「我が子の鼻血、なぜ?」という記事はもはや「犯罪」と言ってもさしつかえない。
『美味しんぼ』の“鼻血描写”は本当に風評被害を助長するのか?
Business Media 誠 5月13日(火)11時47分配信
『美味しんぼ』の中で鼻血や疲労感と放射線を関連づける発言が出ている(写真はスピリッツ24号)
漫画『美味しんぼ』が炎上している。
主人公が福島へ取材に訪れた途端に鼻血がタラ―っと流れたり、同県双葉町の井戸川克隆・前町長を登場させて「福島に住んではいけない」とするセリフを掲載したりというダイナミックな描写が物議を醸し、福島県やら、震災がれきの受け入れをしている大阪市・大阪府やらから抗議が殺到しているのだ。
筆者も福島に何度か取材で訪れたが、被ばくして鼻血が出たという人には会ったことがない。読んでみたが、ぶっちゃけ「うーん」と首をかしげざるをえない箇所も多々あった。そういう意味では、自治体や福島のみなさんが「風評被害を助長する」と怒るのもすごくよく分かる。
もうすいぶん前になるが、茨城県・東海村で臨界事故があった。600名以上が被ばくして、急性被ばくした2名が死亡。国内初の原子力の死亡事故である。発生時から現場で取材をしていたこともあり、定期的に東海村に通っては事故を起こした作業員への取材などを続けていた。そんなある日、現場付近で取材中、複数の男性たちにからまれた。
「あんたたちマスコミが騒ぎすぎたから、このへんじゃあ商売やってもすぐに潰れてしまう。たいした事故じゃなかったんだから、もう放っておいてくれ!」
えらい剣幕で怒られて、男たちも増えてきたので、これはヤバいとクルマに飛び乗り、逃げるように走り去ったのを覚えている。原子力事故は「被害」を報じるだけで、その場で暮らす人々の生活を脅かしてしまう側面がある。だから、安全を訴える科学は歓迎されるが、そこに疑いの目を向けた者は住民たちから「敵」と吊るし上げられる。
●最近の「作品叩き」
このような経験もあるので、『美味しんぼ』が叩かれるのもしょうがないと思う。しかしその一方で、「デマの拡散を阻止せよ」とか「見せしめにリンチしましょう」とか騒ぐほどの話でもないとも感じている。
鼻血がタラーという描写がアウトならば、震災直後の2011年、『朝日新聞』の連載「プロメテウスの罠」の中で「我が子の鼻血、なぜ?」という記事はもはや「犯罪」と言ってもさしつかえない。確か、原発事故後、子どもの鼻血が止まらないという東京都町田市の主婦が登場していた。青年コミック誌のグルメ漫画より、原発事故報道で新聞協会賞までとった本連載のほうがどう考えても社会への影響力がある。こっちをスルーして漫画だけを叩くことに違和感を覚える。
前町長の発言が問題だとか言うけれど、反原発集会や国会前でワーワー言っている人たちは、もっと過激なことを言っている。前町長にしても、『美味しんぼ』に登場するからといって途端に話を盛ったわけではなく、平時から“問題発言製造機”ともいうべき御仁なのだ。例えば、2013年の参院選に「みどりの風」より立候補しているのだが、その街頭演説ではこんなことをおっしゃっている。
「2011年地震津波のあった年の3月3日に、地震津波があることを日本政府は知っていたんですよ」
つまり、今回いたるところで「風評」だとワーワー叩かれていることなど、ずいぶん前から特定の主義主張の人々によって「事実」として広められているのだ。そんな手垢(てあか)のついた話がなぜ『美味しんぼ』に出た途端に批判の嵐にさらされたのかといえば、最近の「作品叩き」と決して無関係ではないだろう。
STAP細胞の小保方さんをパロった「阿保方さん」のコントが中止になったことも話題になったように、最近の世の中、特にネットの世界で「表現」に対してイチャモンがつけられている。
なんてことを言う私自身も『明日ママがいない』問題では配慮を求めるべきだというようなことをこの連載で書かせていただいたが、あれはちょっと次元が違うと思っている。テレビは国家から認可を受けた公共性の高い報道機関だ。それに加えて、養護施設に来る子どもの半数が、虐待などで心に傷を負っているという現実もある。いくら三上博史さん演じる施設長に、最終回で感動的なセリフを言わせたいとはいえ、「社会の公器」ならば残虐シーンを自制するのと同様、虐待をフラッシュバックさせるような描写を避けるというのは当然だからだ。
●人間の本質はそんなに変わらない
いずれにしても、このような風潮が今回の『美味しんぼ』バッシングへ結びついた可能性は否めない。ただ、この手の「作品叩き」というのは昔からあった。例えば、今でこそ「マンガの神様」と呼ばれる手塚治虫だって、かつては『美味しんぼ』の原作者・雁屋哲氏同様、「インチキ話をふれまわるな」とバッシングを受けていた。ロボットがしゃべったり、クルマが空を飛んだりという荒唐無稽な「デマ」をふれまわる悪人として、全国の主婦から有害図書だと激しく排斥されていたのだ。
バッカじゃないの、というのは50年が経過した今だから言える。
当時の大人たちは大真面目で、「科学的根拠に基づかないデマ」として全力で手塚漫画を潰しにかかった。「日本子どもを守る会」や「母の会連合会」などは検閲を要求、さらに「悪書認定」された漫画を校庭で焚書(ふんしょ:書物を焼却すること)するというナチスドイツみたいなことまでやってのけた。
「科学的根拠」なんて50年でガラリと変わるが、人間の本性はそんなに変わらない。だから雁屋さんを見せしめに吊るし上げろ、なんて言い出す人が現れるのもよく分かる。軍靴の音が聞こえる、みたいな脅しには辟易としているが、今回のこの騒動は、この国がいつでも「ファシズム」に戻るかもしれないということを教えてくれている。
[窪田順生,Business Media 誠]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140513-00000020-zdn_mkt-ind