被災地の「今」にまつわる記事
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奇跡のエピソードが詰まった“名産品” が目白押し! webショップ『南三陸deお買い物』に寄せられた復興への思い
Felix清香
2013年3月18日
震災から丸2年。津波で壊滅的な被害を受けた南三陸に、今新しい風が吹き始めています。
その風の出所はサイト「南三陸deお買い物」! 南三陸が大嫌いで上京したのに、震災後に南三陸の良さに気付いて帰郷したイケメン店長さんが運営するwebショップです。
実は、このwebショップで販売されている商品はどれもこれも逸話があるんです。きっと商品紹介を見ているだけで胸が熱くなってしまうこと間違いなしですよ!
■取り扱われている商品には「奇跡」や「熱い想い」といったストーリーがある
このwebショップで取り扱っている商品は、情報を見ると「何その奇跡!?」とか「熱い! こんな熱い想いで作っているケーキならおいしいものに違いない!」と思えるような商品が盛りだくさんです。
例えば現在販売中の「南三陸味噌汁セット」。
このセットのなかの味噌は、大正7年創業の「高長醸造元」という老舗でできたもの。この高長醸造さんも、あの津波で自宅・店舗・道具、何もかもすべて流されてしまったそう。高長醸造3代目の高橋長泰さんは、失意のなか、店舗の再開も考えられずに自治会活動を行いながら避難所生活を送っていました。
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しかし震災後の1カ月程過ぎた4月21日。銀行だった建物の屋上に、緑色の味噌造のタンクが残っているのが発見されたのです。12個あったタンクのうちの1つだけではありますが、破損せずにタンクが残っていたのはまさに奇跡!
このタンクを使って味噌作りを再開した高長醸造さん。なんと2012年10月には本場仙台味噌醤油鑑評会で表彰されるほど、おいしい味噌を再び作っています。
高長さん
お味噌のパッケージには「流されても流されても負けない強さと優しさを味わってほしい」という熱い想いが書かれています。胸がジワリと熱くなります。
■海産物は放射能調査も確認済み!
南三陸はもともとおいしい海の幸がいっぱい。とくにわかめは、一級品。南三陸町の歌津泊浜は宮城県でも一級の漁場で、荒波に鍛えられた分厚いワカメが収穫できるそうなのです。
「健ちゃんワカメ」を出品している高橋健一さんは東日本大震災で自宅とほとんどすべての機材を失いました。地震直後に船を沖に出したので、船だけは守ることができましたが、津波の被害の大きさと原発問題で、海の仕事はもうできないと諦めかけたそう。
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しかし検査の結果、放射性物質は検出しなかったため、唯一残った財産である船で漁を再開。サラダでも味噌汁でもワカメが主役になるくらいの存在感がある、自慢のわかめを、出品しています。ワカメ漁は3月半ばが最盛期。おいしいワカメが買えますよ!
■「南三陸deお買い物」を、南三陸の入り口にしたい
「南三陸deお買い物」店長の伊藤孝浩さんは、こう話します。
スクリーンショット 2013-03-10 23.38.59
「震災前は、『南三陸には何もない』と思っていました。でも震災が起こって初めて、“南三陸には海を見ながら暮らせる街があり、自然の恵みあふれる生活があったのだ” と気付きました。それを取り戻したいんです。
しかし一方で、震災前に南三陸に漂っていた閉塞感は払拭したかった。お買い物を通じて、多くの人に南三陸のことを知ってもらい、いずれは南三陸に旅行で来てくれる人が増えたらいいなと思っています」。
南三陸
みなさんもサイト「南三陸deお買い物」をのぞいてみて、熱い想いを持って仕事をしている人たちの商品を見てみませんか?
取材協力:「南三陸deお買い物」店長 伊藤孝浩さん
参考:南三陸deお買い物
(取材、文=FelixSayaka)
http://youpouch.com/2013/03/18/111804/
【被災地の今(2)】放射線量が高い地元に残った犬と去った犬…福島・飯舘村に住んでいた動物たちのその後
めるりんこ
2012年3月9日
大震災から1年が経過しようとしています。被災地はどのように復興への道をたどってきたのでしょうか。本日は、現在も3~4μSv/h(毎時マイクロシーベルト)という高い放射線量が検出されている、福島県飯舘村の動物にクローズアップします。
「村に残った犬」
のどかな山や畑に囲まれる飯舘村。原発事故以来、環境が激変した地域のひとつです。福島第1原発から北西に約40キロ離れていますが、風向きなどの影響で雑草や土壌などから高い濃度の放射性物質が検出されています。
住人たちは避難を余儀なくされ、震災前は約6千人が住んでいた村民も3月現在ではわずか10人弱が残るのみ。
人っ子ひとり人影が見られない村のなかで、アスファルトの道を勢い良く駆けてくる一匹の黒い犬を見つけました。村で生活を続けるご老人の愛犬コタロウです。
「触んなよ! 放射能まみれだがんな!」
背後から飼い主であるおじいさんの野太い声が飛んできました。
高い放射線量について熟知してるが、高齢で今更先祖代々続く家や山々を置いて村を離れることはできないと話します。
放し飼いの愛犬は、高線量エリアの草薮に入るなど内部被爆している可能性も高いはず。田舎では元々外に繋いで犬を飼うことが多いなか、放射線の分布が公表されるのも遅かった。それでも、犬だけ避難させれば良かったのではという意見もあるでしょう。はたして、飼い主の元から離れて暮らすことが愛犬にとって幸せなのかどうか考えさせられます。
「村を去った犬」
一方、所変わって原発から約50キロ離れた福島市。ここもまたエリアによっては1μSv/h近い放射線量が検出されてはいますが、原発付近に住んでいた村民たちが多く避難して来ています。
市内のとある日本家屋に住んでいるのは、飼い主の老夫婦と共に飯舘村から避難してきた犬のボン。放射能に触れないよう屋内で飼われています。
縁側から庭に出ようとするとご主人に厳しく怒られては、しょげてコタツにもぐり込む……そんな平穏な日々を送っています。
平穏な生活の背景に見られる老夫婦の苦渋の決断。村を離れる決断をしたときに夫婦がどんなに胸を痛めたか計り知れません。
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原発事故以前はおそらくさほど変わらない環境にあったであろう、2匹の村に残った犬と去った犬。今では一方は放射能にまみれながらも大地を自由に駆け回り、一方は屋内で守られながら厳しく行動を制限されている。あのとき以降、2匹の運命はまったく違うものになりました。
村も民も動物も生活環境もすべて手放さなくてはならない現実を前に下さねばならなかった、村民たちの苦渋の決断。当事者でない者が侃々諤々(かんかんがくがく)としても、彼らの選択を否定することはできないはず。
どうすることもできない現状に、あなたならどのような決断をするでしょうか。
(取材、写真、文=める、K)
▼飼い主の老夫婦と共に飯舘村から福島市に避難してきたボン
▼暖かい日差しが差し込む縁側から放射線量が高い庭に出ようとしたところ、
ご主人に叱咤されコタツのなかにもぐり込む様子がなんとも可愛らしい
▼終始反省気味のボンであったが、ご主人に良く懐いているのが伝わってきた。
せめて、このささやかな幸せがいつまでも続くようにと願わずにいられない
▼一方、今も飯舘村に残るご老人の愛犬コタロウ。
高線量エリアの草薮に入るなど内部被爆している可能性も高いのだが、
誰がこの状況を責められるだろうか
▼ほかの犬も放し飼いにされていた。
原発事故以来、一変した村の様子や生活環境にすっかり慣れた様子だ
▼人間がいない牧場に残る馬たち。
飯舘ならではの、のどかな光景だが3~4マイクロシーベルトと線量はかなり高い
▼人間を見るのは久しぶりなのか記者をしげしげと見つめる
▼牛も雪の合間からみえる草を食んでいるなど一見、普通の牧場と変わらない風景だ。
持ち主だろうか、誰かがエサをやりに来ている痕跡も伺える
▼人間が突然いなくなった環境に、動物たちは何を思うのか
▼子供たちは全員村外へ避難。
誰も登校しない校舎で、標語「欠席0の日」だけが空しく主張を続けている
▼降り積もった雪から生え伸びた雑草がチラホラ顔を出す。
グランドに子供たちの元気な声が再びこだますることはあるのだろうか
http://youpouch.com/2012/03/09/58025/