その画像の影響力がいかに大きかったかがうかがい知れる
ペヤング「虫混入」対応でまるか食品に賛否 全工場生産自粛・全商品回収は正しかったのか
ダイヤモンド・オンライン 12月16日(火)8時0分配信
● 衝撃のツイート投稿! 一日で4万件超の拡散で一気に危機的事態に!
「ペヤング ハーフ&ハーフ激辛焼きそば」にゴキブリらしき昆虫が混入していたという衝撃的な情報と画像が12月2日ツイッターに投稿された。
ビジュアル的な視点では、最悪のイメージであるゴキブリの混入とあって、ソーシャルメディア間でのリツイートやシェア機能で一気に風評は拡散した。たった一匹のゴキブリの混入は瞬く間に企業ブランドを揺るがす危機的事態にまで発展した。
ソーシャルメディアにおける投稿の中には、一部に話題狙いのイタズラによる行為も散見されるが、この画像は、悪ふざけで麺にゴキブリを置いて撮影するなどの単純なイタズラを否定する「ゆゆしき事態」を彷彿させるものである。ほぼ個体一匹のゴキブリと思われる昆虫が揚げた硬い麺に包み込まれるように写り込んでおり、黒と白のコントラストが痛々しい。見た者のインパクトは計り知れないだろう。その画像の影響力がいかに大きかった点については、下記のツイッターの拡散状況を見ても推し量ることができる。
● 投稿翌日には保健所の立入調査 会社の見解を全面否定!
その拡散状況のスピードと影響力の一端は、行政をも動かした点にある。当初、当該製品を製造していたまるか食品(本社:群馬県伊勢崎市)は「通常の製造工程ではこのような混入は考えられない」と一貫して偶然の混入を否定していたが、伊勢崎保健所は本社工場を3日夜急遽立入調査し「製造過程での混入を否定できない」と結論づけて行政指導を行った。
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まるか食品はこの指導を受けて4日「安全確保に万全を期す」として自主回収を公表した上、11日にはウェブ上で「異物混入に対する調査結果と商品販売休止のご案内」を掲出し、外部委託機関の分析結果においても「製造過程での混入を否定できない」との報告を受けたことを明らかにした。さらに、本製品と本製品と同日中に同一のラインで製造された他の製品に関しても自主回収を決定したことを公表した。
● 平均的対策事例を超える内容でかえって注目 世間では議論沸騰!
現在、消費者や専門家の間で議論となっている問題は、実はソーシャルメディアの脅威やまるか食品の前述の対応についてではない。11日のまるか食品の「ご案内」には驚くべき内容が追記されていた。それは、全工場での生産を自粛し、全商品の販売を当面の間販売休止と発表したことである。さらに、異物混入のあった製品だけでなく、他の製品についても現物を送付すれば代金を返金するとしていた。
これまで昆虫の異物混入事故は食品業界でも多数確認されているが、全工場の生産自粛、全商品の販売休止、当該製品以外の代金返金はいずれも聞いたことがない。果たしてこの対応は適切な対応なのか過剰反応なのか?
● Johnson & Johonson、白い恋人… 国内外の過剰とも思える対応事例と比較検証
過去の緊急広報と企業倫理行動の成功模範例として代表的なものは、Johnson &
Johonson(米国)の鎮痛剤タイレノール青酸化合物混入脅迫事件である。タイレノール事件は1982年9月末にシカゴで7人の死亡者の死因にタイレノール(当時の年間売上高は4億5000万ドル)が関係しているとの疑いが出たことから始まった。死因は最終的にタイレノールのカプセルに混入していた青酸化合物と判明、当初は青酸の混入は生産工場での事故かと思われたが、すぐに第三者による悪意の異物混入の疑いが濃厚となり、企業を狙ったテロという印象が鮮明となる。
その後、10月2日に青酸混入をやめる代償に100万ドルを要求する脅迫状が届いたことで、Johonson & Johnsonはシカゴに限らず、全地域でタイレノールをコンプリートリ
コールすることを決定、手持ちの製品の返品を呼びかけた。当時の市場での回収量は3100万本、金額にして1億ドルという巨額に及ぶものだった。さらに、製品回収以前に製品の無料交換、消費者とのホットラインを開設して安全情報の提供に努めていたことも評価された点である。
しかし、一方で、この対応に対して疑問視する論議もあった。疑問の根拠は、(1)青酸化合物混入はJohnson & Johnsonの責任ではない、(2)Johnson & Johnson工場での混入事故では
ない、(3)限定地域(シカゴ)で混入事件は起きているので回収はシカゴに限定すべきであった、などである。
似たような国内の事件では、2000年の「参天製薬脅迫事件」や2007年の石屋製菓の「白い恋人 賞味期限改ざん事件」などに代表される。
「参天製薬脅迫事件」は、2000年6月14日朝、同社社長に現金2000万円を要求する脅迫文が届いたことから始まった。同日には警察への通報、リコールに関わる経費の算出、脅迫の対象となった目薬の新パッケージの開発に着手、記者会見や社告の準備を完了した。翌日、厚生省にリコール決定を報告するとともに記者会見を開き、一般目薬約250万個を回収すると発表した。さらに4日目には医薬部門の医薬営業担当者も応援に参加し、全社を挙げての緊急体制を整えて店頭から全対象製品の撤去を完了した。
「白い恋人 賞味期限改ざん事件」は、2007年8月発覚した一連の不祥事事件である。石屋製菓は、社内基準で賞味期限を通常4ヵ月と設定していたが、商品在庫が多くなると最大2ヵ月延長して出荷し、その行為は社長了承の上、1996年から11年間に渡り行われていた。また、ほぼ同時期にバウムクーヘンから黄色ぶどう球菌が、アイスクリーム商品からは大腸菌群が検出されるなど、度重なる不祥事で石屋製菓の製品への信頼は急劇に低下することになる。
この事件では第三者によるコンプライアンス委員会が、経営陣を一新、コンプライアンス体制を最適化するために、工場を3ヵ月間生産自粛し、全商品の販売を休止すると発表した。その後、11月に「白い恋人」の生産・販売が再開されると、多くの人々は販売再開を歓迎し、売上を順調に伸ばして、同社の2009年4月期決算は売上高93億4100万円、最終利益13億7900万円と、いずれも過去最高を記録した。
Johnson & Johnsonの脅迫事件対応と同様、これらの2つの国内事例においても、対策について疑問を持つ者はいた。参天製薬では、そもそも脅迫者の標的となった理由には、同業他社と比較して製品のパッケージで悪意の異物混入対策が甘い点があり、経営陣の責任を問う声を減殺するために派手な対応を印象づけたとする声である。石屋製菓でも、問題となった該当製品以外の全商品を含めた販売休止や工場の生産自粛が本当に必要であったのかとの声である。
● まるか食品事件対応は 過剰なパーフォマンスか、英断か?
前述した国内外3件の事件とまるか食品の事案の概要を検討すると、筆者が事例として紹介した事件では、脅迫事件の被害者であったり、連続した不祥事への対応という「通常では起き得ない危機の発生」が端緒となっていた。青酸化合物や菌の混入による明確な健康危害の発生が目前の危機として現実に存在した点と比較しても、昆虫の混入とは次元の違う危機的事態が原因となっていた点が注目される。
そこで、再び、今回のまるか食品の対応を振り返ってみると、最初のクレーム対応の失敗や原因究明ができていない段階での偶然の異物混入の否定、言い換えれば悪意の異物混入を示唆する会社責任逃避の見解発表などでステークホルダーの心象を害してしまった。さらに、ゴキブリという異物のイメージの悪さに加え、画像入りの投稿がツイッターを通して公開されたことで多くの消費者に情報として共有され風評が拡散した結果、「通常では起き得ない危機の発生」と同様の状況を招いたと考えることができる。
さらに、斜に構えた見方をすれば、工場周辺でのゴキブリ生息率の高さ、工場内部でのゴキブリ捕獲率や目撃事例の急劇な増加、建物内の老朽化、増築工事等の補修漏れや空調配管などでの見えない部分での外部接続につながる開口部の可能性など、公表されていない潜在的なリスクが、経営者に一見過剰反応とも思える工場生産自粛、全商品販売休止の経営判断を促したとも考えられる。
まるか食品の対応については、そうした背景を受けて、多くの専門家がその賛否を議論しているが、現時点では時期尚早で、まさにあらゆるリスクを想定して「安全確保に万全を期す」ことを真に懸念した後の英断であれば、経営者として再生への期待は高まるだろう。来年3月に想定される生産及び販売の再開に際して、誰もが納得できる再生計画工程管理の実施状況、原因究明、改善策の運用状況、有効性評価など、詳細な報告書が開示されることを望みたい。
白井邦芳