ターゲットはやはり、江沢民元国家主席の率いる江沢民派(上海閥)の幹部たちである。 | 日本のお姉さん

ターゲットはやはり、江沢民元国家主席の率いる江沢民派(上海閥)の幹部たちである。

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■ 習近平の腐敗撲滅運動は「権力闘争」 裏で糸引く胡錦濤の「復讐」と「野望」(1/5)
中国の習近平指導部は今、共産党政権史上最大規模の腐敗撲滅運動を展開している最中である。
2012年11月に習近平が共産党総書記に就任したと同時に、盟友で同じ太子党幹部の王岐山を腐敗摘発の専門機関である共産党中央規律検査委員会の主任に据えた。
おそらくその時点から、凄まじい嵐を巻き起こそうとする決意は既に習近平の心の中で固められていたのではないかと思われる。
2013年3月、国家主席のポストを首尾よく手に入れて名実共に中国の最高指導者となってからは、習近平は上述の王岐山と二人三脚で、無制限の捜査権を与えられた規律検査委員会という強力な「大目付」機関を用いて、党・政府と人民解放軍の幹部、特に高級幹部たちに対する厳しい腐敗摘発を始めた。
去年9月4日、中国新聞社は習近平が国家主席に就任して以降地方や省庁の高級幹部9人が汚職の嫌疑をかけられたことを挙げ、「近年まれに見る厳しい取り締まりぶりだ」と報じたが、それはほぼ誇張のない事実である。過去30年あまりにおいて、腐敗問題で摘発を受ける高級幹部の数は毎年せいぜい6名前後であったから、今回の腐敗摘発運動の猛烈さは確かに前代未聞であると言えよう。
▼腐敗撲滅運動の真の目的は…
以来腐敗の摘発はさらに猛威を振るって大きく前進した。
去年の秋頃から摘発の矛先は中国共産党政治局前常務委員の超大物である
周永康とその子分たちに向けられ、今年の3月からは、軍内の大物幹部である制服組メンバー2の軍事委員会前副主席の徐才厚ともう一人の軍事委員会前副主席の郭伯雄の身辺にも取り調べが及んだ。
そして今年6月30日、習近平指導部は徐才厚の党籍剥奪を発表した。
周永康の側近幹部だった公安省の李東生元次官や国有資産監督管理委員会の蒋潔敏元主任ら周永康の党籍剥奪も同時に発表された。特に徐才厚については、共産党軍事委員会の副主席で制服組のトップだった人物が腐敗摘発によって葬り去られたという前代未聞の事実が党内と軍内に大きな衝撃を与えた。
その数日後の7月2日、指導部はさらに海南省の冀文林副省長や司法部門を統括する党中央政法委員会弁公室の余剛副主任らの党籍剥奪を決めたが、
冀も余も前述の周永康前政治局常務委員の秘書を務めた経歴の持ち主であることから、周永康自身に対する摘発がすでに最終段階に入ったことが伺えた。
このようにして、習近平指導部、というよりも習近平主席その人は今、党・政府と軍の幹部たちに対して史上もっとも大規模な腐敗撲滅運動を強力に進めていることが分かるが、彼は一体何の目的のために、このような凄まじい摘発運動を展開しなければならないのか。
それを理解するためには、習主席の腐敗撲滅運動の中身をもう一度詳しく吟味する必要があろう。
たとえば、高級幹部の一体どういう人たちが摘発されていて、逆にどういう人々が摘発されていないのかという視点から色々と調べてみると、腐敗摘発運動の隠された目的がはっきりと見えてくるのである。
■ 習近平の腐敗撲滅運動は「権力闘争」 裏で糸引く胡錦濤の「復讐」と「野望」(2/5)
▼ターゲットは江沢民派
ここでは順番を逆に、まずはどのような高級幹部が摘発の対象となっていないかを見てみよう。
前述の党籍剥奪された幹部たちやその他の摘発された幹部たちの出自や経歴を調べてみると、実は習主席や王岐山と同じ太子党の幹部、つまりその父親が毛沢東・?小平と同じ「革命第1世代」に属するグループの幹部たちは一人も摘発の対象になっていないことに気がつく。
そして次には、摘発された幹部の中には、「共産主義青年団幹部」の経歴を持つ人はあまりいないことも分かる。
要するに、前国家主席の胡錦濤の率いる共青団派という派閥の幹部たちも概ね摘発の対象から外されているということである。
それなら、腐敗摘発は一体、どこの派閥の幹部たちをターゲットにしているのか。
これに関しては、日本の一部の論者たちもすでに指摘しているように、腐敗摘発運動の最大のターゲットはやはり、江沢民元国家主席の率いる江沢民派(上海閥)の幹部たちである。
今まで摘発された最大の幹部グループはすなわち前政治局常務委員の周永康とその周辺の幹部たちであることは前述の通りだが、5月19日掲載の私の論文でも指摘しているように、周永康自身は江沢民派の大幹部の一人であり、
彼の率いる石油閥こそが江沢民派の主力をなすものである。
習主席の腐敗摘発運動はまさにこの石油閥に焦点の一つを絞って彼らに対する集中攻撃の様相を呈していたのである。
その一方、解放軍幹部、より厳密に言えば解放軍の元幹部に対する摘発も結局、江沢民派の軍幹部にターゲットを絞って行われている。
摘発された最高級の元軍幹部の徐才厚は紛れもなく江沢民派の軍幹部であり、軍における江沢民派の代弁者のような存在であった。
徐才厚という軍人はもともと、元国家主席の江沢民によって抜擢され、制服組のトップの座についた人物である。
彼が軍人としての大出世を始めたのは1999年に党の軍事委員会委員と軍の総政治部常務副主任に任命された時であるが、この人事を断行したのは当時の軍事委員会主席で国家主席の江沢民であった。
2002年11月に開かれた第16回党大会で、江沢民は党総書記を辞めてからも
一時は党中央軍事委員会主席の座を手放さず軍の指揮権を引き続き握っていたが、そのとき、江沢民は徐才厚を軍の総政治部主任に昇進させ、軍における自分の右腕として使った。
総政治部主任という職は人民解放軍将校の人事に関与する立場であるから、
徐才厚が人民解放軍の人事を握ることによって、
江沢民の影響力の基盤を提供していたとも言える。2004年9月になって、江沢民はようやく党中央軍事委員会主席のポストを胡錦濤国家主席に引き渡したが、胡錦濤を牽制するために江沢民は徐才厚を軍事委員会における制服組のトップに据え、徐才厚を通して軍に対する影響力の温存を図った。
このようにして徐才厚という人物は、2012年11月の第18回党大会において年齢制限による退陣となって党の全職務から退くまでずっと、軍における江沢民の代理の立場にいたわけである。

もう一人の軍幹部である郭伯雄も、出世街道まっしぐらの経歴が徐才厚と驚くべきほど類似している。
2002年11月に開かれた第16回党大会で党総書記を辞めた江沢民が引き続き軍事委員会主席の座にしがみ付いた時、軍事委員会の一平委員であった郭伯雄をいきなり軍事委員会の副主席に任命した。
それ以来、郭伯雄は徐才厚と並んで、軍における江沢民派のもう一人の代理人となった。
2012年11月の第18回党大会で徐才厚と共に退任した。
そして、この党大会で党と軍のトップとなった習主席は体制を固めて腐敗撲滅運動に着手するやいなや、党と政府における石油閥・江沢民派に対する容赦ない摘発を進めていった。
同時に、軍における腐敗幹部の代表格幹部として摘発のターゲットにしたのがまさにこの二人の江沢民派軍幹部である。
■ 習近平の腐敗撲滅運動は「権力闘争」 裏で糸引く胡錦濤の「復讐」と「野望」(3/5)
▼江沢民派の後押しを受けてきた習近平
こうしてみると、習主席の腐敗撲滅運動のターゲットは党・政府と軍の両方においてまさに江沢民派幹部であることは明々白々である。
そうすると、習主席の進める腐敗撲滅運動は、「腐敗」そのものの撲滅を目指したような単純なものではなく、むしろ摘発の対象を厳密に選別した上で
党内のある特定の派閥を排除するための権力闘争であることは明らかであろう。
要するに、腐敗撲滅運動の展開を通して、党・政府・軍における江沢民派勢力とその残党を一掃するというのがまさに習主席の最大の政治的狙い、ということである。
今回の腐敗撲滅運動の開始以来、党総書記と国家主席に就任してまもない習近平がどうしてこれほど大規模な政治運動を上手く展開できるほどの政治力を手に入れたのか、という疑問は常に付きまとってきたが、習主席と共青団派との「結盟」という視点から見れば、このような疑問も解けてくるのであろう。
つまり、胡錦濤元主席の率いる党内最大派閥の共青団派の助力があったからこそ、習主席の腐敗運動は強力に進められた、ということである。
習主席が江沢民派勢力を党内から一掃しなければならない理由は実に簡単である。
習自身、江沢民派の後押しによって今の地位についたが、2012年11月の党大会で習近平指導部が誕生した時、「習氏擁立」の功労者を自認する江沢民派はその勢いに乗じて、新しい最高指導部の政治局常務委員会に自派の大幹部を大量に送り込んだ。
その結果、7名からなる常務委員会に江沢民派幹部が4名となり、習近平指導部が江沢民派によって乗っ取られたようなものだった。
そのままでは、習主席自身が最高指導部内の江沢民派幹部たちに強く牽制されて身動きもできない状況であり、何とかしないといけないと考えた習主席は結局、政治局常務委員会の枠組みからはみ出した規律検査委員会という特別機関を用いて江沢民派の追い詰めを始めたわけである。
その際、摘発のターゲットはまず、既に引退した江沢民派幹部の周永康とその周辺に絞られた。
中枢部に座っている現役の江沢民派大幹部たちよりも、権力を既に失った連中の方が摘発しやすいのも理由の一つであろう。
しかも、既に引退した江沢民派幹部を容赦なく摘発することによって、政治局常務委員会にいる江沢民派幹部たちに脅しをかけることもできる。
「いざとなったらお前らも摘発の対象にしてしまうぞ」と、彼らを黙らせて服従させることができるわけである。
そうすることによってはじめて、習主席は江沢民派の包囲から脱出し、自前の権力基盤を作り上げることができるが、今のところ、習主席の作戦はかなり成功しているように見える。
▼虐げられてきた胡錦濤
その一方、胡錦濤前主席の率いる共青団派は習主席の江沢民派潰しに助力していることの理由も実に明快である。
2012年11月までの胡錦濤政権の十年間、胡錦濤主席自身と共青団派はずっと、党内と軍内最大勢力の江沢民派に圧迫されて散々虐げられていた。
なりふり構わずの江沢民派幹部の猛威を前にして、胡錦濤主席は忍耐と我慢を重ね、時に泣き寝入りを余儀なくされることもあった。
当時の胡錦濤主席はどうしてそれほどまでに江沢民派を恐れていたのだろうか。
その理由は実は二つあった。
一つは江沢民派大幹部の周永康が「中央政法委員会主任」のポストに就いて
中国の警察力を一手に握っていたからだ。そしてもう一つ、
前述したように、江沢民は「引退」してからも、徐才厚と郭伯雄という二人の軍人を中央軍事委員会の中枢に送り込んで、彼らを代理として軍の指揮権を実質上掌握していたからである。
つまり胡錦濤政権時代の十年間、軍と警察の両方は実際、胡錦濤自身によってではなく、江沢民派によって牛耳られていた。
だからこそ胡主席はずっと、江沢民派に忍従する以外になす術はなかった。
別の意味で言えば、胡錦濤政権時代の十年間、江沢民の代理人として「胡錦濤虐め」に直接に関わったのはまさに警察トップの周永康と制服組トップの徐才厚と郭伯雄であった。
したがって、習政権になってから、胡錦濤前主席と彼の派閥が習主席の江沢民派撲滅作戦に加担したのはむしろ当然の成り行きであり、その腐敗撲滅運動の最大のターゲットになったのは周永康・徐才厚・郭伯雄の数名であったことの理由もまさにここにあった。
つまり今の腐敗撲滅運動は胡錦濤前主席にとって、往時の仇に対する見事な復讐作戦である。
このような視点からすれば、今の腐敗撲滅運動は表向きでは習主席が主導しているように見えるが、裏で糸を引いているのはむしろ胡錦濤前主席ではないかという見方もできるのである。第一、今までの撲滅運動の中で摘発された大物の周永康にしても徐才厚にしても郭伯雄にしても、それらの連中は習主席の仇敵というよりもむしろ胡錦濤前主席の仇敵なのである。
摘発の照準を誰に当てるかというもっとも重要な問題に関して、主導権を握っているのはやはり胡錦濤前主席であるようだ。
・・・つづく
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