ハフィントン・ポストとは何か? | 日本のお姉さん

ハフィントン・ポストとは何か?

ハフィントン・ポストとは何か? 米国に見える新興ネット・メディアの可能性
日経トレンディネット 5月10日(金)8時56分配信

米国の主要ネット新聞の一つである「ハフィントン・ポスト」が2013年5月7日、日本版のサービスを開始して注目を浴びた。米国で2005年に僅か100万ドル(約1億円)の資本金と数名のスタッフで始まったハフィントン・ポストは、その後、急成長し、今ではニューヨーク・タイムズ電子版と同じくらいのページ・ビューを稼ぐと言われる。

この実力を買われ、2011年には米ネット大手のAOL(アメリカ・オンライン)が3億1500万ドル(300億円以上)でハフィントン・ポストを買収。
しかしその編集権は同紙創設者・編集長のアリアナ・ハフィントン氏が引き続き持つ上、AOL本体が流すニュースやコンテンツの編集権までハフィントン氏に委譲された。
一体、どっちがどっちを買収したのか分からないほど、ハフィントン・ポスト側に有利な結果となった。

徹底したトラフィック流入策でブレーク

米国で数あるネット新聞の中、なぜハフィントン・ポストは成功したのか?
少なくとも創設当初は、ハフィントン氏の持つ幅広い人脈が功を奏したと見られる。
長年にわたって政治コメンテーターとしてテレビに出演し、政財界とのつながりも深く、自身もカリフォルニア州知事選挙に立候補した経験を持つハフィントン氏は、米社交界の花形として一声かければ、どんな著名人や権力者でも同紙に寄稿するほどの力を持っている。

例えば同紙創刊号の紙面を飾った一人は、米国の伝説的ニュースキャスター、ウォルター・クロンカイト氏であり、オバマ大統領が宗教を巡るスキャンダルに巻き込まれたときも、その弁明に使ったのはハフィントン・ポストのブログだった。

このようにハフィントン・ポストへの注目度を高めたのは彼女の人脈だったが、同紙のビジネス的な成功をもたらしたのはむしろ、2007年に同紙CEO(最高経営責任者、当時)に就任したベッツィー・モーガン氏と見られている。
同氏はサイトのページ・ビューや広告収入などについて厳しいノルマを課し、これを達成するために、いわゆるSEO(検索エンジン最適化)対策を徹底的に進めた。

検索エンジンにかかりやすい記事とは、お堅い政治・経済ニュースよりも、テレビ芸能人や映画スターのゴシップ・ネタとか、「10日間で10ポンド(4.5キロ)痩せるには?」といった記事である。
ハフィントン・ポストは元々、硬派の政治メディアとしてスタートしたが、トラフィック重視の姿勢を鮮明に打ち出してからは、その手の下世話な記事やブログが多くなった。

ネット新聞というよりIT企業と捉える向きも

ハフィントン・ポストの読者重視の姿勢は徹底しており、どんなに良質のジャーナリズム記事でもアクセス回数が少なければ、あっという間にサイトの奥深くに埋もれてしまう。逆に、どれほど下世話で文化的価値の低い記事やブログでも、そのアクセス回数が多ければ、ページ冒頭のデカデカとした見出しが特徴のトップ記事として、延々とサイトで表示され続ける。
これは(少なくとも米国では)人間の編集者が決めているのではなく、サイトに実装された選択アルゴリズム(つまりソフトウエア)が決めている。


ハフィントン・ポストの最大の長所は、専属記者や寄稿ブロガーらが単に記事を流すだけではなく、それに対する読者の反応(コメント数)が多いことと言われる。これは前述のような、徹底した読者重視の姿勢がもたらした結果なのである。要するにサイト上で、多くの読者が色々な話題で盛り上がりやすい土壌を形成したのだ。

その際、誹謗中傷で場が荒れるのを防ぐため、人手以外にも「ジュリア(JuLiA)」と呼ばれるAI(人工知能)技術などによって、悪質なコメントを削除していることでも知られる。こうした技術重視の姿勢はその後、フェイスブックやツィッターなどソーシャル・メディアの普及に伴い、これらも巻き込んでのトラフィック流入技術として引き継がれている。このため現在のハフィントン・ポストは、単なるインターネット新聞というより、むしろグーグルやフェイスブックのようなIT企業の一種として捉える向きもある。

過渡期の米ジャーナリズムを映し出す鏡

ハフィントン・ポストはまた、次世代ビジネス・モデルへの移行期に入った米国の伝統的な新聞業界を映し出す鏡でもある。米国では地方紙はおろか、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストのような世界的な影響力を誇る有力紙まで、紙の新聞の発行部数と広告収入の急減に悩んでいる。
こうした伝統的メディアの人員削減策の一環として、早期退職した有能な記者や編集者が、ハフィントン・ポストをはじめとするインターネット新聞に続々と入社した。


これら新興のネット新聞としては、ハフィントン・ポスト以外にも、有力政治家の動きを常時ウォッチするという超ニッチな政治新聞「ポリティコ(Politico)」、良質ジャーナリズムを維持するために設立され、富裕層の寄付金などをベースに運営される非営利団体「プロパブリカ(ProPublica)」などが知られる。


2010年のプロパブリカを嚆矢として、これらのインターネット新聞はいずれも、米国で毎年最高の報道に与えられる「ピュリッツァー賞」を受賞するなど、報道面での実力を蓄えている。

直近では、独自の編集室すら持たず、全米各地で活動する数名のジャーナリストがスカイプなどビデオ会議で相談しながら記事を書く、「Inside Climate News」が2013年のピュリッツァー賞を 受賞し、注目を浴びた。

これは資金力のない新興ネット・メディアでも高水準の報道が可能であることを証明すると同時に、それをきちんと評価できる米報道業界の良識も示した。

一方で、最大の課題はビジネスモデルの確保だ。プロパブリカのような非営利団体、あるいはInside Climate Newsのような独立系メディアが寄付金などに頼っている現状は、伝 統的な報道機関と比べて収益基盤が十分とは言えない。
今後、確固たるビジネス・モデルに基づく次世代ジャーナリズムにどう移行していくのか――。


この点で読者重視のトラフィック対策を最優先するハフィントン・ポストは、そうした課題に対する一つの解を示しているとも言える。が、これは前述のような、極めて米国的な文化風土と報道環境の所産でもある。

従って、日本で始まったハフィントン・ポストが米国のような成功を収めるかどうかは予断を許さない。


実際、日本版ハフィントン・ポストには開始早々、「失敗するだろう」という声も多く聞かれるが、逆にこちらも早計に過ぎるだろう。そうした声の中には、かつて韓国の市民ジャーナリズム・サイト「オーマイニュース」の日本版が失敗したことを引き合いに出す向きもあるが、これとハフィントン・ポストでは背後にある資本力が全然違う。米本国のハフィントン・ポストと日本の提携先である朝日新聞が今後どこまでコミットするかは定かではないが、仮に彼らが長期戦を覚悟で日本語版の運営に当たるとすれば、何かのタイミングでブレークする可能性は十分あるだろう。

(文/小林雅一=KDDI総研リサーチフェロー)
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