今回のアシアナの事故も、同様のコミュニケーション・エラーがあったのでは? | 日本のお姉さん

今回のアシアナの事故も、同様のコミュニケーション・エラーがあったのでは?

2013年7月13日発行JMM [Japan Mail Media] No.748 Saturday Editionsupported by ASAHIネット
■ 『from 911/USAレポート』第635回
「アシアナ航空のボーイング777機に何が起きたのか?」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
私には全く人ごとではありません。7月6日(土)にサンフランシスコ国際空港
(SFO)で着陸時に事故を起こしたボーイング777というのは、現時点では長距
離国際線用の機材としては世界的なスタンダードになっており、私は毎年100時間近く搭乗しているからです。1995年のローンチ直後に、ローンチング・カスタマーの旧ユナイテッドの大西洋横断線で初めて経験して以来、恐らく1200時間ぐらいは乗っているでしょう。
最初にこの「777」のコンセプトを聞いた時には747?400並の航続距離を
「エンジン2発の双発機」でというのには抵抗がありました。ですが、実際の機体を目にした際には専用に開発されたエンジンの巨大な存在感と、離陸時の豪快な加速感、そしてクルージングに移った際の静粛性などに感服する中で、そうした懸念は消えていったのを覚えています。
勿論、この機種の開発意図は燃費の向上であり、そのためだけに開発されたと言っても過言ではないのですが、飛行機としての完成度も相当なものであり、就航から18年経過した現在、ほぼ完全に747と置き換わってしまった(747?8という高効率の新型もあるにはあるのですが)のも当然だと思います。
また事故現場となったSFOというのは、年に2~3回はトランジットやステイで
利用する空港です。問題の「ベイ」の海上から進入する28L滑走路も、何度もランディングを経験しています。アシアナ航空(OZ)は最近は安いチケットが出ないので余り乗っていませんが、アライアンスの関係で乗ったことは何度もあります。そんなわけで、私は事故直後から関心を持って報道に注目していたのです。
それにしても、仁川=SFOの直行便と言えば、太平洋横断フライトの中でも花形路線の一つと言っていいでしょう。そのOZ214便として着陸直前であった、777?200ERの機体識別番号HL7742という機に一体何が起きたのでしょうか
現時点では、米国の航空当局(NTSB、運輸安全委員会)がオレンジ色のボイスレコーダーと、フライトレコーダーをワシントンDCに空輸して解析中であるのと、SFOではパイロットへの聴取が進んでいるので、事故の詳細に関しては発表を待ちたいと思いますが、とりあえず論点を整理しておこうと思います。
まず事故の第一報を聞いて、私は一瞬エンジントラブルを疑いました。SFOと言えば、濃霧の発生が有名であり、私自身が巨大な雲海に沈むような下降と霧雨の中のランディングというのは何度も経験しています。だからこそ、着陸時には洗練されたILS(計器着陸システム)があるわけで、また28番滑走路へ進入する際には、海上に多くの誘導灯が設置してあるなど空港として万全のインフラがあるという印象があります。
ですから、最後に推力が落ちて失速しかけたというのであればエンジン故障だろうと思ったのです。例えば、777の場合は2008年の1月にBA(ブリティッシュ・エアウェイズ)の38便が北京からロンドンのLHR(ヒースロー)に飛んできて
最後にエンジンの推力が出なくなって似たようなハードランディングになったということがあります。
この時には、厳寒期のシベリア上空を長時間飛行する中で、燃料に混入した水分から氷が生成されて、それが燃料供給パイプのフィルターに詰まってしまい、双発エンジンの両方とも「エンスト」してしまったのです。事故としては、滑走路手前の草地にエンジンの推力ゼロのハードランディングになり、発火して残存燃料に引火、機材は全損になりましたが、乗客乗員は全員が脱出に成功しており、死者はゼロで済んでいます。第一印象としては今回の事故は、これに極めて類似しています。
ところで、777という機種に関しては、機体全体の設計と最終組立はボーイング
社ですが、エンジンは業界の主要3社がそれぞれ独自に作ったものの中から選べるようになっています。3社というのは、米国のGE(ゼネラル・エレクトリック)、PW(プラット・アンド・ホイットニー)そして英国のRR(ロールス・ロイス)で、
この場合はBAですから当然にエンジンは自国のRRをチョイスしています。そのRRのエンジンに問題が出たわけです。
この「燃料内の氷生成」問題は、その後緊急に改善措置を行なって今は懸念が払拭されていますが、一方でGE製のモデルでも、つい最近問題が出ています。というのは、同じ777の胴体を長く伸ばし、かつ航続距離を拡大した777?300ERというモデル用のエンジン、GE90?115Bというタイプで、続けて「飛行中にエンジンが停止する」というインシデントがあったからです。こちらの方は、エンジンの推力を燃料ポンプに伝える「ギヤボックス」に脆弱な部分があったということで、GEは緊急対策を行なっています。
そんなわけで、エンジンの推力が出なくなって失速しかけたのかもしれない、そんな第一印象を持ったのですが、これは違うようです。何と言っても、事故機のエンジンのチョイスはPW製だったからで、問題を起こしたRR製でもGE製でもないからです。ちなみに、GEのエンジンも、事故機のような「777?200」用のものには問題は出ていません。結果的に、フライトのデータ解析によれば、最後までエンジンの出力は出ていたと報告されています。
そうなると、操縦ミスという可能性が濃厚になります。報道によれば、アメリカの
NTSB(運輸安全委員会)は、事故機を操縦していたのは「777の飛行実績が43時間しかない」この機材のパイロットとしては経験の薄い操縦士であったとしています。同操縦士は「777でSFOに着陸するのは初めて」だったそうです。また、隣に乗っていた指導教官は777の飛行に関してはベテランだったそうですが、指導教官としては経験不足(教官としては初のフライト)であったというのです。
アメリカでは、この報道によって「今回の事故は人為的ミス」というイメージが拡
散しています。そこで思い起こされるのは、ここ30年以上にわたって「機長と副操縦士の上下関係」が問題視されてきたということです。つまり「格下の副操縦士は、格上の機長に対して異議を唱えることができない」というカルチャーがあるために、コックピット全体としての判断が合理的なものから外れるという問題です。
この点に関しては、例えば1994年に名古屋(小牧市)で発生した中華航空14
0便の事故が思い起こされます。この事故については、エアバス機の設計思想が「手動で入力した操作よりも、作動中の自動操縦が優先される」という思想で作られていたために、緊急時に「手動での上書き操作」に戸惑うという問題が指摘されましたが、同時にコックピット内で「上下の意思疎通に失敗した」という評価もされています。
韓国の航空会社では、1997年に大惨事となったグアムでの大韓航空の801便墜落事故があります。この事故では、極度の疲労のために判断力の低下していた機長に対して「格下の」副操縦士が適切な「警告」を発することができなかったコミュニケーション・エラーが原因とされています。
ちなみに、こうした「上下関係によるトラブル」というのは、アジアの航空会社だ
けが問題になっているのではなく、1977年に発生したカナリア諸島での「ジャン
ボ2機の衝突」という悲惨な事故の際に、その要因の一つとしてオランダKLM機のコックピット内の「上下関係」が指摘されたというケースもあります。要するに「他機が滑走路上にいるのでは?」という機関士の警告を、機長が無視したというのです。
日本でも、2003年のエアー・ジャパン(ANA系列)機の成田でのオーバーラ
ンというインシデントの際に、同様の問題があったとされています。機長の操縦ミスで速度オーバーになっていた際に、副操縦士が指摘できなかったのです。
今回のアシアナの事故も、同様のコミュニケーション・エラーがあったのでは?
私はそう考えたのですが、少し見てゆくと、今回は「訓練生である副操縦士が操縦」していたわけで、操縦ミスに対して機長が遠慮して何も言えなかったという可能性は低いように思います。反対に、訓練生が萎縮していて「疑問があっても聞けなかった」ということ、あるいは機長が「非常に突き放した態度」で「援助をあえてしなかった」という可能性はあったかもしれませんが、いずれにしてもカルチャーとか、コミュニケーションの問題にしてしまうには、余りに謎が多すぎます。
ここへ来てNTSBのデボラ・ハースマン委員長は非常に慎重になっており、肝心
の部分がなかなか発表されなくなっています。どうやら、今後の調査は相当に長期化するかもしれません。ですから、本稿の時点では結論や仮説めいたコメントは不可能です。ですが、調査が長期化するからこそ、疑問点を念頭に置きながら報道を見てゆくことは重要だと思うのです。
これからの事故調査に関して、注目していくべき点は次の2点だと思います。
まず空港の側の問題です。事故の発生したサンフランシスコ国際空港では、滑走路の改良工事を進めていました。そのために具体的には2点の問題が出ています。一つは「滑走路の開始位置の変更」です。この変更は、事故の数日前に行われており、構造は変わっていないのですが従来は滑走路として着陸して良かった護岸近くの100メートルを「誘導路」エリアに変更しているようです。そのために、着陸機は基本的に「従来より100メートル奥に行ってから着陸する」ような変更を通知されていたはずです。
この点に関してですが、アメリカ側の報道(例えば「ウォール・ストリート・ジャ
ーナル」)では「以前より目標が100メートル奥になっていたので良かった。そう
でなければ海中に墜落していた」という航空関係者の証言を紹介していますが、逆に「100メートル奥になっているという変更」が周知徹底していないために「早すぎる降下」になったという可能性も排除できません。
もう一つ、空港の関係では工事の影響でILS(計器着陸装置)のうち、着陸進入
時の高度の誘導を行うGP(グライドパス)の電波が使えなくなっていたという報道が一部にあります。今回の事故では、ILSに誘導されての着陸ではなく、目視による手動操縦での着陸が行われたというのですが、それが「空港側に問題があった」からなのかどうかというのは、重要なポイントになります。
勿論、これは事故機の側の問題でもあります。ILSがダメだから最初から目視による手動での着陸を計画していたのか、その場合に訓練目的で「わざと操縦士を突き放す」ように手動でやらせたのかというのは重大な疑問点になります。
また、操縦士が「素人」であり、ILSも動いていないという状態が「問題」であれば、777のベテランである機長が着陸を代わるとか、訓練を強行するにしても管制塔による音声誘導を要求するというようなことができなかったのかという問題もあると思います。
仮に、とにかくILSは動かないし使わない、だが好天で視界も良いので訓練目的で「目視による着陸」をすることにしたとします。では、どうして異常な着陸になったのでしょう? これまで発表されているデータに基いて航空関係者が指摘しているのは、「降下を進めた時点では高度が高すぎ、速度も早すぎた」「そこで降下は急速な降下になった」「エンジンの推力を落としつつ急速に降下したので速度が異常に下がった」「そのために失速の危険が出た」「(恐らくは)着陸復行を企図して推力を上げたが間に合わなかった」というストーリーです。
仮にそうだとすると、事故を起こしたこの訓練中の操縦士は「777の機体特性に慣れていなかった」か、もしくは「オートスロットル(自動速度調整装置)」の使用で重大な勘違いをしていたという可能性があります。機体特性ということでは、この操縦士は747の経験はあるというのですが、仮に747から移って来たとすると、まず777の場合はコックピットが「地上5階のビルの上(747)」から「自然な低位置(777)」に大きく変わります。
また、着陸時の速度は747の方が遅い、また大きな747は急な減速ができないといった特性を考えると、全くの推測ですが「この操縦士は777という機材に対して、747のような操縦感覚」を持っていて、そのために「慌てて降下して減速させた」のかもしれません。いずれにしても航空業界はこうした国際定期便の運行に関しては「機種ごとの免許」を取得することを義務付けているので、747のキャプテンが777に移行する場合は、十分な訓練を経て新免許の交付を受けないといけないことになっています。
もしかしたら、この機種別免許の制度がどこかで形骸化しているのかもしれません。
いずれにしても、単純な操縦ミスということではなく、指導教官である機長とのコミュニケーション、そもそもILSは動いていたのか、慣れない777で初めてのSFOへILSの誘導なしに目視で突っ込んだ、しかも管制塔から音声での誘導もなかったというのは、総合的なシステム・トラブルという見方で見てゆく必要があると思います。
その一方で、今回の事故は航空機技術や安全管理の進歩を感じさせる点も多くありました。まず、機材ですが、最近の座席に対する安全基準の徹底というのはやはり効果があると感じさせられました。例えば、ANAが777の「300ER」という新機種を導入する際に「プレミアム・エコノミー(PY)」というクラス用の新型シートに問題が出たことがあります。「強度不足」のために初期型のシートが「不採用」になり、長い間「新型機に限ってPYがない」という状態が発生したのですが、こうした安全優先の判断の重要性を今回の事故では改めて痛感させられました。
また、777の機体ですが、護岸に衝突した部分がラッキーであったということも
ありますが、圧力隔壁から前のキャビンは破損せずに乗客を守ったわけで、この点では胴体の設計思想が正しかったのだと思われます。また、空港の消防隊が「キャビンに直接可動式のホースを突っ込んで消火する」という化学消防車を使って、火災の規模を抑えたこと、それ以前に消防隊が「爆発炎上直前の機内」に入って「乗客のシートベルトを切って回ったり、乗客が全員避難したのかを確認する」など、危険を冒しての救助活動をしていたというのが印象に残りました。
その緊急車両が、外に投げ出されていた1名の乗客を事故死させてしまったという可能性もあるようで、これは事実とすれば誠に残念なことですが、極めて早い時点でそのような情報公開がされたというのは評価されるべきだと思います。
一部の報道によれば、韓国では、操縦ミスという印象を与えるようなアメリカの当局の発表には不満が出ているようです。これに対して、アメリカ側も色々と気遣いを見せていますが、とにかくパイロット個人の責任、あるいは教官を含めた2名の問題というだけで、問題を収める方向に行くのは問題だと思います。全体的な「操縦士への機種別免許制度」の問題、ILSをめぐる「使用不能時の対応の基準」など、世界の統一ルールとして問題意識を持って再発防止に努めて欲しいと思うのです。
世界的には、この事故だけでなく今週は様々な運輸交通関係の事故が起きています。
鉄道では、カナダのケベックでの石油輸送貨車の暴走炎上爆発事故では、巻き込まれた地元住民に40名前後の犠牲者が出ているようです。ちなみに、このカナダでの事故は大惨事なのですが、少なくともアメリカの報道では、アシアナ航空機事故のニュースの影に隠れてしまった感があります。また同じ鉄道関係では、フランスではパリ近郊での脱線事故で少なくとも8名が死亡しています。航空機の話題に戻りますと、電池からの発火や配線ミスなどの問題で一時期飛行停止となっていた787がロンドンのヒースローで駐機中に火災を起こしています。
交通機関の安全という点では、日本には先進的なノウハウがあるわけで、その知識と経験を国際的に役立てるような動きがもっとできないのかと思います。パイロットの新機種へ移行時の訓練であるとか、貨物列車の停車中の管理であるとか、日本の安全思想をどんどん発信して、国際的なスタンダードにしてゆくことなどを考えて行きたいと思うのです。
----------冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ
消えたか~オーラをなくしたオバマの試練』。訳書に『チャター』がある。 最新作
は『場違いな人~「空気」と「目線」に悩まないコミュニケーション』(大和書房)。
またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
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●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。
JMM [Japan Mail Media] No.748 Saturday Edition【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】101,417部