これから海水注入の中断を指示するが、絶対に注水をやめるなー吉田元所長 | 日本のお姉さん

これから海水注入の中断を指示するが、絶対に注水をやめるなー吉田元所長

吉田元所長死去に悼む声ネットに溢れる
「国葬にすべきだ」「本当に尊敬・信頼できるリーダーがいたことに感謝します」……J-CASTニュース 7月9日(火)18時51分配信
東日本大震災発生時に東京電力福島第1原子力発電所の所長を務め原発事故対応の現場指揮にあたった吉田昌郎(よしだ・まさお)氏が2013年7月9日11時32分、食道がんのため都内の病院で死去した。58歳だった。
東京電力が9日発表した。葬儀・告別式の日程は未定。
■被爆量は70ミリシーベルト「事故による被爆の影響の可能性きわめて低い」
吉田氏は大阪府の生まれ。東京工業大学大学院で原子核工学修了。1979年東京電力に入社、2010年6月から福島第一原子力発電所所長。11年3月の東日本大震災による原発事故に際しては、現場のトップとして指揮をとった。事故発生翌日の3月12日、本店からの海水注入中止命令を受けながら、独断で続行したことで知られる。11年12月1日付で病気療養のために所長職を退任し、本店の原子力・立地本部事務委嘱の執行役員に。12年7月には脳出血で緊急手術を行っていた。
NHKによると、事故発生から退任までに吉田元所長が浴びた放射線量はおよそ70ミリシーベルト。東京電力はこれまで「被ばくが原因で食道がんを発症するまでには少なくとも5年かかるので、事故による被ばくが影響した可能性は極めて低い」と説明している。
吉田氏自身も12年1月、フライデーのインタビューに応えて、「(食道がんの)今の病状だけで言えば、放射線の影響は直接ないんじゃないかなあ、と私もそう思っています」と話しつつ、事故対応のストレスが原因と示唆していた。同インタビューではまた、現場復帰して「死ぬまで福島の人たちへのなんらかのサポートをしていきたい」との意欲も覗かせていた。
「特別功労者として国葬として現内閣に進言すべき」
東電の廣瀬直己社長は9日、「吉田さんの思いを胸に、吉田さんが命を賭して守った福島の復興に向けて全力で取り組んでまいります」とするコメントを発表した。
「官邸・東電本店に挟まれながら日本を瀬戸際で救った方だと思う」――ネットは吉田氏の死を悼む声で溢れかえっている。
お笑い芸人のほっしゃんは「吉田さんがいなかったら、確実に日本は終わってた。ありがとうございました。お疲れ様でした。心よりご冥福をお祈りします」、みどりの党・谷岡郁子参議院議員は「東電福島第一発電所の元所長、吉田昌郎さんが死去。いろいろな思いを胸に逝かれたのだろうと思うと胸が痛みます。不十分な準備、本店のいい加減さの中で現場をよくまとめられました。合掌」とそれぞれツイートした。
また、「あの事故の後、ほとんど休まず帰宅せず現場を指揮しつづけ、作業員の方々を励まし、東電本店からの無体な指示に罵声をあげ海水注入をし続けたと聞いています。どうか、安らかに」「身体を張って、本店の命令に背いて指揮をとり、被害を最小限にとどめた、国の恩人です。合掌。あの事故の本を何冊か読みましたが、本当に尊敬・信頼できるリーダーがいたことに感謝します」「良い人ほど先に逝ってしまうなぁ。どうしようもないのばっか長生き。吉田昌郎様…ありがとうございました。合掌」「吉田氏の努力は当時の民主党は勿論、国会議員や東電の上層部は特別功労者として国葬として現内閣に進言すべき東日本大震災へ功労ぶりには後世に伝える義務が今生きている国民にあると考える。吉田元所長の御冥福を心より御祈り申し上げます」と一般の人からも感謝の言葉が相次いで寄せられている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130709-00000006-jct-soci
吉田元所長、闘いの連続 原発と東電本店と官邸と
朝日新聞デジタル 7月10日(水)5時55分配信
吉田元所長、闘いの連続 原発と東電本店と官邸と
福島第一原発の免震重要棟で、報道陣の質問に答える吉田昌郎所長(中央)。右隣は細野豪志原発相(いずれも当時)=2011年11月12日、福島県大熊町
東京電力福島第一原発事故当時の所長、吉田昌郎さん(58)が9日、亡くなった。メルトダウン事故で建屋が爆発し、極限状態の中で復旧の指揮を執った。高い放射線、混乱の中での東京の東電本店や首相官邸からの矢継ぎ早の指示。闘いの連続だった。
震災翌日の2011年3月12日、事故の拡大を食い止めるため、吉田さんは官邸にいた東電上層部の意向に反する行動をとる。
午後7時過ぎ、1号機の原子炉を冷却する淡水がなくなり、現場では海水の注入を始めた。直後、官邸に詰めていた武黒一郎フェロー(当時)から吉田さんに電話が入った。「今官邸で検討中だから、海水注入を待ってほしい」
本店とテレビ会議で対応を相談。本店側は中断もやむを得ないと判断したが、吉田さんは海水注入を止めれば事故が悪化すると考えた。担当者を呼んだ。
「これから海水注入の中断を指示するが、絶対に注水をやめるな」とマイクに拾われないように小声で指示し、海水注入を続けた。
.朝日新聞社
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130710-00000007-asahi-soci