緊迫するウクライナ東部とロシアによる軍事介入の可能性- 小泉 悠(軍事アナリスト)
親ロシア派3人死亡=ウクライナ東部の襲撃―内相
時事通信 4月17日(木)14時34分配信
【ドネツク(ウクライナ東部)時事】ウクライナ暫定政権のアワコフ内相は17日、東部ドネツク州マリウポリの内務省軍施設襲撃事件で親ロシア派の3人が死亡、13人が負傷したと発表した。63人を拘束したという。交流サイトで明らかにした。
内相によると、親ロシア派の武装集団など約300人が16日夜、内務省軍施設を襲撃。火炎瓶や銃による攻撃があったため、駐屯する内務省・国家親衛隊などが反撃、銃撃戦の末に鎮圧した。国家親衛隊側に死傷者は出ていない。
また、武装集団の武器や通信機器、携帯電話などが押収された。携帯電話はロシア系通信会社のもので、内務省が拘束者の身元特定を進めているという。
緊迫するウクライナ東部とロシアによる軍事介入の可能性
小泉 悠 | 軍事アナリスト
2014年4月11日 14時44分
ウクライナ東部の情勢が緊迫化している。
4月7日、ロシア系住民の多いドネツク、ハリコフ、ルガンスクの東部三州で親ロシア派住民が暫定政権に対する抗議行動を起こし、親露派が議会や州政府庁舎を占拠した。
のちにハリコフの占拠は内務省特殊部隊の突入で強制的に排除されたが、ドネツクとルガンスクでは現在でも「ドネツク人民共和国」及び「ルガンスク人民共和国」を名乗る勢力が州政府庁舎を占拠したままだ。
彼らはキエフの暫定政権を認めず、クリミア同様に住民投票を実施してロシアへの編入を目指すとしている。
これに対してウクライナ暫定政権はきわめて強硬な姿勢を示している。
「人民共和国」側の行動を「テロ」と見なし、現地時間の今日(4月11日)20時までに武装解除に応じなければ武力を用いて強制的に排除する構えだ。
ウクライナが東部の動きを強制的に排除しようとしているのは、その背後にロシアの存在があるためであろう。
キエフのマイデン広場を占拠した反ヤヌコーヴィチ派が何らかの形で外部からの援助を受けていたと見られるのと同様、東部三州でもロシアの支援なしにはこれほど迅速かつ協調のとれた行動は不可能であったと思われる。
神経をとがらせるウクライナ暫定政権
これを裏付けるように、ウクライナ保安庁(SBU)は9日、22歳のロシア人女性を「デモを扇動するために現地に送り込まれたエージェント」であるとして逮捕している。
また、SBUによると、ルガンスクで現地SBU本部を占拠しているのはただの親露派住民などではなく、ロシア連邦保安庁(FSB)の工作員やマイデン広場で反ヤヌコーヴィチ派の鎮圧にあたった機動隊「ベルクート」の元隊員たちであるという。
事の真偽は別として、東部諸州の動きを危険視する暫定政権は、持てる治安戦力の大部分を送り込み、親露派の動きを強制的に排除する構えだ。
とはいえ、前述の治安部隊「ベルクート」の大部分はすでにクリミア半島へと逃れているし、そもそも自分たち(つまりマイデン広場で戦い、今は暫定政権の首脳となった人々)を弾圧した治安部隊など信用できるわけがない。
そこで暫定政権が一般の内務省部隊とともに東部諸州に送り込んだのが、国民親衛隊と米国の民間軍事会社(PMC)である。
国民親衛隊については以前の小欄で触れたことがあるが、暫定政権入りしている極右政党「右派セクター」の武装行動隊を内務省内に組み入れた部隊だ。
つまりロシア系ナショナリストにウクライナ系ナショナリストをぶつけるわけで、実際に強制排除が始まれば暴力が必要以上に行使される可能性が高いうえ、後々までの民族的憎悪につながりかねない。
米国のPMCについてはウクライナ政府も米国政府も否定している。
しかし、ロシア側の報道では、米国の民間軍事会社「アカデミ」(旧ブラックウォーター)系の子会社「グレイストーン」がウクライナに入っているとの情報は以前から伝えられており、ウクライナ国内では英語しかしゃべらない軍服姿の兵士の姿が多数目撃されている。
以上の動きから、極右や米国のPMCを投入してでも東部の動きを抑え込もうという暫定政権の強い危機感が伝わってこよう。
さらに、強制排除に直接は参加しないと見られるものの、軍も東部諸州へ向けて移動していることが確認されている(こちらの映像ではウクライナ軍の精鋭である空中機動軍の装甲車が東部へ向かっている)。
衛星写真が暴くロシア軍の集結状況
実際に暫定政権側が強硬手段に出た場合、懸念されるのがロシアの軍事介入だ。
プーチン大統領はウクライナへの軍事介入を「すぐには必要ない」としつつ最後のオプションとして留保する姿勢を示しており、実際にウクライナ国境周辺に3-4万人規模のロシア軍を展開させていると見られる。
NATOの評価によれば、これらの部隊は命令があり次第、12時間以内にウクライナに侵攻し、3-5日でウクライナを制圧できるという。
これを裏付ける形で、NATOは10日、ウクライナ東部周辺に集結したロシア軍の衛星写真を公開した。
たとえば以下に示す写真はルガンスクに近いロシア領ブトゥリリノーフカにあるロシア軍の予備飛行場を撮影したもので、以前は空だった飛行場に最新鋭のSu-30SM戦闘爆撃機やSu-24戦闘爆撃機が多数駐機しているのが写っている。
以前は空だった飛行場に並ぶ戦闘爆撃機。黒っぽいのが新型のSu-30SM以前は空だった飛行場に並ぶ戦闘爆撃機。黒っぽいのが新型のSu-30SM
一方、こちらはアゾフ海を挟んでウクライナを望むロシア南東部の写真で、地上部隊が多数集結していることが分かる。アゾフ海北岸をこのまま西進すれば、ルガンスクは目前である。
エイスクに展開する特殊作戦旅団エイスクに展開する特殊作戦旅団ノヴォチェルカースク付近の自動車化歩兵部隊ノヴォチェルカースク付近の自動車化歩兵部隊クズミンカの戦車部隊及び自動車化歩兵部隊クズミンカの戦車部隊及び自動車化歩兵部隊
さらに北方のロストフ州では、途方もなく巨大なロシア軍の拠点が建設されていることも確認されている。
ロストフ州にロシア軍の拠点が建設される様子ロストフ州にロシア軍の拠点が建設される様子
こうしたNATOの発表に対してロシア側は「これは昨年の大演習の際の映像を今更NATOが公開しているにすぎず、でっち上げだ」と反論している。
だが、ロシア軍の集結状況を公開しているのはNATOだけではない。
たとえば軍事情報サービス会社として有名な英Jane’s社は、ウクライナのハリコフに面したロシア領ベルゴロド付近にロシア軍が集結していることを示す衛星写真を公開している。
こちらはエアバス系の衛星サービス会社「アストリウム」が公開しているもので、やはりウクライナ周辺にロシア軍のヘリコプターや艦船が展開しているのが分かる。
民間企業が揃ってNATOと口裏を合わせているわけもなく、ロシアの言い分はいかにも苦しい。
これに対してウクライナ側は3月、国民の中から4万人の予備役動員を開始したほか、軍需産業に対して戦車160両と装甲車100両を緊急発注。加えて予備保管状態に置かれていた装備品を再びオーバーホールして現役に戻すための作業を開始した。
とはいえ、急に呼び集められた兵士や新造の兵器が使い物になるには時間が掛かるし、それらの全てが戦力化したとしてもロシア軍の兵力に対抗することは難しいと考えられる。
ロシアの狙いは
ロシアが東部で親露派の行動を支援し、さらに国境周辺に軍事力まで展開させている狙いとしては、次の3つ考えられよう。
第一は、ロシアが提案しているウクライナの「連邦化」を暫定政権側に呑ませることだ。
ロシアはクリミア併合前の17日、連邦化などによってウクライナの国家体制を抜本的に変革することを提案していた。
結果的にこの提案が顧みられることはなかったが、今回の東部での緊張状況に合わせてロシア側は再び「連邦化」に言及するようになっている。
ウクライナ全体をコントロールすることは不可能でも、連邦化により、親露的なウクライナ東部だけでも影響力を確保したいとの思惑があると思われるが、具体的にロシアがどのようなメリットを期待して連邦化を主張しているのかは明らかでない。
第二に、これまで述べてきた東部での動きや軍事力展開はいずれもブラフに過ぎず、クリミアのロシア編入を認めさせることが目的であるという考え方もある。
逆に、第三の考え方としては、ロシアが本気で東部諸州の独立やロシア編入まで視野に入れている可能性もある。
常識的に考えれば第三の可能性はごく低いと考えられるものの、今回のウクライナ危機ではクリミア併合を始めとして想像を上回る事態が発生している。
さしあたりドネツクに対して暫定政権がどのような行動に出るのか、それがどのようなロシア側の反応を呼び起こすのかが注目点となろう。
小泉 悠
軍事アナリスト
早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在はシンクタンク研究員。ここではロシア・旧ソ連圏の軍事や安全保障についての情報をお届けします。『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆。
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