このロジックで未来永劫甘えさせてもらえる」と考えるのであれば甘い
2014年4月26日発行
JMM [Japan Mail Media] No.790 Saturday Edition
http://ryumurakami.com/jmm/
■ 『from 911/USAレポート』第664回
「日米首脳会談に見る『日米関係の行き詰まり』」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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第007号(2014/04/15)
1.ヘイトクライムの衝撃に沈むアメリカ
2.日米首脳会談、何をどう調整するのか?
3.お行儀の悪い語彙の数々
4.Q&Aコーナー
第008号(2014/04/22)
1.日本での「チャータースクール」導入論への疑問
2.日米首脳会談、アメリカの政局の中での位置づけは?
3.「『フリーゲージトレイン』はどうして必要なのか?」
4.Q&Aコーナー
現在は、第009号の準備中ですが、JMM本号と対になるかたちで「今後の日米関係」を取り上げたいと思っています。
JMMと併せて、この『冷泉彰彦のプリンストン通信』(毎週火曜日発行)も同じようにお読みいただければ幸いに存じます。購読料は月額800円+税で、初月無料です。
2014年4月26日
冷泉彰彦
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前回のこの欄では、日米首脳会談の中で安倍首相とオバマ大統領が「歴史認識」に関して「本音トーク」をしたらどうなるか、というテーマをフィクション仕立でイメージしてみました。また、昨日発表した別のコラムhttp://www.newsweekjapan.jp/reizei/2014/04/post-643.php
では、アメリカでの「オバマ訪日」報道は、「寿司抜き」「安倍抜き」「尖閣抜き」であったという内容で、首脳会談における日米は「同床異夢」であったことを指摘しました。
ですが、終わってみて今回の会談を振り返ってみると、私はもうすこし「厳しい」認識をしなくては、そう感じるようになってきました。それは「日米関係の行き詰まり」ということです。
最初に一つの問題意識を申し上げておきますが、日本が人口減と産業競争力の衰退というトレンドを逆転させることができない限り、やがて人口は1億人を割り込み、一人あたりGDPは3万ドルの水準を割って先進国のグループから脱落する可能性は十分にあります。そうなれば、自然な形で国際社会とのヒト・モノ・カネの交流は減っていくわけで、静かに日本は孤立化に向かうでしょう。
問題はそういうスローな孤立化ではなく、衰退の速度より速いペースで孤立化が起き、そのために国際社会と日本社会の間に経済的・文化的・政治的な「落差」が出来ていくという危険です。その「落差」がある段階を超えると、まるで断層が崩れて地震が起きるように、日本と国際社会の間でトラブルが起きる、そうなると、そのトラブルによる直接の被害に加えて、トラブルを経験することで「本来の衰退スピード」より激しい形で衰退と孤立化が進むという危険があるように思います。
これは、本誌の村上編集長が10年以上前から指摘していた「国際社会に迷惑をかけながら衰退するのは避けたい」という考え方にも重なります。それは「迷惑をかけるのが申し訳ない」からではなく、「トラブルを起こす」ことで孤立化と衰退が加速して、日本国内の社会苦を「本来は避けられたはず」であるようなレベルに持って行くからだと思います。
ちなみに、日本の文化には「非常事態には大きな瞬間的な反発力や自己変革能力がある」から、衰退やトラブルは早期に「決定的な形で」起きた方が、却ってその後の復活が可能になるという考え方があります。いわば「ガラガラポン待望論」とでもいったものですが、私はこの考え方は採りません。
当面、日本に関する中長期の政策は、そうした「悪い方のシナリオをいかに回避するか?」ということが大きなテーマになると思います。その際に、アメリカというのは、やはり交易の対象、金融における相互関係、そして公選制の民主主義と自由経済という価値を共通とするパートナーとして、カギを握る存在であることは間違いないと思います。日米関係が建設的であれば、それは日本の孤立や衰退を避けるために機能するでしょうし、反対に日米が上手くいかないようですと、日本の孤立と衰退は早まると思うのです。
さて、今回の首脳会談ですが、「関係の行き詰まり」ということでは、二つ大きな問題がありました。一つは、日本とアメリカの間にある、具体的には安倍政権とオバマ政権の間にある価値観のギャップについて、日米両国の政府が、それぞれの国の世論に対して「隠蔽工作」を行ったということです。
具体的には、安倍政権は「アメリカが中国とは共存していこうという国家意志を明らかにしつつある」ことを自国の日本の世論に対して「隠蔽」しました。またオバマ政権は「安倍政権はその基本の部分に戦後体制への否定と、第二次大戦を枢軸国として戦った歴史の名誉回復をしたいという思考を取り下げていない」ということを、アメリカの世論には隠しているということです。
重要な外交上のパートナーに関して、その価値観なり大きな方向性について、自国の世論に対して隠すというのは民主国家においては不誠実です。ですが、この問題は100%政権に対して責任を押し付けるのは不公平かもしれません。というのは、「米中関係の重要性」を日本の世論に隠したのは日本のメディアであり、「安倍政権の性格は変わっていない」ことや、その安倍政権に対して「尖閣の問題で口頭と文書の双方で日本への保証をした」ことをアメリカの世論に隠したのは、アメリカのメディアです。
ただ、私には首脳同士もこの点は分かっていたとも思えるのです。例えばですが、24日の午後にオバマ大統領は明治神宮を訪問しました。日本のニュース映像で確認したところ、ケネディ大使が同行して「絵馬」を買い求めたり、「流鏑馬(やぶさめ)」のパフォーマンスを見学したりしたようです。2002年の「ブッシュ=小泉」の再現ですが、そこには安倍首相の姿はありませんでした。
ということは、「日本国内向けのパフォーマンス」として、オバマは「靖国参拝には反対している政権の大統領だが神道を敵視しているのではない」というイメージを演出しつつ、「仮に日本以外に映像が配信された」際に「安倍首相と一緒に神社に行った」となることを避けているのは明白です。安倍首相と一緒の映像では、靖国神社に行ったという誤解を招いたり、タカ派の安倍首相の民族主義的傾向に対して宥和的だという印象になる危険があるからです。
現場では、安倍首相は官邸で用事があるからとか何とかいう理由で外したのかもしれません。ですが、明らかにオバマに明治神宮へ行かせておきながら、安倍首相は同席しないというのには、そうした計算があると考えるのが自然です。仮にそうであれば、首脳同士もこの「世論への印象操作」のロジックに乗っていたということになります。
こうした「同床異夢」と言いますか、世論に対しては「内向きな感覚に迎合」した演出を加えて見せるという手法ですが、勿論、アメリカとしても過去にはずいぶんやってきています。ブッシュがプーチンと「蜜月」であった時期には、プーチンに関しては「人間的だ」という演出が加えられて報じられていましたし、サウジ王室やパキスタンの政治家なども、かなり美化された形で紹介されています。
明らかに価値観が異なるのに、マキャベリズム的に手を組む、その場合に相手が異質であることを世論には隠して、美化された外交のストーリーをマスメディアに乗せる、そうした方法は、アメリカの外交にはつきものと言って良いでしょう。
ですが、問題は日本側です。アメリカから見ていると、そこには悲劇的な構図が見て取れます。それは、いわゆる日本の「親米保守」という政治的な立場の持つ不安定さという問題です。つまり、「ナショナリズムを求心力にすることで、中国や韓国との関係を悪化させつつ、そこで増大した摩擦への不安感は、アメリカが守ってくれるという約束を取り付けることでバランスする」というロジックがそこにあるというこ
とです。
今回の安倍政権によるオバマに対する「尖閣防衛の言質」への異様なこだわりは、正にそうした「親米保守」の姿勢のいい例だと思います。その結果として「大統領の口頭での約束」では足りずに、「共同声明文書」にも文言を盛り込むという結果は、オバマ政権に対して大きな借りを作ることになったと思います。
それだけではありません。その文言のインパクトが「中国を過剰に刺激する」ことも、アメリカ国内で「反発が出て共和党などの反オバマ勢力を親中に追いやる」ことも、事実上「防止してもらう」ようオバマ政権やアメリカのメディアに動いてもらっているわけで、要するに二重三重に借りを作っているようなものです。
勿論、アメリカとして、依然として軍の当局としては、日本との軍事同盟がアジア太平洋戦略において最優先であるという立場は不変であると思います。また、実務的な防衛協力、更には装備面での日米の協業などもあり、そうした面では「同盟」というのは機能もしているし、特に変化はないと思います。
ですが、政治的には現在進行しているのは異様な構図です。つまり、アメリカは日本との二国間関係の中では、歴史修正主義を内包した安倍政権を承認しているように振る舞いながら、もっと大きな国際社会、とりわけ東アジア全体という空間においては、日本の右傾化は「人畜無害」であることを保証して回っているという構図です。
これは70年代にニクソン=キッシンジャーが毛沢東に対して「日本の軍国主義が復活して中国へ攻撃をするような事態を防止するために、日米安保がある」と説明した、その構図が今でも続いているということになります。この点に関して言えば、「日米安保は冷戦期の遺物」だという今回の中国外務省の声明は、歴史的な経緯を踏まえたものではなく「あくまで中国国内向け」ということです。
いずれにしても、この二枚舌、あるいは三枚舌的な「面倒な外交」というのは、ある意味で戦後の日米関係には「付きまとっている」わけで、これを象徴するキーワードが「親米保守」という日本の一部の政治家の姿勢にあるのだと思います。では、昔からそうだったので、これからも「このロジックで未来永劫甘えさせてもらえる」と考えるのであれば、私はそうではないと思います。甘いと思います。
今回の日米首脳会談に私が感じるのは、この「狐と狸の化かし合い」のような関係も、もう限界に来ているという思いです。何故かと言うと、環境がこれを許さなくなっているからです。一つには日本の経済力の衰退ということがあり、アメリカ側でも軍事力に割けるだけの経済的な余裕はなくなっているということがあります。その一方で、中国が台頭する中で、ロシアの行動も警戒しなくてはならない中、政治的に「スキを見せる」ことが危険になってきているからです。
いずれにしても、今回の首脳外交で、安倍政権は「自分が招いた中国や韓国との関係悪化」を自分の責任で改善してみせるという姿勢を示すことはありませんでした。首脳間の個人的な会話としては「靖国に言ったのは恒久平和の祈念のためで、歴史修正主義が動機ではない」とか「河野談話の撤回はしない」というような発言があったのかもしれません。ですが、特に日本の世論にもしっかり理解を求めるような形で、安倍首相が「近隣諸国との関係改善に乗り出す」ということは姿勢として示せてはいないのです。
勿論、共同会見や共同声明にはそのような文言はありましたが、全く心はこもっておらず、行動計画のような実体も伴っていませんでした。その結果として、アジアの安定は「アメリカ頼み」であり、アメリカが「フタをしてくれている」中では「相変わらず国内向けの右派的パフォーマンスを止めるつもりもなく」結果的にアメリカに甘えるという構造は変わっていません。
結果的に、アメリカが「二枚舌」に付き合ってくれれば体裁はつくが、仮にアメリカが本音を口にし始めれば日米関係も壊れ、日本は世界から孤立するという危険性は、今回の会談で増大したように思うのです。
尖閣の問題もそうですが、集団的自衛権の問題もそうです。過去には、そうした「親米保守」を操ってきたと思われるリチャード・アーミテージ氏が、この憲法解釈変更問題に関しては時間をかけるべきと発言しているようですが、その「変節」の意味は相当に深刻であると思います。
もう一つ、今回の首脳会談で不満であったのはTPPです。結果的に豚肉や自動車の問題で妥結できずに終わってしまいました。その背景には、アメリカ国内で十分な支持を得られていないということもあると思います。この点に関しては、麻生副総理の「オバマは国内で十分に支持されていない」という発言も、今回に限っては事実認識として正しいと思います。
ですが、問題は農業や自動車の問題だけではなく、TPPを妥結して実際に規制緩和を行い、市場を開放してゆくことで、例えば金融業、観光、不動産、先端産業などでどのような「プラスの経済効果」があるのか、この点に関して十分な国内的議論がなかったことです。
仮にそうした議論がしっかり行われていて、その結果として日本国内で、改めて先端産業での競争力確保などを見据えた2014年版の「構造改革論議」に発展していって、結果的に日本もアメリカやEUと同じように「成熟社会になりつつも最先端での競争力を維持することで成長できている」社会を実現する道筋が描かれば、それがG7の価値観の共有化ということにもなり、何よりも日本の国力に関する悲観論への対抗にもなり、最終的には健全な日米関係へと寄与していくことになると思います。
そうした道筋が全く描けなかった中で、本当の意味での「経済成長に寄与する構造改革論議」が生まれないということ、これも日本の孤立を招く大きな要素であると言えるでしょう。現在の日本経済は、依然として通貨価値の毀損を招きかねない流動性供給を続けながら、貿易収支はマイナスから立て直すことができていません。その一方で、経済成長を引っ張る新しい産業の柱を建てることもできていないのです。
そんな中で、日本の株価は米国株の上下に引きずられるように、迷走をしているわけです。とりあえず消費税率アップの第一弾は何とか大破綻なく乗り切りましたが、2015年10月の第二弾までに、実体経済がどの程度浮揚できるかは極めて不透明です。今回、新たな構造改革への動きが見られなかったことは、極めて残念です。
以上の二点から、今回の日米首脳会談が浮き彫りにしたのは、より日本が孤立化し、衰退スピードを速めるのではないかという危険性です。
そうした危機感をプラスに転ずるだけの要素はほとんどない、不毛な会談であったと思います。日米関係は深刻な「行き詰まり」に至っていると言えるでしょう。
ちなみに、再三申し上げているのですが、相手が理念型の民主党政権のオバマだから行き詰まったというのは間違いだと思います。
今の共和党は、仮にジェブ・ブッシュなどが出てくればまだしも、ティーパーティ系の若い世代は、そんな「面倒な外交」には付き合ってくれないでしょう。
毛沢東政権を電撃承認したのは、共和党のニクソンであることは、忘れてはなりません。
冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ
消えたか~オーラをなくしたオバマの試練』。訳書に『チャター』がある。 最新作
は『場違いな人~「空気」と「目線」に悩まないコミュニケーション』(大和書房)。
またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
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