氏は「われわれの致命的な弱点は、管理基準があまり高くないことだ。国際基準とは大きな差がある」と話す。
米ウエスチングハウス(WH)の技術を取り入れるために設立された国家核電は、最終的に世界市場をターゲットとする別の原子炉を開発しようとしている。
中国は20年以上にわたり国内で原子炉を運転しているものの、いずれも海外で設計されたもので、独自技術の信頼性を輸出先に示す必要がある。鉱業といったその他の分野では業界基準や安全性に好ましくない印象があるため、なおさらこうした信頼性が必要だ。
アモイ大学エネルギー学院の李寧院長によると、福建省における中国初の華龍一号プロジェクトは、今年着工し建設が順調に進んでも2020年までに完了しない可能性があるという。
<「最高の安全性基準」>
中国は、2011年の東日本大震災に伴う原発事故を受けて1年に及ぶ安全性見直しを行った後、新規原子力プロジェクトの承認ペースを遅らせている。華龍一号や、将来の輸出を視野に入れた別の国産モデルである「CAP1400」といった「第3世代」原子炉を利用し、「最高の安全性基準」にこだわると表明している。
ウエスチングハウスから移転される技術をベースとするため、CAP1400のローンチは浙江省で行われているウエスチングハウスの第3世代原子炉試験の動向に左右されるが、この試験は技術的な問題のため3年遅れとなっている。
一方、ここへきて原発の新設に乗り出す動きも見せている。国営新華社は10日、遼寧省の紅沿河原発で、1ギガワットクラスの原子炉2基を増設することが認められたと報道。福島の原発事故後に原発の新設が認められたのは中国では初めてで、独自開発した第3世代原子炉「ACPR1000」を採用するという。
知的財産と金融資源を結集し国を挙げて世界市場に打って出るため、中国政府は国内の合併も促している。
先月には国家核電と国有電力会社である中国電力投資の合併計画が明らかになった。専門家の推計では、合併後の総資産額は6000億元(960億ドル)に達する可能性もある。
こうした戦略は高速鉄道分野で採られたものと似ている。外国の技術を取り込み、中国の鉄道メーカーは今では世界市場で存在感を増している。
中国は2007年にウエスチングハウスとの間で技術移転契約をまとめた。それ以降、技術の吸収や現地化に努め、CAP1400を開発。同モデルと華龍一号については全ての知的財産権を保有しているとしている。
東芝(6502.T: 株価, ニュース, レポート)傘下となっているウエスチングハウスの北京オフィスにコメントを求めたが、今のところ回答を得られていない。
技術をめぐる権利が問題となることはなさそうだが、中国政府が国内企業の海外進出を支援するとしている中で、不当な補助などが与えられれば、海外ライバル企業の反発を招きそうだ。
中国の原子力戦略について国家発展改革委員会にファクスでコメントを求めたが、回答はなかった。
<足りない運転実績>
国家核電のチーフエンジニア、王中堂氏によると、アルゼンチンのほか、トルコや南アフリカとの間でも原子力技術輸出の話が進んでいるという。
しかし、華龍一号のアルゼンチン向け輸出を主導する中国核工業集団公司のある幹部は、同モデルを国内で本格運転するなど、原子力大国となる前にやるべきことが沢山あると話す。
中国では22基の原子炉が運転中で、さらに26基が建設中だ。国内の原子力発電能力を昨年末の20.3ギガワットから、2020年までに58ギガワットに増やす目標を掲げており、費用は1000億ドルに及ぶとみられている。ただ、これでも20年までに必要な電力の3%を賄えるに過ぎない。
業界団体である世界原子力協会の中国代表、フランソワ・モリン氏は、中国は運転実績を示す必要があると指摘。「中国以外から寄せられる信頼の問題となっている」と述べた。
(Charlie Zhu記者、David Stanway記者 翻訳:川上健一 編集:加藤京子)
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0M70CW20150311?rpc=188&pageNumber=1&virtualBrandChannel=0