ユダヤ人はなぜ優秀なのか太田述正コラム#5852(2012.11.18)
太田述正コラム#5852(2012.11.18)
<ユダヤ人はなぜ優秀なのか>(2013.3.5公開)
1 始めに
完結していないシリーズが何本かあるところ、つなぎの意味で、単一のコラム
http://www.slate.com/articles/life/faithbased/2012/11/the_myth_of_jewish
_literacy_maristella_botticini_and_zvi_eckstein_explain.single.html
(11月13日アクセス)をもとに、表記のシリーズをお送りすることにしました。
2 ユダヤ人はなぜ優秀なのか
「・・・世界人口の中で最も小さい割合でしかなく、また、米国と欧州の総人口の1%前後しか占めていないユダヤ人が、ノーベル賞の20%を超え る受賞者を輩出してきたのはどうしてなのか?・・・
<しかも、>米国のユダヤ人は・・・平均的米国人より2倍近く学士号を持ち、4倍を超える修士号/博士号を持っている。
これは、顕著なる経済的優位へと変換される。
米国のユダヤ人は、高い地位の仕事の範疇において雇用される度合いが<平均的米国人より>約33%高いし、ユダヤ人の家計は米国の平均的家計よ りも25%前後高い収入が報告されている。・・・
<これがなぜなのかをを説明しようとする際の>核心的な理論は、ユダヤ人の歴史において目立つ二つの主題を組み合わせることによって通常抽き出 される。
<すなわち、>・・・教育と迫害される傾向<、という二つ>が強調されるのだ。
前者に関しては、タルムード(Talmud)<(注1)>と<タルムードが出来上がった>後のラビ達が、普通初等教育の熱烈なる擁護者であっ て、その最も良く知られた事例として、ユダヤ人少年
がユダヤ人の大人たる彼の到達点を示すために、バルミツバー(bar mitzvah)<(注2)>においてトーラー(Torah)<(注3)>を公衆の面前で読むことが挙げられる。
(注1)「ユダヤ教の伝承によれば、神はモーセに対し、書かれたトーラー<(下出)>とは異なる、口伝で語り継ぐべき律法をも与えたとされる。
これが口伝律法(口伝のトーラー)である。
時代が下って2世紀末ごろ、当時のイスラエルにおけるユダヤ人共同体の長であったユダ・ハナシー(ハナ シーは称号)が、複数のラビたちを召集し、口伝律法を書物として体系
的に記述する作業に着手した。
その結果出来上がった文書群が「ミシュナ」であ る。
本来、口伝で語り継ぐべき口伝律法があえて書物として編纂された理由は、一説には、第一次・第二次ユダヤ戦争を経験するに至り、ユダヤ教の存 続に危機感を抱いたためであるともされる。
このミシュナに対して詳細な解説が付されるようになると、その過程において、現在それぞれ、エルサレ ム・タルムード(またはパレスチナ・タルムート)、バビロニア・タル
ムードと呼ばれる、内容の全く異なる2種類のタルムードが存在するようにな る。
現代においてタルムードとして認識されているものは後者のバビロニア・タルムードのことで、6世紀ごろには現在の形になったと考えられてい る。
当初、タルムードと呼ばれていたのはミシュナに付け加えられた膨大な解説文のことであったが、この解説部分は後に「ゲマラ」と呼ばれるように なり、やがてタルムードという言葉はミシュナとゲ
マラを併せた全体のことを指す言葉として使用されるようになった。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%89
(注2)「ユダヤ教徒の子供は、13歳になった男児がバル・ミツワーと、12歳になった女児がバト・ミツワー・・・と呼ばれるようになる。
意味 はともに「戒律の子」である。・・・ユダヤ教徒が現在のように子供が成人に達したことを祝う習慣は聖書の時代には存在しなかった。
この儀式はキリ スト教徒のなかで多くのユダヤ教徒が暮らすようになった中世以降に、キリスト教の堅信の影響を受けて発達したと考えられている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%
84%E3%83%AF%E3%83%BC
(注3)「旧約聖書の最初の5つの書<(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)>である。
モーゼの五書、律法・・・とも呼ばれる。
こ れらはモーセが書いたという伝承があったのでモーセ五書と言われるが、近代以降の文書仮説では異なる時代の合成文書であるという仮説を立て、モー セが直接書いたという説を否定する。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BB%E4%BA%94%E6%9B%B8
<また、後者の>迫害に関しては、共通観念は、ユダヤ人は、その亡命の歴史の多くの間、土地を所有することが許されなかったため、いかなる地に おいても価値を持ちうる人的資本の形に投資する
ことを強いられた、というものだ。・・・
・・・<ところが、>文字のなかった前近代的農業世界からの<ユダヤ人の>立ち去りが実際に始まったのは<これまで考えられていた頃よ り>1000年も前の、ユダヤ人がおおむね自由に自分
が選択した職業を追求することができた時から<既に始まっていたの>だった。
また、かくも多くの人々が、ユダヤ人の識字率の高さ(universal literacy)を当然視しているけれど、ユダヤ人の過半はユダヤ人としての教育に投資することを欲していなかったことを経済<史>学者達は発見した。
衝撃的なことに、その結果、ユダヤ人コミュニティ<、つまりはユダヤ人人口>の3分の2超が最初の1千年紀の末までに消滅したというの だ。・・・
・・・儀式的犠牲と農業経済を伴った、エルサレムの神殿の重視がその頃までは標準であったところ、・・・<それに対して、>パリサイ派 (Pharisees)<(注4)>は、トーラーの読書、祈
祷、そしてシナゴーグを強調しようとした。
(注4)「ファリサイ派・・・は古代イスラエルの第二神殿時代(紀元前536年~紀元70年)後期<(紀元前2世紀)>に存在したユダヤ教内グ ループ。
本来、ユダヤ教は神殿祭儀の宗教であるが、ユダヤ戦争によるエルサレム神殿の崩壊後<、>ユダヤ教の主流派<は>、ラビを中心においた、 律法の解釈を学ぶというユダヤ教を形作っていくこ
とになる。
現代のユダヤ教の諸派もほとんどがファリサイ派に由来しているという点においても、歴
史的に非常な重要なグループであったと言える。
ファリサイ人、パリサイ派、パリサイ人(びと)などと表記されることもある・・・。
なお、ファリサ イの意味は「分離した者」で、律法を守らぬ人間と自らを分離するという意味合いがあると考えられている。
現在ではファリサイ派という名称は使われ ず、「ラビ的ユダヤ教」、あるいは「ユダヤ教正統派」と呼ばれている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AA%E3%82%B5%E3%82%
A4%E6%B4%BE
<エルサレムの>神殿を強調したユダヤ教内グループ<たる>・・・サドカイ派(Sadducees)<(注5)>は、イエスの頃の少し後で、 ローマによってほぼ全滅させられ<たのに対し、もう一方
の>パリサイ派の指導者達は、タルムードの諸賢人という形で、自分たちのイメージに沿った ユダヤ教を再形成するために大抵の場合無償で土地を与えられたのだった。
(注5)「第二神殿時代の後期・・・に現れ、ユダヤ戦争に伴うエルサレム神殿の崩壊と共に姿を消したユダヤ教の一派・・・<であり、>霊魂の不 滅や死者の復活、天使の存在を否定して<い
た。>
・・・神殿の権威をかさに権勢を誇ったサドカイ派であったが、ローマ軍によるエルサレム神殿の破 壊(70年)と共に、よるべき場所を失い、消滅した。
このため、ライバルであったファリサイ派がユダヤ教の主流となっていくことになった。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%89%E3%82%AB%E3%82%A4%E6%B4%BE
それに続く数百年間、彼らと彼らのイデオロギー的後継者達は、タルムードを法典化し、彼ら自身がそうしながら、普通ユダヤ人教育の必要性を宣言 した。・・・
ユダヤ人の全球的人口は、70年から650年までの間に、少なくとも500万人からわずか100万人まで縮小した。
征服された人々、鎮圧された叛乱、そして故郷の喪失、は人口圧縮をもたらすけれど、・・・<これら>戦争に関連する虐殺や人口の一般的減少によ る人口減少は、この人口喪失の約半分を説明するだけだ。
・・・残りの200万人は、一体どこに行ったのだろうか。
・・・何世代かにわたって、彼らは単にユダヤ人であることを止めたのだ。
ユダヤ人のアイデンティティが、今や、パリサイ派のタルムードのラビ達によって直接的に識字率に結び付けられた結果、ユダヤ人として子供を育て るにはユダヤ的教育への相当程度の投資が求められるようになった。
この投資を正当化できるためには、当人がとりわけ熱心なユダヤ教徒であるか、識字が有利となる商人、匠、金貸しのような職業を自分の子供達に見 つけることを期待する者か、それともその両方であるか、の必要があった。
それほど熱心でもなく、また、ユダヤ的教育から自分の子供達が経済的便益を抽き出すのを見る期待が殆んどできない者にとっては、ユダヤ人コミュ ニティを去る選択肢の方が、文盲たる大衆として<ユダヤ人コミュニティに>残る選択肢より心そそるものがあった、と経済<史>学者達は主張する。
生き残ったユダヤ人の3分の2はこの道を辿った、と彼らは主張する。・・・
ユダヤ人達は、その商人たることの重視こそを理由にしてしばしば差別された。
例えば、繰り返し金貸しの職業を諦めるよう言われた後についにやってきたところの、1290年におけるイギリスからの彼らの追放<(コラ ム#380、4572)がそうだ。・・・
・・・今日<においては>、文盲のユダヤ人であっても、彼らの1,500年前のご先祖様とは違って、少なくとも若干のユダヤ的アイデンティティ 感覚を保持することができるようになった。
<また、>米国のユダヤ人達の過半は、今日では、パリサイ派のラビ達が重視したシナゴーグの会員にはなっていないけれど、79%が、ユダヤ人で あることを「極めて積極的」に感じていると報告している。
部分的には、これは、米国独特のユダヤ人に対する寛容性が、ある者が、ユダヤ教への強い結びつきを持っていない場合でさえもユダヤ人たる少数派 としてのアイデンティティを維持することの経済的不利を除去しているからだ・・・。
同時に、今日における<シナゴーグの>非会員たるユダヤ人は、ユダヤ人学校に通っている者に比べて相対的な経済的不利にもはや直面することがな い。
米国一般における識字率の高さ志向、そして同じ志向が世界のあらゆる地域で見られるようになったことが、おおむねユダヤ人だけであったところ の、識字率の高さがもたらした職業的諸機会と同様のものへと<ユダヤ人以外の人々を>導いてきた。
・・・今や、ほとんど全ての人が文盲ではなくなったがゆえに、ほとんど全ての人がユダヤ人になったのだ。
3 終わりに
ずっと以前に、コラム#538で「「人種」のIQを、データの得られている範囲で高い方から並べると、欧米のユダヤ人、東アジア人(中国人・日 本人・朝鮮人)、欧米の白人=イスラエル人、アラブ人(エジプト人)=米国の黒人、アフリカの黒人の順となる。
今や、世界中の人々がユダヤ人化した、と言われてみれば、確かにそうです。
そのことは、世界中の人々のIQが上昇してきた(注6)ことが裏付けています。
(注6)「世界的に、どの人種であっても時代とともに平均数値が著しく向上する傾向が<見られ>る。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E8%83%BD%E6%8C%87%E6%95%B0
しかし、ユダヤ人が依然として、相対的に最高のIQを維持していることは驚異です。
(イスラエル人のIQが月並みなのは、恐らく、同国には相当アラブ人もいるからでしょう。)
IQが高い以上、今でもユダヤ人が高学歴で、所得も高いことは当然です。
というのも、きちんと計算したわけではありませんが、ユダヤ人に比べてIQの高い東アジア人は(日本人を入れても)ノーベル賞受賞者は、相対的 にIQの低い白人よりも人口当たりで、はるかに少ないからです。
東アジア人の大部分を占める支那人の大方が非自由民主主義体制の下にあることがその原因として大きそうですが、抑圧的な政治体制が独創性を抑圧 するとすれば、文明によっても独創性が左右されそうな感じがします。
私の仮説は、現在生きている文明の中では、選民思想を核とするユダヤ文明、及び、個人主義を核とするアングロサクソン文明は、独創性を育む文明 であり、その他の文明は、人間主義を核とする日本文明を含め、独創性に関しては中立的ないし抑圧的なのではないか、というものです。
(完)
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⇒ http://archive.mag2.com/0000101909/index.html
<ユダヤ人はなぜ優秀なのか>(2013.3.5公開)
1 始めに
完結していないシリーズが何本かあるところ、つなぎの意味で、単一のコラム
http://www.slate.com/articles/life/faithbased/2012/11/the_myth_of_jewish
_literacy_maristella_botticini_and_zvi_eckstein_explain.single.html
(11月13日アクセス)をもとに、表記のシリーズをお送りすることにしました。
2 ユダヤ人はなぜ優秀なのか
「・・・世界人口の中で最も小さい割合でしかなく、また、米国と欧州の総人口の1%前後しか占めていないユダヤ人が、ノーベル賞の20%を超え る受賞者を輩出してきたのはどうしてなのか?・・・
<しかも、>米国のユダヤ人は・・・平均的米国人より2倍近く学士号を持ち、4倍を超える修士号/博士号を持っている。
これは、顕著なる経済的優位へと変換される。
米国のユダヤ人は、高い地位の仕事の範疇において雇用される度合いが<平均的米国人より>約33%高いし、ユダヤ人の家計は米国の平均的家計よ りも25%前後高い収入が報告されている。・・・
<これがなぜなのかをを説明しようとする際の>核心的な理論は、ユダヤ人の歴史において目立つ二つの主題を組み合わせることによって通常抽き出 される。
<すなわち、>・・・教育と迫害される傾向<、という二つ>が強調されるのだ。
前者に関しては、タルムード(Talmud)<(注1)>と<タルムードが出来上がった>後のラビ達が、普通初等教育の熱烈なる擁護者であっ て、その最も良く知られた事例として、ユダヤ人少年
がユダヤ人の大人たる彼の到達点を示すために、バルミツバー(bar mitzvah)<(注2)>においてトーラー(Torah)<(注3)>を公衆の面前で読むことが挙げられる。
(注1)「ユダヤ教の伝承によれば、神はモーセに対し、書かれたトーラー<(下出)>とは異なる、口伝で語り継ぐべき律法をも与えたとされる。
これが口伝律法(口伝のトーラー)である。
時代が下って2世紀末ごろ、当時のイスラエルにおけるユダヤ人共同体の長であったユダ・ハナシー(ハナ シーは称号)が、複数のラビたちを召集し、口伝律法を書物として体系
的に記述する作業に着手した。
その結果出来上がった文書群が「ミシュナ」であ る。
本来、口伝で語り継ぐべき口伝律法があえて書物として編纂された理由は、一説には、第一次・第二次ユダヤ戦争を経験するに至り、ユダヤ教の存 続に危機感を抱いたためであるともされる。
このミシュナに対して詳細な解説が付されるようになると、その過程において、現在それぞれ、エルサレ ム・タルムード(またはパレスチナ・タルムート)、バビロニア・タル
ムードと呼ばれる、内容の全く異なる2種類のタルムードが存在するようにな る。
現代においてタルムードとして認識されているものは後者のバビロニア・タルムードのことで、6世紀ごろには現在の形になったと考えられてい る。
当初、タルムードと呼ばれていたのはミシュナに付け加えられた膨大な解説文のことであったが、この解説部分は後に「ゲマラ」と呼ばれるように なり、やがてタルムードという言葉はミシュナとゲ
マラを併せた全体のことを指す言葉として使用されるようになった。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%89
(注2)「ユダヤ教徒の子供は、13歳になった男児がバル・ミツワーと、12歳になった女児がバト・ミツワー・・・と呼ばれるようになる。
意味 はともに「戒律の子」である。・・・ユダヤ教徒が現在のように子供が成人に達したことを祝う習慣は聖書の時代には存在しなかった。
この儀式はキリ スト教徒のなかで多くのユダヤ教徒が暮らすようになった中世以降に、キリスト教の堅信の影響を受けて発達したと考えられている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%
84%E3%83%AF%E3%83%BC
(注3)「旧約聖書の最初の5つの書<(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)>である。
モーゼの五書、律法・・・とも呼ばれる。
こ れらはモーセが書いたという伝承があったのでモーセ五書と言われるが、近代以降の文書仮説では異なる時代の合成文書であるという仮説を立て、モー セが直接書いたという説を否定する。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BB%E4%BA%94%E6%9B%B8
<また、後者の>迫害に関しては、共通観念は、ユダヤ人は、その亡命の歴史の多くの間、土地を所有することが許されなかったため、いかなる地に おいても価値を持ちうる人的資本の形に投資する
ことを強いられた、というものだ。・・・
・・・<ところが、>文字のなかった前近代的農業世界からの<ユダヤ人の>立ち去りが実際に始まったのは<これまで考えられていた頃よ り>1000年も前の、ユダヤ人がおおむね自由に自分
が選択した職業を追求することができた時から<既に始まっていたの>だった。
また、かくも多くの人々が、ユダヤ人の識字率の高さ(universal literacy)を当然視しているけれど、ユダヤ人の過半はユダヤ人としての教育に投資することを欲していなかったことを経済<史>学者達は発見した。
衝撃的なことに、その結果、ユダヤ人コミュニティ<、つまりはユダヤ人人口>の3分の2超が最初の1千年紀の末までに消滅したというの だ。・・・
・・・儀式的犠牲と農業経済を伴った、エルサレムの神殿の重視がその頃までは標準であったところ、・・・<それに対して、>パリサイ派 (Pharisees)<(注4)>は、トーラーの読書、祈
祷、そしてシナゴーグを強調しようとした。
(注4)「ファリサイ派・・・は古代イスラエルの第二神殿時代(紀元前536年~紀元70年)後期<(紀元前2世紀)>に存在したユダヤ教内グ ループ。
本来、ユダヤ教は神殿祭儀の宗教であるが、ユダヤ戦争によるエルサレム神殿の崩壊後<、>ユダヤ教の主流派<は>、ラビを中心においた、 律法の解釈を学ぶというユダヤ教を形作っていくこ
とになる。
現代のユダヤ教の諸派もほとんどがファリサイ派に由来しているという点においても、歴
史的に非常な重要なグループであったと言える。
ファリサイ人、パリサイ派、パリサイ人(びと)などと表記されることもある・・・。
なお、ファリサ イの意味は「分離した者」で、律法を守らぬ人間と自らを分離するという意味合いがあると考えられている。
現在ではファリサイ派という名称は使われ ず、「ラビ的ユダヤ教」、あるいは「ユダヤ教正統派」と呼ばれている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AA%E3%82%B5%E3%82%
A4%E6%B4%BE
<エルサレムの>神殿を強調したユダヤ教内グループ<たる>・・・サドカイ派(Sadducees)<(注5)>は、イエスの頃の少し後で、 ローマによってほぼ全滅させられ<たのに対し、もう一方
の>パリサイ派の指導者達は、タルムードの諸賢人という形で、自分たちのイメージに沿った ユダヤ教を再形成するために大抵の場合無償で土地を与えられたのだった。
(注5)「第二神殿時代の後期・・・に現れ、ユダヤ戦争に伴うエルサレム神殿の崩壊と共に姿を消したユダヤ教の一派・・・<であり、>霊魂の不 滅や死者の復活、天使の存在を否定して<い
た。>
・・・神殿の権威をかさに権勢を誇ったサドカイ派であったが、ローマ軍によるエルサレム神殿の破 壊(70年)と共に、よるべき場所を失い、消滅した。
このため、ライバルであったファリサイ派がユダヤ教の主流となっていくことになった。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%89%E3%82%AB%E3%82%A4%E6%B4%BE
それに続く数百年間、彼らと彼らのイデオロギー的後継者達は、タルムードを法典化し、彼ら自身がそうしながら、普通ユダヤ人教育の必要性を宣言 した。・・・
ユダヤ人の全球的人口は、70年から650年までの間に、少なくとも500万人からわずか100万人まで縮小した。
征服された人々、鎮圧された叛乱、そして故郷の喪失、は人口圧縮をもたらすけれど、・・・<これら>戦争に関連する虐殺や人口の一般的減少によ る人口減少は、この人口喪失の約半分を説明するだけだ。
・・・残りの200万人は、一体どこに行ったのだろうか。
・・・何世代かにわたって、彼らは単にユダヤ人であることを止めたのだ。
ユダヤ人のアイデンティティが、今や、パリサイ派のタルムードのラビ達によって直接的に識字率に結び付けられた結果、ユダヤ人として子供を育て るにはユダヤ的教育への相当程度の投資が求められるようになった。
この投資を正当化できるためには、当人がとりわけ熱心なユダヤ教徒であるか、識字が有利となる商人、匠、金貸しのような職業を自分の子供達に見 つけることを期待する者か、それともその両方であるか、の必要があった。
それほど熱心でもなく、また、ユダヤ的教育から自分の子供達が経済的便益を抽き出すのを見る期待が殆んどできない者にとっては、ユダヤ人コミュ ニティを去る選択肢の方が、文盲たる大衆として<ユダヤ人コミュニティに>残る選択肢より心そそるものがあった、と経済<史>学者達は主張する。
生き残ったユダヤ人の3分の2はこの道を辿った、と彼らは主張する。・・・
ユダヤ人達は、その商人たることの重視こそを理由にしてしばしば差別された。
例えば、繰り返し金貸しの職業を諦めるよう言われた後についにやってきたところの、1290年におけるイギリスからの彼らの追放<(コラ ム#380、4572)がそうだ。・・・
・・・今日<においては>、文盲のユダヤ人であっても、彼らの1,500年前のご先祖様とは違って、少なくとも若干のユダヤ的アイデンティティ 感覚を保持することができるようになった。
<また、>米国のユダヤ人達の過半は、今日では、パリサイ派のラビ達が重視したシナゴーグの会員にはなっていないけれど、79%が、ユダヤ人で あることを「極めて積極的」に感じていると報告している。
部分的には、これは、米国独特のユダヤ人に対する寛容性が、ある者が、ユダヤ教への強い結びつきを持っていない場合でさえもユダヤ人たる少数派 としてのアイデンティティを維持することの経済的不利を除去しているからだ・・・。
同時に、今日における<シナゴーグの>非会員たるユダヤ人は、ユダヤ人学校に通っている者に比べて相対的な経済的不利にもはや直面することがな い。
米国一般における識字率の高さ志向、そして同じ志向が世界のあらゆる地域で見られるようになったことが、おおむねユダヤ人だけであったところ の、識字率の高さがもたらした職業的諸機会と同様のものへと<ユダヤ人以外の人々を>導いてきた。
・・・今や、ほとんど全ての人が文盲ではなくなったがゆえに、ほとんど全ての人がユダヤ人になったのだ。
3 終わりに
ずっと以前に、コラム#538で「「人種」のIQを、データの得られている範囲で高い方から並べると、欧米のユダヤ人、東アジア人(中国人・日 本人・朝鮮人)、欧米の白人=イスラエル人、アラブ人(エジプト人)=米国の黒人、アフリカの黒人の順となる。
厳しい環境(寒冷な気候や迫害)・ 移住(やる気。奴隷としての移住は逆。・・・)・漢字の習得・IQの高い「人種」との混血・高い生活水準、が高いIQをもたらすと考えられてい る。」と記したところです。
今や、世界中の人々がユダヤ人化した、と言われてみれば、確かにそうです。
そのことは、世界中の人々のIQが上昇してきた(注6)ことが裏付けています。
(注6)「世界的に、どの人種であっても時代とともに平均数値が著しく向上する傾向が<見られ>る。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E8%83%BD%E6%8C%87%E6%95%B0
しかし、ユダヤ人が依然として、相対的に最高のIQを維持していることは驚異です。
(イスラエル人のIQが月並みなのは、恐らく、同国には相当アラブ人もいるからでしょう。)
IQが高い以上、今でもユダヤ人が高学歴で、所得も高いことは当然です。
ただし、人口当たりのノーベル賞受賞者の多さ、すなわち独創性のある人が多いこと、には別の要素もあるように思われます。
というのも、きちんと計算したわけではありませんが、ユダヤ人に比べてIQの高い東アジア人は(日本人を入れても)ノーベル賞受賞者は、相対的 にIQの低い白人よりも人口当たりで、はるかに少ないからです。
東アジア人の大部分を占める支那人の大方が非自由民主主義体制の下にあることがその原因として大きそうですが、抑圧的な政治体制が独創性を抑圧 するとすれば、文明によっても独創性が左右されそうな感じがします。
私の仮説は、現在生きている文明の中では、選民思想を核とするユダヤ文明、及び、個人主義を核とするアングロサクソン文明は、独創性を育む文明 であり、その他の文明は、人間主義を核とする日本文明を含め、独創性に関しては中立的ないし抑圧的なのではないか、というものです。
(完)
◎防衛省OB太田述正メルマガ のバックナンバーはこちら
⇒ http://archive.mag2.com/0000101909/index.html