中国外務省の迷走はすぐには止まらなかった。
チャイナ・ブリーフ:(6)中越衝突??中国外交の不都合な真実
2014年05月15日
http://mainichi.jp/feature/news/20140515mog00m030015000c.html
中国を批判してデモ行進する在日ベトナム人ら=港区で
中国が西沙諸島周辺海域に巨大な海底油田掘削装置(オイルリグ)を移動させ、5月初めからこれを阻止しようとするベトナムの艦船と衝突やにらみ合いを繰り返している。4月のオバマ米大統領のアジア歴訪直後だ。「中国が米国の口出しは認めないとばかり、強硬姿勢に出た」という筋立てが語られる。わかりやすい解説なのだが、それだけでは十分に説明のつかないことも多い。
なぜ、5月10、11日の東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議直前という時期を選んだか。外交的には最悪の時期だった。いずれベトナムとの対立は避けられなかったにせよ、数日、時期をずらせば、国際会議で南シナ海問題が最大の焦点となり、外相声明や議長声明で「重大な懸念」が表明される事態を招くことにはならなかっただろう。
5月20、21日には上海でアジア相互協力・信頼醸成措置会議(CICA)が開かれ、習近平国家主席がホスト国として「新安全保障観」を打ち出す。これまでの米主導の国際秩序とは異なる「対話、信頼、協調」の基礎を作ろうという狙いだったが、中国自身がトラブルメーカーというイメージが広がった。
今回の中国政府の対応を見ると外交的評価を誤ったのではないかと思えるちぐはぐな部分が垣間見える。時系列を追って検証してみたい。
◇ ◇ ◇
オイルリグの西沙周辺海域での作業期間は5月2日から8月15日までに設定されたが、中国海事局がオイルリグの周辺1カイリ(1・852キロ)を立ち入り禁止とするとの公告を出したのは翌3日だった。さらに5日になって立ち入り禁止海域を3カイリに拡大した。
本来、こうした公告は作業開始前に出すものだろう。??作業海域にベトナムの艦船が展開していることを知り、排除活動を正当化するために立ち入り禁止区域の設定を公告したが、1カイリでは十分ではないことがわかり、禁止区域を拡大した??こうした推測をしたくなる。
中国外務省の対応も後手後手に回った。中越の対立が表面化したのは5月5日。ベトナム外務省が中国による掘削作業に抗議したと発表したのが発端だった。5月6日の中国外務省の定例会見では3日の公告に触れて「作業は完全に中国の西沙諸島海域で行われている」と簡単に答えただけだった。
6日にはベトナムのファム・ビン・ミン副首相兼外相が中国の楊潔チ国務委員(副首相級)に電話し、掘削活動は「違法行為であり、ベトナムの主権や管轄権を侵害している」と作業の中止を要求したことがベトナム側から発表される。
中国外務省は同日夜になってホームページに楊国務委員とファム外相の協議内容を掲載し、楊氏が「ベトナム側の誤った言論を全面的に退け、作業妨害をやめるように求めた」と伝えた。同時に2日と4日に劉振民外務次官が在北京のベトナム大使を呼んで同様の対応を求めていたことを明らかにした。
当初はベトナムが公表したことについてしぶしぶ事実を認めるといった対応だった。
状況が大きく変わったのは7日午後にベトナムがビデオを放映しながら現場の状況について記者会見を実施してからだ。外国メディアを前に中国海警局の船がベトナム船に衝突する場面や中国の船が放水を繰り返す様子が公開され、ベトナム側は6人が負傷したと発表した。
7日夜から8日朝にかけて各国のメディアが大きな国際ニュースとして報じ、南シナ海に世界の目が注がれた。ただ、中国外務省の迷走はすぐには止まらなかった。
8日午後、中国外務省ではアジア相互協力・信頼醸成措置会議(CICA)をテーマにしたフォーラムが開かれ、演説した程国平外務次官がメディアにも対応した。ここで中越対立について聞かれた程次官は「中越に最近、衝突などない。中越は友好的な隣邦だ。南シナ海の争いについては平和的に解決できる」と答えている。
「失言」と報じた香港メディアもあったが、状況の深刻さを十分に認識していないように思える発言だった。数時間後、8日夜になって外務省国境海洋局の副局長が海底油田探索を実施している国営企業「中国海洋石油」の担当者を伴って緊急会見し、ベトナムが「中国企業の正常な活動を妨害し、中国の主権を侵害している」と非難し、現場から船舶を撤退させるように要求した。
◇ ◇ ◇
中国外務省のちぐはぐさの原因が何か。政策決定過程の全体像を知る材料があるわけではないので、あくまで推論、仮説でしかないが、ベトナムがここまで強硬に掘削阻止に動くことを中国側が予想していなかったことが考えられる。
すでに指摘したように海洋局の公告の出し方からはベトナム側が船舶を出してまで実力行使をすることを予測していなかったことがうかがわれるし、外務省のベトナム側との交渉の進め方を見ると、水面下の交渉で乗り切り、できるだけ対立を表面化したくないと考えていたように見える。
中国側はこれまでの対外説明の中で、西沙諸島周辺で探査活動などを過去10年にわたって行ってきたと明らかにしている。オイルリグを投入するのは初めてだったが、過去の経験からベトナムの反応を過小評価した可能性がある。
一方、ベトナムは
▽米国のリバランス政策(再均衡)やオバマ米大統領のアジア歴訪による国際環境の変化
▽自ら主張する排他的経済水域内に巨大なオイルリグが設置され、中国の実効支配が固定化する危険性
▽現場海域での中国の対応の強硬さ
??を見極めて映像を公開し、国際世論を見方につける戦術に出たのではないか。
中国メディアの対応も政権の方針が定まっていなかったことをうかがわせるものだった。フィリピンが5月6日に南沙諸島海域で中国漁船を拿捕した際には直後から激しい調子でフィリピンを批判する論調を張った。しかし、ベトナムとの対立に関しては国内の報道は抑制されていた。
5月8日朝の時点でタカ派的論調で知られる「環球時報」紙のホームページを開くと、1954年5月7日、ベトナム軍がディエンビエンフーの戦いで仏軍に勝利してから60周年の記念式典がベトナムで開かれたことをトップで報じていた。
◇ ◇ ◇
南シナ海で資源開発や恒久的施設の設置など着々と実効支配を進めることは中国の既定方針であり、ベトナムが国際世論を味方につける新たな戦術に出たからといって簡単に折れるとは思えない。むしろ、弱みを見せないためにより強く出ようとするのが中国流だろう。
ただ、世界から批判されることを十分に予想していなかったとすれば、事態の再評価を迫られることはありうる。こうした総合的な安全保障を担うために国家安全委員会が設置されたばかりだ。ベトナムでの反中デモで中国人に死傷者が出ており、政権の対応に対する批判も強まりかねない。
ロシアのプーチン大統領も参加するCICAは習国家主席にとって重要な外交の場であり、メンツにも関わる。表面上は計算違いなどはなく、方針を曲げることもないといったように装いながら、ベトナムとの間で落としどころを探る水面下の交渉を進める可能性は否定できない。【坂東賢治】
http://mainichi.jp/feature/news/20140515mog00m030015000c3.html