中国ハッカー集団NYタイムズ攻撃の意味
中国ハッカー集団NYタイムズ攻撃の意味
Hacking the Old Gray Lady
温家宝の蓄財疑惑報道への報復がメディアの中国批判を萎縮させる
2013年02月13日(水)13時38分
ファハド・マンジュー(スレート誌テクノロジー担当)
[2013年2月12日号掲載]
ジャーナリストたちは注意したほうがいい。中国要人の秘密を探ろうとすれば、中国人ハッカーの逆襲が待っている──先週の米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)の記事からは、そんな警告が読み取れる。
記事によれば、同社のコンピューターシステムは過去4カ月間、中国の人民解放軍との関係が疑われるハッカー集団からサイバー攻撃を受けていた。最も考えられそうな動機は、中国の首相の親族による蓄財疑惑を報じたことへの報復だ。
担当した記者にとってせめてもの慰めは、NYT側もハッカーの動きをつかんでいたこと。蓄財疑惑の取材が始まった当初から攻撃を予想し、通信大手のAT&Tに自社のネットワークを監視させていた。最初にサイバー攻撃らしき動きを察知したのは、蓄財疑惑の記事を掲載したその日だったという。
ハッカーの狙いは、この記事の取材に協力した情報提供者の身元を割り出すことだったとみられている。幸い、「蓄財疑惑の記事に関連し、取材源などの秘密情報が含まれる電子メールやファイルが盗まれた形跡は見つからなかった」と、NYTのジル・エイブラムソン編集主幹は言う。
だがそんなことは気休めにすぎない。NYTは、サイバー攻撃を予期していながら防げなかった。ハッカー集団は、NYTの社員全員のパスワードを盗み出し、そのうち53人のパソコンに侵入した。中国担当記者2人の電子メールアカウントにも入り込んだ。それどころか、ハッカーたちはまだNYTのシステムに侵入し続けている可能性もあると、サイバーセキュリティーの専門家は言う。
情報源にもリスク説明を
ここで最も憂慮すべきは「萎縮効果」だ。NYTが中国からのサイバー攻撃に遭ったというニュースが世界中に知れ渡った今、中国政府に身元がばれる危険を冒してまで取材に応じようとする反体制活動家や内部告発者は減ってしまうかもしれない。
その意味で、サイバー攻撃は極めて効果的だ。言論を封殺するために、過去の権力者は報道機関を閉鎖したり記者を殺したりした。そんな汚れ仕事に手を出す必要はもうない。もっと目につきにくくて効率的な選択肢ができたからだ。
ハッカーには匿名性がある。NYTのシステムに入り込んだのが誰かを特定するのは技術的にほぼ不可能。おかげで、中国側はもっともらしくいつまでも否認し続けられる。
うまくすれば、誰にも気付かれずに目的のものを手に入れることができる。情報提供者や記者の個人情報は脅迫の材料にもなる。
国境も盾にはならない。従来、外国メディアは現地メディアに比べると政府の弾圧を受けにくかった。だが今は、世界のどこにいようと中国のハッカー集団の攻撃から逃れられない。そして残念なことに、ハッキングを完全に防ぐのはほぼ不可能だ。
この事件から学ぶべき教訓は2つある。1つは用心を怠るな、ということ。
NYTの被害も、スタッフの1人が勧誘メールを装って個人情報の入力を求める初歩的なフィッシング詐欺に引っ掛かってしまったところから広がったようだ。
そして、自分も自分のパソコンも無防備だという自覚を忘れずに仕事をすること。取材相手にも事前にリスクを知らせるべきだろう。敵をつくりそうな記事の取材をするときは、自分も同僚も情報源も常に監視されている可能性がある。それでひるむようなら、ハッカーの思う壺になってしまう。
だからこそ、これは極めて憂慮すべき事態なのだ。http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2013/02/ny-3.php
中国、対米サイバー攻撃の脅威
The Art of Cyberwar
サイバー攻撃をめぐる攻防はかつての核軍拡を思わせる。外交による危機回避の枠組みづくりを急ぐべきだ
2013年03月08日(金)15時51分
フレッド・カプラン
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上海郊外のビル。人民解放軍がアメリカへのサイバー攻撃の拠点にしていると報じられた Carlos Barria-Reuters[2013年3月 5日号掲載]
中国人民解放軍は上海郊外のビルを拠点に、アメリカの重要インフラを制御するコンピューターネットワークにサイバー攻撃を仕掛けている──2月中旬、そんな報道が世界を飛び交った。「サイバー戦争」の脅威が現実だということに懐疑的だった人も、これで考えを改めるかもしれない。
といっても中国がある日突然、アメリカの電力網や水道や金融システムを動かしているプログラムを攻撃し、アメリカ経済を崩壊させるというわけではなさそうだ。たとえ中国側が実際に指一本でサイバー攻撃を仕掛けられるとしても、そんなことをして何になるのか。中国経済とアメリカ経済は運命共同体のようなものなのに。
気掛かりなのはむしろ、外交危機や通常の戦争の際に、中国などがサイバー攻撃をちらつかせて自国の立場を強化し、アメリカの立場を弱めようとする可能性だ。
例えば台湾問題や南シナ海の領有権問題でアメリカが介入すれば、中国は報復として米東海岸全域を停電させるかもしれないとしたら、大統領は本格的な軍事介入に踏み切るだろうか。
通常戦争の戦況も左右
いわゆる「エスカレーション・ドミナンス」戦略は、敵に甚大な被害を与えると同時に味方の被害は最小限に抑えて、敵対行為をエスカレートすることができる側が勝利するというものだ。
報復しても無駄だと敵に思わせる。その結果、優位にある側が戦局を左右し、最終的に勝利する可能性がある。
しかし現実の戦争はそう単純ではない。攻撃拡大はリスクを伴う。双方が共に自分の側が優位にあると考えるかもしれない。
優位に立つ側が敵の戦略の優先順位を読み違えることも考えられる。
米大統領は台湾の自由や独立性よりも米東海岸で停電が起きないことのほうを重視する、と中国が考え、誤った作戦を立ててしまうリスクもある。
昨年8月、サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコのファイルの4分の3がコンピューターウイルス「シャムーン」によって突然消去され、星条旗が燃えている画像に置き換えられた。10年にコンピューターウイルス「スタックスネット」の攻撃でウラン濃縮施設の遠心分離機を破壊されたイランが、その黒幕とされるアメリカとイスラエルへの報復に出たとみられている。
つまりイランがアメリカはもちろん、アメリカの通商相手であるアラブの国々をも暗に牽制したというわけだ──そっちが邪魔するなら、こっちも邪魔してやるぞ、と。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2013/03/post-2868.php
新たなサイバーワールドにおける戦争戦略を複雑なものにしている国は、中国に限らない。イランもそうだ。 それでも戦争や危機の際に指導者は敵の戦略を推測する。歴史を振り返れば、降伏を促したのは実際に被った打撃よりも、むしろ将来の打撃に対する不安である場合が多かった。