横井小楠はロシアと言う国は、どんどん周りを侵略していく国だと言っていた! | 日本のお姉さん

横井小楠はロシアと言う国は、どんどん周りを侵略していく国だと言っていた!

ねずさんのひとりごと↓
横井小楠に学ぶ
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横井小楠肖像
ひとつの時代が変わろうとするとき、先覚者となる人々は、日本ではありとあらゆる迫害を受けます。
ほんとうに、どうしてここまで言われなきゃなんないの?というくらい、逆に言えば売国左翼の大物でさえ、ここまでは言われないだろうというくらい、ありとあらゆることを言われ、嘲笑され、馬鹿にされる。
情けないけれど、これも日本の姿です。
戦後65年間、祖国を護るために散って行かれた英霊たちは、まるで非道な極悪人の侵略者のごとく言われ続けました。
誰に言われたかといえば、彼らが護ろうとした祖国の子や孫たちからです。
ボロカスに言われ続けた。
こんな辛い非常識なことがあるでしょうか。
命がけで守った子や孫から、まるで人非人のような侵略者であったと思われているのです。
沖縄戦で散華された日本軍は、沖縄県民を護るために、武器弾薬の乏しい中で必死になって戦い続けました。
その日本軍の将兵のことを、戦後の日本人は、沖縄県民を苦しめ殺害した凶悪犯のごとく言い立てた。
満州が崩壊したとき、同邦人を護るためにランドセルにダイナマイトをぎっしり詰めてソ連の戦車に体当たり突撃した日本兵は、日本人を護らずに卑怯卑劣にも逃げた悪人どもと言われている。
言っているのは誰なのか。
他の誰でもない、日本人です。
英霊たちが、かけがえのない、ひとつしかないご自分の命を散らしてまで護ろうとした祖国の子や孫たちから、彼らはそう言って辱められ、誹謗され、中傷され、嘲笑され、辱められ続けている。
その批判する側、中傷し、嘲笑する側の現代日本人はどうなのでしょうか。
夏はエアコンの効いた部屋にいて、戦前の日本では考えられなかったような美食を食み、贅沢な衣装を着て、マイカーを転がし、口では平和を唱えながら、道義を忘れ、いかにも自分だけは正しいという顔をしながら、他人を辱め、嘲笑し、中傷することをなんとも思わない。
横井小楠という人がいます。
江戸時代末期の人で、坂本龍馬など、幕末明治維新の志士たちがこぞって一目置いた人物です。
横井小楠は、まだ天下が江戸幕府の統治下にあった時代に、天皇のもとに天下を統一し、人材を広く登用して、議会政治を実現すべしと説いた。
まさに時代の先覚者でした。
そして彼は、西洋の帝国主義は覇道を目指すものであるとし、日本は王道政治で徳を重んじる有徳国家を目指すべし、と説いた。
坂本龍馬の船中八策も、その後近代にまで連なる五箇条の御誓文も、その大元は、この人物の著です。
つまり横井小楠は、まさに明治新政府の土台となる政治思想を明確に解き明かした、維新の人物中の大人物です。
勝海舟は「氷川清話」の中で、横井小楠を次のように書いています。
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おれは今までに、天下で恐ろしいものを二人見た。
それは横井小楠と、西郷南州だ。
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その横井小楠は、「開国を進めて日本をキリスト教に改宗させようと化している」という、まったくのデタラメ、でっちあげで中傷され、辱められ、武士資格まで剥奪されました。
なんと横井小楠を貶めようとした人々は、、横井小楠の「偽書」までねつ造して彼を貶めています。
そして横井小楠は、「秘かに皇室転覆を企てたとする容疑」で告発されたのです。
彼の生涯は、貶められ、辱められ、侮辱され、中傷され、嘲笑され続けた生涯です。
そして横井小楠は、倒幕派であり尊王攘夷派である十津川郷士によって、京都で暗殺されました。
志を同じくすると信じた味方に裏切られ、殺害されたのです。
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