日中国交正常化の際は、NHK記者として田中訪中に同行した渡部 亮次郎が証言する
わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 2968号
2013(平成25)年6月5日 (水)
野中発言は「売国的」だ
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渡部 亮次郎
野中広務元官房長官が、中国共産党幹部との会談で、1972年の日中国交正
常化交渉の際、当時の田中角栄首相と中国の周恩来首相との間で、沖県・
尖閣諸島について「領土問題棚上げで合意していた」と発言して問題なっている。
日本政府は完全否定したが、事実はどうなのか。
元NHK政治部記者で、園田直元外相の政務秘書官を務めた渡部亮次郎氏(77)が緊急寄稿した。
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私は、日中国交正常化の際は、NHK記者として田中訪中に同行し、日中
平和友好条約締結の際は、園田外相の政務秘書官として立ち会った。
田中・周会談に同席した二階堂進官房長官からは「尖閣棚上げ」について一切発表はなかった。後日、田中氏が親しい記者を通じて発表した後日談
にも「棚上げ」のくだりはない。
その後、私は外相秘書官となり、当時の関係者に聴取したところ、事実は
以下のようだった。
尖閣諸島は歴史的にも国際法上も日本領土だが、中国は東シナ海に石油埋蔵の可能性が指摘された70年代以降に領有権を主張し始めた。
このため、田中氏から「中国の尖閣諸島に対する態度をうかがいたい」と切り出すと、周氏はさえぎるように「今、この問題には触れたくない」といい、田中氏も追及しなかったという。
私も同席した78年の日中平和友好条約の締結交渉では、園田外相は福田赳
夫首相の指示に基づき、「この際、大事な問題がある」と、最高実力者
だったトウ小平に向かった。すると、「あの島のことでしょう。あのこと
は次の世代の知恵をまつことにしましょう」と話し合いを拒否したのだ。
中国側はこうした経緯に基づき「棚上げ」を既成事実化しようとしているが、説明したとおり「棚上げで合意」などあり得ない。
中国が勝手に先送りしただけであり、私自身が生き証人である。
野中氏はこれを中国側の都合のいいように誤解し、結果的に中国側に加担している。
日本政府が「日中間に領土問題は存在しない」という限り、中国は尖閣領
有の手掛かりを国際的に失うが、日本に「棚上げ」を認めさせれば「手掛
かり」を得るわけだ。
こう考えれば、今回の野中発言は「売国的」というしかない。
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尖閣「棚上げ合意」はありえない
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杉浦 正章
“臭気ふんぷん”の野中発言を検証する
田中・周恩来会談で尖閣問題で「棚上げ合意」があったとする自民党元幹
事長・野中広務の誤算は、まだ「生き証人」がいっぱいいることを失念し
ていることであろう。
72年の会談に携わった外交筋は「死人に口なしだと思ったら違う。本筋を
知っている人は多い。」と、合意の存在を真っ向から否定する。事実筆者
も田中角栄から尖閣への言及について「あのまま帰ったら、右翼に殺され
ちゃうから触れただけだ」と聞いたことがある。
野中は中国ペースに引きずり込まれたか、自らそのペース乗ったかのいず
れかであろう。疝気筋の“ねつ造”は国益を害すること甚だしい。
北京の記者会見における野中発言は、1972年9月の日中国交正常化首脳会
談直後に箱根で開かれた自民党田中派の青年研修会で、田中が「尖閣諸島
の領有権について日中双方が棚上げを確認したと」語ったというものである。
野中は中国共産党政治局常務委員・劉雲山に対しても「田中氏は双方が棚
上げし、そのまま波静かにやっていこうという話をしていた」と伝えた。
さらに野中は「当時のことを知る生き証人として、明らかにしたいという
思いがあった。私としては、なすべきことをしたという思いだ」と胸を
張ったが、一連の発言は直感的に見ても論理上も全く“臭気ふんぷん”たる
ものである。
まず第一に田中は外務省の中国課長・橋本恕(のち中国大使)の徹底的なレ
クを受けて、すべてがピシリと頭に入っていた。天才政治家が命がけで
行った交渉である。理論武装は完璧であり「棚上げ合意」などという、日
本の対中外交にとって致命的な発言をすることはあり得ない。
尖閣は日本固有の領土であり、交渉の対象にはなり得ないのだ。
次に箱根の研修会は議員に対してではなく地方党員向けのものであった。
当時野中は京都府会議員であり、その程度のレベルの党員らに対して外交
の核心部分を打ち明ける可能性はゼロと言ってもよい。
官房長官・菅義偉が4日午前「自民党を離党された方だ。政府として一個
人の発言にいちいちコメントすることは差し控えたい」とまず野中を“軽
蔑”する発言をした。
その上で、「中国側との間で、棚上げや現状維持で合意した事実はない
し、棚上げすべき問題も存在しないのが政府の公式的な立場だ」と真っ向
から否定した。外相・岸田文雄も「わが国外交の記録を見る限りそういっ
た事実はない 」と否定した。
そもそも「棚上げ」という言葉は、72年の首脳会談からかなり後に中国
側が使い始めたものであり、顕著な例がトウ小平の発言だ。
トウ小平は1978年に日本記者クラブにおける会見で「一時棚上げにしても
かまわないと思います。10年棚上げにしてもかまいません。我々の、この
世代の人間は知恵が足りません。次の世代は、きっと我々よりは賢くなる
でしょう。そのときは必ずや、お互いに皆が受け入れられる良い方法を見
つけることができるでしょう」と発言している。
従って田中・周会談で出る言葉ではない。岸田が述べる「我が国外交記
録」でも全くその発言はない。外務省の記録はねじ曲げられているという
学者がいるから、中国側の資料を紹介する。
首脳会談に同席した中国外交部顧問・張香山の回想記は次のようなやりと
りを紹介している。会談の最後の場面で田中が切り出した。
田中:一言言いたい。中国の尖閣列島に対する態度如何をうかがいたい。
周恩来:この問題について今回は話したくない。今話しても利益がない。
田中:私が北京に来た以上提起もしないで帰ると困難に遭遇する。今私が
ちょっと提起しておけば彼らにも申し開きが出来る。
周恩来:もっともだ。そこは海底に石油が発見されたから、台湾はそれを
取り上げて問題にする。現在アメリカもこれをあげつらおうとし、この問
題を大きくしている。
田中:よしこれ以上は話す必要がなくなった。またにしよう。
周恩来:またにしよう。いくつかの問題は時の推移を待ってから話そう。
田中:国交が正常化すればその他の問題は解決出来ると信ずる。
この会談で特筆すべきは田中が冒頭で筆者に語ったように、自民党右派や
右翼の動きを気にしていることだ。「私が北京に来た以上提起もしないで
帰ると困難に遭遇する。今私がちょっと提起しておけば彼らにも申し開き
が出来る」と述べたと言うことの意味は、国内対策で一応触れただけと言
うことであろう。従って「棚上げで合意」を目指したような大げさなもの
ではさらさらない。
折から中国は人民解放軍の副総参謀長・戚建国が2日尖閣問題の棚上げを
主張しており、野中はこうした中国側の意向を「忖度(そんたく)」して
「死人に口なし」発言を“ねつ造”した感じが濃厚である。政府筋も「中国
に都合がよいように言わされているだけだ」と指摘している。
野中は帰国後も「私は今回のことを言うために中国に行ったのであって、
撤回などしない」と強弁。中国に利用されたという指摘に対し、「利用さ
れたくないし、中国の人も利用しようとは決して思っていない」と発言した。
しかし検証すればするほど、怪しげな姿が浮かび上がってくることは否め
ない。京都府議レベルよりも田中に格段に近かった筆者も「絶対なかっ
た」と断言しておこう。
(政治評論家)<2013年06月05日>
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中国の宣伝戦に手貸すな
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古澤 襄
産経新聞は論説に当たる「主張」で野中・北京発言を厳しく批判した。同
席した古賀誠(自民)、仙谷由人(民主)両氏も中国の反日宣伝に加担し
たものとして同罪であろう。
<野中広務元官房長官が北京で中国共産党の劉雲山政治局常務委員ら要人
と会談し、「尖閣諸島の棚上げは日中共通認識だった」と伝えたことを、
会談後の記者会見で明らかにした。
1972(昭和47)年の日中国交正常化交渉の際、当時の田中角栄首相と中国
の周恩来首相との間で合意があったという趣旨の話を、田中氏から後に聞
いたという内容だ。しかし、伝聞に基づく発言で、確たる証拠はない。
岸田文雄外相は「外交記録を見る限り、そうした事実はない」と否定し、
「尖閣諸島は歴史的にも国際法的にも日本固有の領土だ。棚上げすべき領
土問題は存在しない」と述べた。当然である。
尖閣棚上げ論は、中国の最高実力者だったトウ小平副首相が持ち出したも
のだ。日中平和友好条約調印から2カ月後の78(昭和53)年10月に来日し
たトウ氏は「10年棚上げしても構わない。次の世代の人間は、皆が受け入
れる方法を見つけるだろう」と述べた。
その年の4月、中国の100隻を超える武装漁船群が尖閣諸島周辺で領海侵
犯による威嚇を繰り返した事件から半年後のことだ。当時の福田赳夫内閣
はトウ氏の発言に同意しなかったものの、反論しなかった。不十分な対応
だった。
しかも、中国はトウ氏の「棚上げ」発言から14年後の92(平成4)年、尖
閣を自国領とする領海法を一方的に制定した。そもそも、中国に「尖閣棚
上げ」を語る資格はない。
野中氏の発言に先立ち、シンガポールのアジア安全保障会議で、中国人民
解放軍幹部が「(尖閣の領有権)問題を棚上げすべきだ」と蒸し返した。
これに対し、菅義偉官房長官が「尖閣に関し、解決すべき領有権問題は存
在しない」と反論したのも当たり前だ。
尖閣棚上げ論には、1月下旬に訪中した公明党の山口那津男代表も「容易
に解決できないとすれば、将来の知恵に任せることは一つの賢明な判断
だ」と述べた。同じ時期、鳩山由紀夫元首相は中国要人に、尖閣は「係争
地」との認識を伝えた。
今回の野中氏の発言も含め、中国メディアは大きく報じた。中国の真の狙
いは尖閣奪取だ。訪中する日本の政治家は、自身の国益を損ないかねない
発言が、中国の反日宣伝に利用される恐れがあることを自覚すべきであ
る。(産経)>
2013.06.05 Wednesday name : kajikablog