上が不正を許されるなら、下だって。そんな風潮は、一朝一夕に払拭できるものではない。
ロバは旅しても馬になれぬ
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五十嵐 徹
安倍晋三首相が解散総選挙を表明した。いつにも増して慌ただしい年の瀬になりそうだが、日本を取り巻く情勢もまた、同様に波高しだ。
内にあっては、消費税率10%への引き上げ延期が日本経済に及ぼす影響。外にあっては中国の脅威で、力による海洋進出が増している。
■資本の流出が止まらず
その中国で、国内資本の流出が加速しているという。
中国の外貨準備高は今年9月末時点で3兆8900億ドル(約450兆円)。6月末比で1千億ドルも減少した。世界の工場を自任し、ほぼ一貫して保有外貨を積み上げてきた中国としては過去最大の落ち込みという。
中国当局は、ドル高による一時的な影響と説明するが、成長鈍化への懸念から、富裕層が、投資名目などで国外に資金を活発に移動させているという。汚職摘発を恐れる政府高官が、不正蓄財した資金を持ち出しているとする指摘もある。
事実、中国ではこのところ、巨額汚職事件の摘発を伝える報道が相次いでいる。
10月末には、中国の最高検にあたる最高人民検察院が、収賄の罪で立件した国家発展改革委員会の副局長宅を捜索したところ、2億元(約38億円)余りの現金を発見した。
国営新華社通信が報じたもので、一度に押収した現金としては「1949年の建国以来、最大」という。
今月13日には、収賄容疑で共産党の規律検査委員会が摘発した河北省の役人宅から、1億元(約19億円)以上の現金に加え計37キロの金塊まで見つかっている。汚職体質の蔓延(まんえん)は中央、地方を問わない。
■500人以上が海外へ逃亡
12日付の英紙フィナンシャル・タイムズも、コラムでこの問題を取り上げている。「不正蓄財と資本流出は表裏の関係」とズバリ指摘し、中国の検察当局はこれまで、500人以上の汚職官僚が海外逃亡したことを確認していると書いている。
不透明な海外資産の買収が後を絶たない。無名に近い中国の保険会社が、米高級ホテルを法外な値で購入した例や、香港の金融機関が、中国本土の顧客向けに、外国のパスポートが取得可能な投資案件を紹介して業績を伸ばしていることなどを紹介している。
不正摘発の情報源は、多くの場合、国営メディアだ。汚職撲滅を重要公約の一つに掲げる習近平政権の意向を受けていることは明らかで、取り締まりの強化を内外にアピールする意識的な情報提供といえる。
中国が、コネで社会が動く「人治」ではなく、公正なルールに基づく「法治」の国だと誇示したがるのは、経済運営で、それが死活的に重要な要素になっているからだ。
景気減速を懸念するのは、なにも国内富裕層だけではない。経営に公正な法治環境を確保しなければ、外国企業から早晩、愛想を尽かされる。13億人の巨大市場を武器に海外から投資を呼び込んできた中国も、ここにきて、ようやく、その危うさに気づき始めたのだろう。
だが、中国当局の思惑は、いまのところ空回りしている。
「金もうけのためなら、なんでもやる」。一種の拝金主義と傍若無人ぶりは、中国社会の隅々まで染みこんでいる。上が不正を許されるなら、下だって。そんな風潮は、一朝一夕に払拭できるものではない。
中国漁船による小笠原諸島周辺での赤サンゴ密漁は、典型例だろう。尖閣諸島での度重なる領海侵犯と同様、中国の国家的意志が働いているとまでは言わぬが、自ら「不法行為」だと認めながら、取り締まれないというのでは、およそ法治国家とは認めがたい。
「ロバは旅に出ても馬になって帰ってはこない」。西洋に、そんなことわざがある。解釈はそれぞれにお任せするが、宿痾(しゅくあ)を宿痾だからと放置することの結果は明らかだ。
■中国ばかりを嗤(わら)えない
さて、かくいう日本はどうか。注目されていた7~9月期の国内総(GDP)速報値は、年率換算で1・6%減と予想以上に悪かった。首相は再増税を1年半延期する方針を明らかにし、その判断について国民に信を問うと述べた。
任期を2年以上残して失業する衆議院の先生方からは、アベノミクスの行き詰まりを取り繕う「目くらまし解散」だとの恨み節も聞かれるが、最裁から違憲状態にあるとされた「一票の格差」の是正すらできていない。さてロバは誰なのか。(いがらし とおる)論説委員
産経ニュース【日曜に書く】2014.11.23
(情報採録:久保田 康文)